陰謀
「フェルゼン」
コロシアムへ続く道、人ごみの中であっても、学園長の呼びかけはよく通った。
たとえ落ち込んでいようと、流石に学園の長を務める人間の呼びかけを無視するほど、兄さんは礼儀知らずではない。
ちょっと卑怯だけど、呼び止めてから俺が前に出る。
逃げる隙を与えないよう、早口にまくしたてる。
「兄さんコロシアムの警備を担当しているんだよな!? じゃあ頼む、ていうか助けてくれ!」
「な、なんだ急に?」
訝しむ兄さんは、だけど俺の背後にいる学園長を一瞥して息を飲み込んだ。
「うちのゴーレムの活動、ちょっと不審でも見逃してくれ!」
「ん? 何?」
当惑する兄さんに、俺は頭を下げながら事情を説明した。
◆
続くDリーグの三回戦では、ちょっとおもしろい光景が展開されていた。
バトルフィールドを囲む円形の階段席。
そこをドローンが飛び回りホットドッグとビール入り紙コップを販売している。
ドローンの上には炎石と氷石で作った保温ボックスとクーラーボックス、そしてコインボックスが設置され、客が銅貨を投入するとボックスが開くように改造している。
最初から3Dプリンタスキルでこういうドローンを作れるわけではない。
これは俺が、シュタイン家で十年学んだゴーレム製造技術で作り出したし、兄さんにも手伝ってもらった。
ホットドッグと俺が生成したビールは飛ぶように売れた。
ドローンは次々イチゴーの元に戻ってくる。
そして、イチゴーはストレージで銅貨を回収しつつ、ホットドッグとビールを取り出しドローンに補充する。
ちょうど、野球場でビールとポップコーンを売る様な感覚だ。
ちなみに、紙コップにはうちの店の看板を印刷しているし、紙コップを持って店に来たらチョコクッキーを一枚多く提供するとも印刷した。
これでお店の宣伝になるし、ビールを買った客は紙コップを捨てず、うちの店に持ってくるからごみ問題は心配ない。
ちなみに三回戦はイチゴー抜きでも瞬殺だった。
勝利のゴーレムダンスはできるだけ多くの観客から見えるよう、ロクゴーからジュウゴーまでの五人を追加。
ユニットを二つに分けて、北側と南側、両方のお客様に披露した。
フォローではなく、これは本気で兄さんに感謝すべきだろう。
◆
「フェルゼンさん、何か変なゴーレムが飛んでいますけど、あれいいんですか?」
「最近王立学園でテロがあったばかりですし、調べたほうが」
「あれは不審物ではない、私の弟のゴーレムだ。客も喜んでいる。放っておけ」
フェルゼンはホットドッグを口にした。
◆
続く四回戦。
店も兄さんとの関係も試合もすべてが順風満帆の俺は意気揚々と会場入りした。
けれど、なんだか様子がおかしかった。
「どうしたんですか?」
フィールドへ入場しようとすると、職員の人に止められてしまう。
「いやぁ、実は前の試合でフィールドが大破してね」
「なら俺がスキルで直しますよ」
「本当に? いやぁ悪いねぇ」
職員さんにお礼を言われながらフィールドに入ると、俺は目を疑った。
地面が割れている。
それも、黒い焦土と化して、地割れのように裂けていた。
――どんな一撃を放ったらこうなるんだ?
俺は地面をストレージスキルに回収してから、3Dプリンタスキルで土を形成しなおした。
「前の試合って、誰がやったんですか?」
「Aリーグの試合で、確かヴァレンタインとかいう、フードをかぶった知らない冒険者だよ」
「凄く背が高かったけど、赤毛でやたらとスタイルが良くて、女性みたいだったよ。相手はうちの王族近衛兵団の団長だったから、もう大騒ぎさ」
「そう、なんですか……」
地面を直した俺は、続く四回戦も危なげなく突破。
だけど、四方の客に向かってゴーレムダンスを披露する中心で、少しも喜べなかった。
フードをかぶった謎の冒険者。
一撃で地面を焦土に変えるということは炎熱使いだろう。
退寮の原因になった、謎の不審火。
何故か俺を狙い撃ちにしてきた一回戦の選手たち。
何か大きな陰謀を感じて、俺は警戒心が張り詰めていくのを感じた。