【遊び人】がレベルを上げたら【賢者】になれる。
「これでお前の防御力は落ちました。ヘルサイズは死へのカウントダウン。死刑執行の鐘を打つ鐘突き杖。お前には何回目の鐘でギロチンが落ちるのか、見定めてあげますよ」
「■■■■」
言葉を介さぬ魔獣でも、挑発されているのは感じたのだろう。
羽虫に煩わされる人間が癇癪を起こすように、ライムクラブは貝から這い出すと、ハサミを振り下ろした。
「二撃目」
ハサミの一撃を紙一重で避けた時には、すでに白い甲殻にヘルサイズを叩きこんでいた。
ヘルサイズは甲殻をすり抜け、その表皮にはかすり傷も付けられない。
だけど、ライムクラブの様子がおかしい。
動きがどこかぎこちない。
「これでスピードダウン。さぁ、どんどんいきますよ。お前とワタシと戦力差は、どんどん縮まりますよ!」
声高らかに、強者の口ぶりでイースターはヘルサイズを振るい続けた。
それもすべて、ライムクラブの攻撃を避けた上でのカウンター。
いやらしく、まるで相手に無力をわからせるように、イースターはハサミが空ぶったところを狙い、ヘルサイズを叩き込み続けた。
「筋力ダウン、暗闇、無音、麻痺。これで六重苦ですね。ラビ!」
「お、おう、ニゴー!」
『ぎょい!』
再びニゴーが限界出力でバーニアロケット頭突きを敢行。
貫通弾と化したニゴーはライムクラブの無防備な顔面を貫通した。
「ギロチンは落ちました。六回、いえ、最初の毒を数えれば七回。テンカウントすら長すぎましたね」
イースターの手からヘルサイズが雲散霧消。
目の前にリザルト画面が開くと、俺は安堵の息を漏らした。
「ありがとうなイースター。おかげで助かったよ」
お礼を言うと、彼女は笑顔で振り返った。
「どういたしまして♪ それにしても、ドレイザンコウを破った救世主もまだまだですね」
ぺろりと舌を出してウィンクをされると、俺は頬をかきながら苦笑いを浮かべた。
「言い訳できないな……俺なりに強くなったとは思ったんだけど……」
「ええ。これでわかったでしょうラビ。貴方の弱点、それは必殺技が無いことです」
「それは、でも……」
ニゴーのバーニアロケット頭突きと言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「どうやら自覚があるようですね。ワタシは新聞部として、貴方の活躍を正確に調査しました。そうしたらどうでしょう。コマンダーメイルは壁で押しつぶしただけ。ダストンを倒したのはノエル。ドレイザンコウを倒したのはノエルのカリバー。クラウスとお兄さんには、実は勝っていませんよね?」
図星を突かれて、俺は喉が固く強張って何も言えなくなった。
彼女の言う通りだ。
俺の能力はあくまでサポート系。
まともな攻撃手段はイチゴーたちのパンチと頭突きだけ。
ニゴーのバーニア機能も、全員についている魔石解放も、出力を上げるという地味なもの。
ノエルのカリバーや、ハロウィーの魔力圧縮のように、必殺技と呼べるものがない。
だから、モリハイエナやコマンダーメイルならともかく、ライムクラブのように防御力に特化している敵には弱い。
ここ最近感じていた成長の実感がまやかしであったかのような気分になり、俺は自分を恥じた。
「だけど、ワタシなら貴方の弱点をカバーできます」
うつむきかけた顔を上げると、イースターはとびきりの笑顔で待っていた。
「ラビの弱点は防御特化型。ですが、ワタシのデバフ魔法で防御力を落としてしまえば、イチゴーちゃんたちの頭突きでも粉々です。どうです? ワタシ、優秀でしょう?」
イースターは鼻息を荒く、胸を張って自慢してきた。
――こいつの言う通りだな。
チームワークの基本は、それぞれの強みを活かすことだ。
一人で何でもできたら仲間なんていらない。
一人で何でもできる超人なんていない。
だから、人はチームを組むんだ。
俺に火力なんていらない。
火力ならノエルが補ってくれる。
俺に強力な遠距離攻撃なんていらない。
狙撃ならハロウィーがしてくれる。
そして、ノエルに頼れない時、イースターがいてくれたら、俺とイチゴーたちでもみんなを守れる。
イースターは、俺の弱点を補うキーパーソンなんだ。
そのことを実感して、俺は気を緩めた。
「最初は変な奴だと思っていたけど、お前、マジで優秀なのな」
「そうですよ。ワタシみたいなおちゃらけた遊び人でもレベルが上がれば賢者になれるんですよ」
――……え?
【遊び人】がレベルを上げたら【賢者】になれる。
それは、日本の某人気ゲームで有名なネタ、システムだ。
言葉のチョイスが絶妙すぎる。
偶然か。それとも……。
――まさかこいつ……俺と同じ異世界転生者?
「今、私の言葉に違和感を覚えましたよね?」
イースターの声が、一気に零下まで冷え込んだ。
俺がハッと表情をあらためた時にはもう遅い。
彼女の視線は深淵のように暗く、表情は無機質に漂白されていく。
「イ、イースター……」