フードの少女?
『四回戦に続き、五回戦もラビ選手の圧勝! 彼の快進撃を止める者はいないのかぁ!?』
順調に五回戦を勝利した俺は、ゴーレムダンスの中心で観客に愛想笑いと手を振った。
けれど、胸にあるのは黒い陰謀の影への警戒心。
別の革命軍が動いているのか、それとも……。
そんな風に考えながら退場すると、背後から大きな歓声が沸き上がった。
振り返ると、火事の第一発見者、エリザベス・レッドバーンの試合が始まったところだった。
エリザベスは目の前に聖女型ゴーレムを召喚すると、レイピアをタクトに見立て、指揮者のように振るった。
「踊りなさい、私のディーヴァ!」
エリザベスの指示に従い、聖女型ゴーレムは一瞬でフィールドを駆け抜けた。
相手選手の槍を素手で弾き、高速の拳が兜を鋭く抉った。
「がっ! ぐぅっ!」
相手選手はバックステップで距離を取り、様子見に転じた。
「距離を取っても意味はなくてよ。私のディーヴァは格闘用ではありませんもの。見せてあげますわ、彼女本来の力を! 歌いなさいディーヴァ! 貴女の力を見せておやりなさい!」
ディーヴァと呼ばれたゴーレムは両手を前にかざし、繊細なくちびるを開いた。
その口からは鐘のように荘厳な、そして美麗な声が響き渡った。
同時に、手の平から放たれたのは、ピンポン玉サイズの煌めきだった。
「なんだ? 大げさな。こんな小さな光弾如き――」
相手選手が光弾を槍で叩き払おうとすると、景色が塗り潰された。
光弾は炸裂し、フィールドを熱波と紅蓮に包んだ。
白煙の後に残されたのは、黒く焦げた人型だった。
医療班が大慌てで駆け込んでくるのを尻目に、エリザベスは観客に手を振った。
――やっぱり、エリザベスって才能エグいな……。
Dランクに昇格したのは忖度した結果、なんて思っていたけど、実力的には申し分ない。
決勝戦は、間違いなく俺とエリザベスの一騎打ちになるだろう。
◆
俺が店に戻る頃には、時刻は夕暮れ。空は茜色に染まっていた。
店は相変わらずの大盛況で、ハロウィーとノエルは忙しそうにしている。
「ハロウィー、レジは俺が交代するから少し休んでくれ」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。農家の繁忙期はこの三倍は忙しかったから♪」
頼もしい笑顔で、ハロウィーは男前に親指を立てた。
「いや、マジで休んでくれ」
ブラック労働、ダメ、絶対。
「じゃあちょっとお言葉に甘えるけど、本当に楽だよ。ただ銀貨受け取るだけだし」
「それが俺の狙いだからな。あ、アクセサリー三点ですね、銀貨三枚です」
残念ながら異世界に電子マネーは存在しない。
すべてが銅貨、銀貨、金貨のリアルマネーだ。
だから値段の計算とお釣りの作業が、致命的なタイムロスを招く。
そこで俺は、材料に関係なく、全てのアクセサリーと魔獣の人形の値段を銀貨一枚に統一した。
コーヒーとチョコクッキーも銅貨五枚、二セットで銀貨一枚だ。
それに、コーヒーとクッキーはフロアを歩いているゴーレムに銅貨を渡すと、ドローンが運んできてくれる仕様にしているので、ますますレジは楽になる。
俺はお客様が持ってきたアクセサリーや人形の個数に応じて、銀貨を受け取るだけでいい。
「アクセサリー五点と人形二点ですね。コーヒー、クッキーと合わせて銀貨八枚になります」
コロシアムでさばかれるビールとホットドッグ。
そこで配られた紙コップの宣伝。
俺が勝つ度に行われるゴーレムダンスとヨンゴーの幻影機能による宣伝。
これまで俺が積み上げた戦績と功績。
そしてノエルとハロウィーの接客。
それらすべてが一つとなり、ちょっと下品だけど金がジャブジャブ稼がれていく。
この調子なら、将来資金難になることはなさそうだ。
それに、うち目当てで王都中の人がフードコートに集まったおかげで、他のお店も繁盛している。
うちはあくまでコーヒーとチョコクッキーであり、本格的に食事をする場所じゃない。
うちがいくら繁盛しても、よそに迷惑はかからない。
むしろ、コロシアムで売るホットドッグはイースターの店で仕入れているので、イースターもウハウハだった。
「いやぁ、焼いても焼いてもキリがないですね父さん!」
「そうだな娘よ!」
「これで貴方が間違えて発注したウィンナーも全部はけそうね。売れ残ったらこのクソオヤジどうしてくれようかと思っていたけど安心したわぁ♪」
「ヒィッ」
――おじさん、死なないで。
俺は心の中で熱いエールを送った。
――そうなると、残りの問題は俺を狙う連中か。
もちろん、ただの陰謀論ならそれでもいい。
火事は本当に俺の不始末か、まったくの偶然。
一回戦の相手たちも、俺が到着する前から強そうな奴がいたらみんなで潰そうとか話合っていただけかもしれない。
そう自分に言い聞かせていると、客のざわめきが耳朶に触れた。
銀貨を払おうとしたお姉さんも振り返っているので、俺も遠慮なくそちらへ視線を送った。
そして目に入ったローブ姿の人物の外見に息を飲んだ。
周囲の女性が見上げる長身。
目深にかぶったフードから溢れる艶やかな赤毛。
決して見るつもりはなかったけれど、人目を惹く、あまりに巨大なバスト。
コロシアムの職員が口にしていた、謎の冒険者と特徴が一致した。
彼女がフードを上げると、周囲の客が息を飲んだ。
美しい。
それも、人間離れして。
人間の理想を具現化したギリシャ彫刻でさえ、彼女には敵わない。
現代日本のゲームクリエイターでさえ、彼女の美貌に触れれば、女神キャラのCGモデルを作り直すだろう。
表情はまるで生きることに飽き尽くしたように無関心な無愛想。
それでいてなお、彼女は美しかった。
ただし、過ぎた美しさは他人を威圧する。
近づけばこちらが滅んでしまいそうな威圧感をまとった美の化身は俺を見つけるなり、まっすぐこちらへ歩み寄ってきた。
「ボク、ヴァレンタインっていうんだけど、キミが……ラビでいいんだよね?」