ノエルの女神像
誰も彼もが驚愕する中、俺は謙遜して物腰柔らかく頭を下げた。
「いえいえ、こんな素人のガキの出店デビューにこんな広い土地を使わせてもらっているんですからこれぐらい当然ですよ。そうだ、この広場全体でガラス製のテーブルを使うし全面ガラス張りのタワーがあるし、食べ物やばかり。この広場、ガラスのフードコートって名前にしませんか? 看板作りますよ、ガラス製で」
「そりゃあいい!」
「ギルド長、私は賛成ですがどうでしょう?」
「ふむ、そうですね、ではそうしましょう。ラビさん、頼めますか」
「はい喜んで、あとこんなゴーレムも作れるんですけど」
あくまでゴーレム系スキルの派生、という建前をアピールしながら、俺は広場の中央にまた青いポリゴンを出した。
そこに生成したのは、循環式の噴水だ。
ゴゴーが見つけてきた水の魔法石を組み込んだもので、噴水の中央にはみずがめ、にそっくりのイチゴーをかついだ羽衣姿の美女が座っている。
美女の周囲から放射状に水が吹き上がり、さらにイチゴー像のお腹からも滝のように水が流れ落ちていく。
その姿にも、喝采が沸き上がる。
「おいこんなの貴族の屋敷にもないぞ!」
「派手だなぁ……」
「この景観そのものが目玉商品になるぞ!」
どうやら、噴水は大好評のようだ。
イチゴーたちが噴水の前で踊り出すと、商人の一人が喉をうならせた。
「いろいろなゴーレムがあるんだなぁ、うちのとは大違いだ」
彼が見やったのは、黙々とガラステーブルを運ぶ木製マネキンだった。
その動きはぎこちなく、動きも遅い。
「イチゴーや噴水はスキルで作ったスキルゴーレムですからね。人工ゴーレムはあんなもんですよ。俺が実家にいた頃、ゴーレム生成呪文で作っていたのもあれぐらいですし」
土や木を人型に形成して関節も作り、命令と動作を魔法でプログラミング。それから魔力を充填してゴーレム生成呪文を使うと人工ゴーレムは完成する。
けれど、その性能は術者の技量に大きく左右される。
身体能力は低く、単純作業しかできない。
それが一般的な人工ゴーレムの常識だ。
「ラビさん、あの噴水ゴーレム、貴族に売れますよ」
他の商人のアドバイスに、俺は一考した。
――確かに、この盛況ぶりなら売れるかも。
ハロウィーも、溜息を漏らしている。
「きれー、あれ? ねぇラビ、わたしの勘違いじゃなかったら、あの中央の女の人、ノエルに似ていない?」
ノエルが赤面した。
「なぁっ、私とあれが似ているなどそんなわけがないだろう!」
「ごめん、ゴーレムを担いだ美女って考えたら、ちょっとノエルを思い出しちゃって影響したかも」
「なぬぁっ?!」
ノエルが顔を耳まで赤くして、騎士には似つかわしくない悲鳴を上げた。
「恥ずかしいならプリセット品に置き換えるよ」
俺がスキルウィンドウを開くと、そこにはあらゆる種類の美女美少女像が並んでいる。
けれど、ノエルは大切な何かを押し殺すようにして歯を食いしばってから背筋を伸ばし、堂々と胸を張った。
「いや、構わん。ゴーレムをかつぐのは私の役目だ」
言質を取ったとばかりに、ゴゴーがノエルの脚、お尻、背中をよじ登り、肩に抱き着いた。
ノエルも期待に応えるように、肘を上に曲げてゴゴーをかついだ。
『ゴゴーのせきなのです』
「お前の席ではねぇよ」
俺はゴゴーの胸をちょんちょん突いた。
「やっぱりノエル、美人でいいなぁ」
「ハロウィーだってかわいいぞ」
「ふゃっ!?」
ハロウィーは一人うつむいた。
その横でイースターがキメ顔でセクシーポーズを取っていた。
さらにその横でヨンゴーがまんまるボディながらも同じポーズを真似していた。
