フードの少女
鉄板の上で焦げるのを待つ熱々のウィンナーを眺め、俺はあるものを思い出した。
「ホットドッグ」
「え?」
「パンで挟めばいいんじゃないか? パンなら食べてなくなるだろ?」
「でもいまからパン屋に行って手ごろなサイズのパンを焼いてもらう時間なんて……」
何か方法はないかと、イースターは周囲をきょろきょろ見回した。
「それなら今回だけは俺が提供するよ。イチゴー」
『パンパンパーン!』
イチゴーがくるくる回り始めると、出店の後ろ、そのテーブルに青いポリゴンが出現し、ウィンナーと同じ長さのパンが大量に生成された。
「えっ!? ラビのそれってゴーレムを作るスキルじゃないんですか?」
「えーっと、パンを作るゴーレムが作ったパンだ」
そういうことにしておく。
実際はストレージの中の小麦と水を使って、パンの形に形成したものだ。
パンは酵母菌と熱の力でふくらませるけど、俺は3Dプリンタスキルで膨らんだ形に作った。
ちなみに、切れ込みは最初から入れてある。
「もちろん、味は本職のパン職人には劣るけど、あくまでウィンナーがメインだからな。ウィンナーの肉汁が染み込めば及第点の味だろ」
「父さん!」
「よし、じゃあちょっと焦げ始めたのを挟んでと……うまい! イースターも食べてみろ」
「はい。あ、おいしいです! 通行人の皆さんいかがですか!? パンに挟んでいるから手が汚れませんよ! エイプリル商店のホットドッグ! さぁどうぞどうぞ!」
すると、周囲の人たちは興味を惹かれてイースターの店に集まってきた。
焦げてしまいそうだったウィンナーは次々パンにはさまれ、飛ぶように売れていく。
「ありがとうございますラビ! 貴方は商売の天才ですね!」
「もしもそうならうちの店だって繁盛しているよ」
満面の笑みで喜ぶイースターに、俺は苦笑いを浮かべた。
ホットドッグのアイディアも、昔動画サイトで見たホットドッグ誕生秘話を思い出しただけだ。
地球のホットドッグも、熱々のウィンナーを手づかみで食べるために考案されたらしい。
「さて、うちの店はどうするかな……」
「ミスター・ラビ!」
今度は誰だと首を回すと、クラス担任の先生がこっちに駆け寄ってきた。
「どうしたんですか先生?」
「どうしたではありません! こんなところで何をやっているんですか!? もうすぐコロシアムで救世杯の試合が始まりますよ!」
声を張り上げる先生に、俺は首を傾げた。
「え? ノエルの出番てまだ先だよな?」
「うむ、抽選でうしろのほうの試合になったからな」
「ミス・ノエルではなくラビ、貴方の試合です!」
「俺の?」
「言ったではないですか! 全員参加だと! 貴方は貴重なDランク要員なのですから、必ず優勝してください!」
前回のテロ騒動で失った学園の信頼を取り戻すため、先生は平民科から優勝者を出すのに必死だ。
「あー、そういえばそうでしたね。出店準備に忙しくて忘れていました」
しかもその後、イースターの一件もあったし。
「何を呑気な! さぁ、行きますよ!」
先生に腕をつかまれて、俺は店を見上げた。
「え、じゃあ店もヒマだし。ハロウィー、ロクゴー以下のメンバーは置いていくから、ちょっと頼む」
「わかった」
こうして、俺は先生と一緒にコロシアムへと向かった。
◆
ラビが呼び出されている頃。
コロシアムでは既に一回戦前のイベントが行われていた。
『さぁでは皆様! 拍手でお出迎え下さい! 救世祭を取り仕切る大貴族! レッドバーン公爵家嫡男! ウェルクス・レッドバーン様による、エキシビジョンマッチです!』
流れるように美しい長い金髪を揺らした碧眼の美少年、ウェルクス・レッドバーンがバトルフィールドに登場すると、客席から女性たちの黄色い悲鳴が聞こえてきた。
女性からの熱いエールに、だがウェルクスは眉一つ動かさず、冷徹な表情で両手を広げた。
「来たれ! 炎の精霊イフリート!」
ウェルクスの呼びかけに応じて、空間に紅蓮の光が奔り、幾何学模様を内包した円、召喚陣を描いた。
その中から、全身に炎をまとった筋骨隆々の男性が現れた。
観客は初めて見る精霊の姿に驚愕の歓声を上げた。
対峙する相手選手も、冷や汗を浮かべていた。
この場で冷静なのは、ただ一人だけだ。
「へぇ、あれ、本物のイフリートじゃないか」
客席から眼下のバトルフィールドを見下ろすフードの少女。
学園長相手にタメ口で話していた彼女は、エメラルド色の瞳に妖しい光沢を帯びさせながら、僅かに関心を寄せた。
「力を借りるだけでも大変な四大精霊の一角を完全召喚……Aランク冒険者でやっと互角ってところか……あっちの召喚術師さんには荷が重いねぇ……」
少女の視線の先で、僧服をまとった男が水の精霊の名を叫んだ。
すると、彼の周囲にいくつもの水柱が立ち上る。
しかし、イフリートが手の平から放った火炎流は一撃で水柱を蒸発させ、僧服の男性は熱波に悲鳴を上げて倒れ込んだ。
召喚術とは、人間を遥かに超える超自然的存在、精霊の力の一部を借りる高等魔法だ。
だが、ウェルクスのスキルは、その精霊の完全召喚と使役を可能とする。
ライオンに勝てる猫がいないように、人が精霊に勝てるわけもない。
これが学園最強と謡われるウェルクス自慢の最強スキル、精霊使いの力だ。
客席が沸騰する中、少女は溜息混じりに席を立った。
「残念だなぁ、あれがAリーグに出るなら潰し甲斐があったのに」
ウェルクスは今回、救世杯には参加しない。
運営側の人間として、あくまでも試合を盛り上げるだけだ。
というよりも、自分が出れば優勝確実で面白みがない、という自信の現れだろう。
「さてと、ボクはバニーのところに行かなくちゃ……それと、イチゴー」
フードの少女は、唇の隙間から白い歯を覗かせた。