ラビの正体
「イ、イースター……」
彼女との距離が消えた。
一瞬でまつげが触れ合いそうな距離に彼女が現れた。
そして、ガラスのように無感動な瞳が、機械的に俺を射抜き見上げてきた。
「……貴方、誰ですか?」
全身の皮膚が粟立ち、俺は息が止まった。
――こいつ、一体……。
「この世界の人間は皆、十五歳以降のいずれかのタイミングで神様からスキルを授かります。それを神官の力で強制的に行うのが高等部入学式で行われるスキル授与の儀式です」
無表情無感動のまま、イースターは警察が、あるいは探偵が犯人を追い詰めるように饒舌に、淀みなくまくしたててくる。
「ですが、稀にワタシのように十五歳を待たずしてスキルを授かる人もいます。ワタシは中等部時代、観察スキルでラビのことを見て、覚えています。ですが、スキル授与の儀式の後の貴方はズレていたんですよ、何もかもが」
「ズレている?」
苦し紛れのオウム返しに、イースターはより冷え切った声を返してくる。
「口調、語調、言葉選び、動き、価値観、なにもかもがです。まるで下手なスパイがラビの変装をしているようです。心境の変化で多少言動が変わる人はいますが、ラビの場合は全てが同時にズレているんです」
前世の記憶がバレている。
俺は心臓が硬くなるような緊張感を押し殺して、口をこじ開けた。
「おいおい、俺がニセモノだって言うのか? 幼馴染のノエルが気づかないわけないだろ?」
「そうですね。だからおかしいんですよ。貴方の言動はまるで別人、ですが身長、体格、そして変装が不可能な眼球の中身、虹彩のパターンまで変化がない。入れ替わったのは、中身だけなのでしょう。あらためて聞きます。貴方、誰ですか?」
俺は迷った。
イースターに前世の話をしてもいいものか。
思い出すのはクラウスだ。
何かイチゴーのことを知っているのかと詮索したけれど、結局はただの革命軍だった。
イースターが転生者や女神など、こちら側の関係者なら、話して事情のわかる協力者になってもらうのも悪くない。
だけど革命軍みたいな存在だった場合、また変に俺を崇め奉り旗頭にして悪用しようとしてくるかもしれない。
そして本当にただの詮索好きの一般人だった場合、悪い意味で情報が漏洩するだけだ。
だから俺は、防御と攻撃の意味で言葉を返した。
「そういうお前こそ誰なんだ?」
俺は不敵に笑って見せる。
「最初のハイテンションは演技か? それともお前のほうこそイースターと入れ替わっているのか?」
イースターの顔も不敵に、だけど俺の硬い作り物ではない、自然な笑みを作った。
「最初から言っているでしょう? ワタシはイースター・D・エイプリル。今世紀最高の大魔法使いにして救世主の導き手だと」
「……」
イチゴーたちは無反応だった。
みんな一様に、イースターのことを見上げ動かない。
危険は無い。
それがイチゴーたちの判断らしい。
「ラビ」
名前を呼ばれて、俺はハッと彼女に視線を戻した。
「深くは詮索しませんが、ワタシのことは手元に置いておいたほうが監視しやすくないですか? お互いに」
妖しい雰囲気を湛えた眼差しと、蠱惑的な声音。
リスクはある。
だけど、踏み出さずにはいられない。
俺は悪魔と契約するような気持で頷いた。
「ノエルとハロウィーがいいならな」
「契約成立ですね。安心してください、ラビがワタシのお眼鏡違いなら勝手に消えますし、それまでは全力で貴方の役に立つことは保証しましょう。ワタシ、大魔法使いなので」
最後に見せた顔は素直に可愛く、美少女然としたものだった。
けれど、さっきの今では魔性の女にしか見えなかった。