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バニーってお前?

「ボク、ヴァレンタインっていうんだけど、キミが……ラビでいいんだよね?」

「あ、はい……」


 殺される。

 何故か直感的にそう思った俺は、本能的にイチゴーを呼んでいた。


 フロアの奥からイチゴーが駆け込んでくると、周囲の視線の渦中にいる彼女は、客からの注目なんてまるで気づいていないかのように、イチゴーだけを見下ろした。


「……イチゴーって、この子?」


 俺は答えられず、黙って頷いた。


「へぇ」


 彼女は両手でイチゴーを持ち上げると、色々な角度からためつすがめつ眺めた。


 抱っこや高い高いの類だと思っているのか、イチゴーは手足をぱたぱたさせて喜んでいる。


「……」


 一瞬、彼女のエメラルド色の瞳が怪しい光を帯びたように見えた。

 今、何かスキルを使ったのか、俺は警戒しながらも、何か大切なことを見落としている気がした。


 そう、たとえば、彼女の声を最近良く聞いている気がする。

 店の入り口から、最近知り合ったばかりの声が聞こえたのはその時だった。


「もうヴァレ、ちゃんと列に並ばないとダメじゃないか」

「あっ♪ バニー♪」


 ヴァレンタインが甘い声をはずませ、満面の笑みでイチゴーを捨てて振り返った。

 勢いでばさりとローブが脱げると、その下はハロウィーと同じ、平民科の制服だった。


 ただし、フードは据え置き。

 制服の下にフード付きのインナーを着ているらしい。


「え~なになに~? バニーってば横入りはダメとか言っておきながらボクのこと追いかけてきちゃったの? もう、本当に寂しがり屋ちゃんなんだからぁ♪」


 ヴァレンタインはブランを抱きしめ、その小さな頭を自分の胸の谷間で飲み込んだ。


「もが、もが、ヴァレ……離して、息が……」

「ん~? 何で離してほしぃのぉ? ちゃんと言ってくれないとボクわかんなぁ~い♪」

「それは、だから!」


 ブランは前かがみになりながら両手で虚空をつかみ、みるみる無言になっていく。


「ふふ、バニーってばかわいい♪」


 周囲の客は誰もが唖然としていた。

 そして思い出した。


 ――こいつ毎晩隣でブランを襲っている女じゃねぇーか!


「おいブラン、まさかお前の彼女ってソイツなのか!?」

「そうだよ。バニーから話は聞いているよ。家、ありがとうね。おかげでボク、毎日バニーと一緒に寝られるようになったんだ。ラビ、キミには感謝しているよ」


 さっきまでとは打って変わり、ヴァレンタインはフランクに笑った。


「わっ、なんかきれいな人がいる!?」


 奥から顔を出したハロウィーが固まった。

 ヴァレンタインの迫力に圧倒されているらしい。


「どういたしまして。こっちも家のモニターしてもらっているからお互い様だよ。住みにくい場所あったら教えてくれな。それで、見ての通り今は接客中なんだけど、今日はなんの用だ?」


「うん? ただ噂のイチゴーを見に来ただけだよ? あと、バニーとデート。ここ、コーヒーとチョコレート食べられるんでしょ?」


 ブランの背後に回り、全身を包み込むようにハグしながら、無邪気に笑うヴァレンタイン。

 さっきまでの彼女と今の彼女、どっちが本性なのか迷いつつ、俺は尋ねた。


「じゃあ悪いけど列に並んでくれ。どうしてもいやなら奥の休憩室で食べてくれてもいいけど」


「う~ん、じゃあ君に免じて仕方ないから列の最後尾に並ぶよ。それまでバニーをいじって暇つぶしするから」

「はぎゅっ!?」


 ブランの顔がリンゴのように赤く硬くなった。

 その姿は、まるで初めて性に目覚めた乙女のように可憐だった。

 一部の客は、


「女の子同士」

「尊いわぁ」

「推せる」


 とか言っている。


 ――ブランは男子ですよ。


 こうして、ブランの尊い犠牲により順番待ちの秩序は保たれた。


「ところで、なんでブランをバニーって呼んでいるんだ?」

「え? メスウサギみたいに可愛いからだよ?」


 ブランの頭にほおずりしながら、ヴァレンタインは自慢げに笑った。

 とりあえず、陰謀論は所詮、陰謀論だったらしい。

 実にアホらしく、俺は自分が恥ずかしくなった。

 

   ◆


『準決勝を制したのは! ラビ選手!』


 俺の勝利宣言がなされ、会場は大いに沸き上がった。


 ゴーレムダンスを引き連れながら退場すると、選手入場口からノエルが駆けてきた。


 装いは、前に俺が作ってあげたカーボンスーツ姿だ。


「見事な勝利だったぞ、ラビ」


「ニゴーたちのおかげだよ。でもノエル、余計なお世話かもしれないけど、無理はするなよ」


「わかっている。私も同じ貴族科だ。エリザベスの実力は把握しているさ。特に、スキルを獲得してからの彼女はな」


 ノエルの瞳が鋭くなり、俺の肩越しに反対入場口を見据えた。

 振り返れば、エリザベスが喝采を浴びながら入場してくる途中だった。


「そんなに凄いのか?」

「以前は二位から少し上の首席だったが、今では二位から大きく離しての一位だ。それに、業腹だがこの試合、私は負けるつもりだ」

「えぇっ?」


 彼女の口からは絶対に聞けないであろうセリフに驚愕した。

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