始まる主人公無双
コロシアムに到着すると、俺の出番ギリギリだった。
Dランク冒険者や、専業ではないが冒険者ギルドからDランク相当と評価を受けている騎士、傭兵、戦士、そして俺と同様王立学園の生徒たちがフィールドに集合している。
周囲を取り囲む階段席。
それを埋め尽くす数万人の観客と万雷の拍手と歓声。
さすがは救世祭最大の催しだと実感させられる。
――去年まではノエルの応援で客席にいたけど、まさか俺が参加する側になるなんてな。
野球が楽にできる広大な地面は、白線で四つのエリアに分割されている。
それぞれのエリアに、十数人の選手が集まっていた。
最前列の実況席から、マイクよろしく声を大きくするマジックアイテム越しの声が聞こえてきた。
『さぁ皆さま! それではこれより、Dリーグ第一次予選、第三試合を開始致します! 生き残れるのは各エリア一名のみ! 五分後! フィールドに残る四名は誰だぁ!?』
実況の煽りに、観客は余計盛り上がった。
みんな、どの選手が生き残るか予想するのが楽しくて仕方ないのだろう。
――イチゴーたちの性能テストは外でもできるし、俺は早く店に戻りたいし、わざと負けてもいいんだけど、ん?
視線を下ろすと、なんだかみんなが一様に、こちらを睨んでいる気がする。
なんだか、無性に嫌な予感がした。
『それでは、試合始めぇ!』
試合開始の鐘が鳴らされた。
案の定、俺のエリアに集まった十人以上の選手が一斉に俺へ殺到してきた。
「打ち合わせ通りいくぞ!」
「ラビに優勝を持っていかれてたまるか!」
「全員で袋だ!」
「数はこっちが上だぞ!」
――いや大会の趣旨が違うだろ!
参加者が多すぎるせいで一回戦がバトルロワイアル形式と言っても、これじゃ不公平だろうと心の中で誰かに抗議した。
けれど、そんな話を聞いてくれる人はいるわけもない。
「全員出撃!」
俺が手をかざすと、赤いポリゴンから出てきたイチゴーたちが選手たちへロケット頭突きをかました。
それに巻き込まれる形で、他の選手たちもぶっ飛んだ。
「これが噂のゴーレムか!?」
「五人がかりなんて卑怯だぞ!」
――お前らが言うな!
「ドレイザンコウを倒したっていうやつだな!」
「く、でもハイゴーレムなんて勝てるのか!?」
「ニセモノに決まっているだろ。オーブに見せかけたガラス玉だ。落ち着いて体制を立て直せ!」
「そうだ! 数でかきまわせ! え?」
イチゴーたちは素早く選手たちの足元に飛びつくとそのままジャイアントスイングで他の選手に投げつけた。
五人の選手が別の五人にぶつけられて、まとめて十人の選手が動かなくなった。
試合開始から十秒。
立っているのは俺一人だった。
『おーっとこれはすごい! Dエリア! いきなりの決着だぁ!』
会場が割れんばかりの拍手と歓声に、心臓が跳ね上がった。
肌を叩くほどの歓声とはこのことだ。
去年、ノエルが勝ち進んだ時も凄かったけど、それを自分が浴びるとこんなにも衝撃があるのだと知った。
数万人の観客が俺に注目する。
数万人の意識が俺に向けられる。
数万人の視線が注視する……中でイチゴーたち五人はいつものもちもちころころダンスを披露していた。
シャープさの欠片もない丸い体から生えた申し訳程度のちっちゃな手足を機敏に動かし、上下左右にくるくる回り、ころころ転がり、飛んで跳ねて警戒にステップを踏む。
その姿に、観客は大笑いだった。
そして……。
ヨンゴーが一人だけ輪から外れて進み出た。
頭上に、ヨンゴーの追加機能、幻影機能が発動。
上空に東京ドームの巨大オーロラビジョンさながらの巨大画面が展開され、うちの店が映った。
【カフェ・ラビのゴーレム ガラスのフードコートにて開店中! 誰も食べことのないビタードリンク・コーヒーとスイートスイーツ・チョコクッキーが銅貨五枚で味わえる】
――そうかこの手があったか!
ヨンゴーのナイススタンドプレーに俺はハッとした。
コロシアムで勝ち上がって、俺そのものが広告塔になればお店のいい宣伝になる。
――よくやったぞヨンゴー! あとでいっぱいなでてあげよう!
と思った矢先、ヨンゴーが不穏な動きを見せた。
手元に別の映像を展開。
それはダークな邪気眼的デザインの看板で、ダークネスネクタールとか漆黒の果実とか書いている。
そのミニ映像を頭上に投げようとしたところで、ニゴーに叩かれ、イチゴーに映像を取り上げられた。
サンゴーに羽交い絞めにされて取り押さえられている。
ゴゴーは一人で踊り続けていた。
――ヨンゴーめ、あとでまたひっくり返してやる。
こうして、一回戦は俺の圧勝で終わった。
けれど、そこでふと気が付いた。
「待てよ、そういえばさっきの奴、打ち合わせ通りって言っていたよな?」
つまり、事前に俺がこのエリアに参加することを知っていたということだ。
もしもそれが分かったとして、同じDエリアの参加者全員に連絡を取って集まるなんてできるものだろうか。
無数の拍手と歓声に包まれながら、俺は最悪の事態を予想した。
◆
店に戻ると、早くも客が何人か入っていた。
混雑を予想して、俺の試合が終わると同時にすぐ来てくれた人たちだろう。
「あ、ラビ見て、急にお客さんが来てくれたんだよ?」
「私は試合で一時抜けるが、忙しくなりそうだな」
「ああ、これもこいつらのおかげだな」
俺が足元を見下ろすと、イチゴーたちが誇らしげにお腹――多分胸のつもり――を張っていた。