「でも魔力がもったいないし誰かに盗まれたら困るんで、お祭り当日までは消しておきますね」
俺は噴水をストレージにしまった。
「あ~ん、無視しないでくださいよ~! ワタシにも美人とかかわいいとかくださいぃ~!」
「ヨンゴーは丸くてかわいいぞ」
「そっちじゃなくてぇ~!」
泣きついてくるイースターの額を押さえて距離を取った。
そこへ、ギルド長が一歩歩み寄ってきた。
「ラビさん、やはり私の目に狂いはなかったようですね」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。ギルド長が安心して貸しを回収できるよう、頑張りますよ」
けれど、ギルド長は首を横に振った。
「いいえ。そのことならもう結構。むしろ、期待以上の回収ができましたよ」
俺が生成したイスとテーブルを運び出していく出展者たちを眺めながら、ギルド長は柔和な笑みを浮かべた。
「今年の救世祭は過去一番の盛り上がりをみせることでしょう。そして、ラビさんも飛躍する」
「それも商人のカンですか? 的中率二〇パーセントの?」
「はい。ですがねラビさん。私の予想は五回に四回は外しますが、大きな案件を外したことは一度もないんですよ?」
その時にギルド長が見せてくれた笑みは、打算も何もない無垢さが感じ取れた。
商売に大切なのは信頼。
そのことがよくわかる。
――いい人だな。
そう、俺の手を握ってくるこいつと違って。
「私を褒めてくださいぃ! 結婚してくださぃぃ! 愛人にしてくださいぃいい! 既成事実をぉおお! そして利権をぉおおお!」
「下心は隠せよ」
「NO! 商売に大切なのは信頼! 嘘で得たモノは一夜で失われる! ワタシは自分に正直に包み隠さず交渉するのです!」
「お前絶対成功しないぞ」
俺はチベスナ顔でツッコんだ。
「いいから止まれ。手を伸ばすなあがくな、涙を止めろ。俺は他人に利用される気も搾取される気もないんだよっ」
「そんなこと言わずにぃ~」
『マスター、ガラスのざいりょうたりないー』
「え、そうなのか?」
膝をぽんぽん叩かれ視線を上げると、青いポリゴンから出てくるガラステーブルは、全て運び出されていた。
手持無沙汰な商人たちが戸惑っている。
きっと、まだテーブルを手にしていない人たちだろう。
「珪砂なら川から大量に持ってきただろ? ……あ~」
「どうしたのですか?」
イースターが、頭上に疑問符を浮かべながら俺のウィンドウを覗き込んできた。
とは言っても、俺以外には見えないのだが。
「ああ。ガラスの主成分は珪砂って砂なんだけど、強度を上げるためには色々混ぜないといけないんだ。その一つの石灰が足りないみたいだ」
「それならうちで取り扱っていますよ。父さん」
「あるだけ持ってくるよ」
『マスター、われもてつだってよいか?』
『いくのだー』
「頼んだ」
ニゴーとサンゴーは仲良く連れだっておじさんを追いかけた。
「悪いなイースター。代金は今夜すぐ払うよ」
「いえいえ、お金はいらないので、明日、補填の為に一緒に石灰を取りに来てくれませんか?」
「場所さえ教えてくれれば俺が一人で言ってくるぞ?」
イースターはびしっと手の平を突き出してきた。
「いえ、採石場の情報はワタシとのランデブーということで。それに、ラビさんでは絶対に採れない石灰なのです」
「俺に採れない石灰?」
ストレージを持つ俺に採れない素材は無いはずだ。
けれど、イースターは含みのある笑みでニヤけながら、俺を見上げてくる。
何かを企んでいるのかもしれないけど、それを暴くいい機会でもある。
俺はあえて、イースターの口車に乗ってみた。