平民の完全勝利!
「審判! 試合、続けますか?」
「え!?」
俺が実況席、関係者席に声をかけると、大人たちが慌てふためいている。
彼らとしても、やんごとなき生まれのエリザベスに優勝してもらいたいのだろう。
だけど、試合を続行するということは、エリザベスがさらに傷つけられるということでもある。
大人たちが対応に困っている間に、俺はわざとエリザベスから距離を取り、剣を下ろして休憩した。
ゴーレムを破壊されて、剣術でも負けて、まして峰内にも劣る柄頭による打撃という手心を加えられ、民衆の前でぶざまにのたうち回る。
命を惜しまず名を惜しみ、体面が保てなければ息のできない貴族にとって、これ以上ない地獄だろう。
だけどこれでいい。
もしも俺が怒りに任せてエリザベスをぶちのめせば、忖度した運営は俺の過剰暴行を訴えるだろう。
逆に、小技で重症にならない程度に痛めつければ、残酷だと客は俺から離れるだろう。
だから、手加減した一撃一発、そして判断を審判に委ねた。
誰の勝利かは、火を見るよりも明らかだろう。
エリザベスは自らの頭に回復魔法をかけているらしいが、効果は無いだろう。
「無駄だ。剣士なのに回復魔法まで使える万能ぶりは認めるけど、俺が殴ったのはお前の頭蓋骨だ。その程度の回復魔法じゃ皮膚や筋肉の損傷は治せても、骨の治癒には何日もかかる。それに、そろそろ大人がお前に忖度してくれるはずだ」
『えー、皆さま! 協議の結果、エリザベス選手の戦闘不能とみなし、この勝負、ラビ選手の勝利とします!』
客席が一気に沸騰し、スタンディングオベーションが巻き起こった。
エリートの頂点である首席生徒を、平民の英雄がナメプで打ち破った。
普段、貴族たちに不満の募る平民にとって、これほど痛快なことはないだろう。
イチゴーたちがゴーレムダンスを始めると、俺は景気よく、ロクゴー以下の全ゴーレムを一気に召喚した。
数十体の一糸乱れぬゴーレムダンスに、会場は大盛り上がりだった。
その中心で、俺は入場席から賛辞をくれるノエルとハロウィーに手を振った。
エリザベスは地面で、うめき声を上げた。
「お、覚えていなさいラビ……父上に言って、貴方の実家を潰してやりますわ!」
「俺、実家追放されているんだけど?」
前回、父さんからの出戻り要請を断ったのがこんなところで役に立った。
「なら、学園長に圧力をかけて退学にしてやります!」
エリザベスは歯を食いしばり、頭を抱えたまま俺を睨み上げてきた。
でも、俺は飄々と構えた。
「もう俺Dランク冒険者だしなぁ。元から卒業後は冒険者やる予定だし、前倒しになるだけだろ?」「ッ、だったら冒険者ギルドに言って追放処分にしてあげます!」
「じゃあ別の国に行くだけだ。俺、別にこの国好きじゃないし。どこかの商業国家で一山当てるのも悪くないなぁ」
「貴方、失うものが何もありませんの…………ぐっ」
さすがに言葉を失ったエリザベスを、俺は悪い笑みで見下ろした。
「えぇ、貴方と違って自由な平民ですので」
そしてエリザベスは気絶した。
◆
結論から言えば、その年の救世祭は大成功で終わった。
Aリーグを優勝した謎の美少女、と言いつつ王立学園の生徒ヴァレンタイン。
Dリーグを制覇した平民科の俺。
そしてガラスのテーブルが目新しいフードコートと、新感覚の飲み物とお菓子を提供したゴーレムカフェ。
救世祭は今までにない盛り上がりようだった。
俺はコロシアムで表彰され、あとは夜までお店で働き続けた。
やがて、空が月と星々でいっぱいになると、人々の足は王城へと向かっていた。
城の前は、軍が展開できるよう、広い土地を開けられている。
そこを埋め尽くす数万人の民衆が注目するのは、城門の前に設営された舞台の上だ。
そう、みんなが待っているのは救世祭最大の目玉、最優秀賞に選ばれる聖主者の発表だ。
選ばれるのは、たいていが救世杯の優勝者。
ごくまれに、他のことで活躍した者、祭りを盛り上げた者が選ばれる。
以前、救世祭にドラゴンが迷い込んだ時、ドラゴンを撃退し、怪我人をすべて治療した聖騎士が選ばれたらしい。
けれど、今年はそうしたアクシデントもなかった。
順当にいけば、AリーグからFリーグまでの優勝者、六名から選ばれるはずだ。
「遅いぞラビ!」
「何やっていたんだ?」
「もうすぐ結果発表だぞ」
「お店を閉めるのに時間がかかったんだよ」
俺がハロウィーやノエル、イースターらと一緒に顔を出すと、クラスメイトたちが次々はやしたててくる。
「今年はやっぱラビだろ」
「だよねー、優勝者だし、お店も大評判だったもん」
「ていうか魔獣型ゴーレム使いが優勝すること自体初めてじゃね?」
「それにあの空の映像にゴーレムダンス、空飛ぶ売り子、すげぇ盛り上がったよな」
「ラビ以外にいないだろ!」
クラスに関係なく、平民科の生徒たちは俺を持ち上げ、賞賛してくれた。
「ミスター・ラビ、よくぞ優勝してくれました。貴方のおかげで学園も名誉を取り戻したことでしょう」
先生も、惜しみなく俺を評価してくれた。
「いやぁ、でも俺平民だしなぁ。Aリーグ優勝者って線もあるんじゃないですか?」
噂をすれば陰というか、ブランたちの声がした。