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この母ちゃんが怖すぎる!

「はい、今、話題沸騰中の極太な金づる、ラビさんです!」


 ――おいこら金づるっておい!


「ほぉ、あの金髪碧眼美少女と紫陽花髪の美少女を侍らせながら魔獣型ゴーレムを使役し力と名声を思うがままに振るっていたら学生寮で火事を起こして退寮処分になったラビさんですか?」

「貴方の情報網が微妙に節穴であることがわかりました」


 俺の左右でノエルとハロウィーが恥ずかしそうにうつむいた。


「ははは、冗談ですよ。商談には、ジョークセンスも必要なんですよ。現在は持ち家のラビさん」

「……」


 最後の一瞬、ギルド長の視線が鋭く、声音が低くなった。

 火事が起こったのは昨日、家を建てたのは身内にしか言っていない。

 情報の速さが尋常ではない。


 常に学園内の状況を把握し、この人に伝えるメッセンジャーがいるのだろう。

 もしかすると、それはイースターかもしれない。


「ギルド長、ラビが救世祭に出店したいらしいので、いい場所を見繕ってあげてください。お代はラビとの縁です!」

「出世払いより酷いなおい」


 あまりに雑な商談に、こいつは本当に商家の娘なのかと疑った。


「なるほど、それではラビさん、具体的にどのようなお店を出店するのですかな?」


 ギルド長は口元のひげを一度なで、興味深げに尋ねてきた。


「はい。カフェをやろうと思っています」

「カフェ、ですか?」


 ギルド長の視線が、俺の足元でもちもち踊っているイチゴーたちを一瞥した。


「なるほど、悪くないです。しかしそうなるとある程度の広さは必要ですね。ですが、私なら都合することも可能です」

「本当ですか?」


 意外な希望に、俺はつい声が明るくなってしまう。


「えぇ、役所には私が保証人となり申請をしておきましょう」

「う、それで、おいくらですか?」


 先ほどの女性が口にした保証金の金額を思い出して、俺は身を固くした。

 けれど、ギルド長は鷹揚な動きで右手をかざした。


「いえ、それには及びません。むしろここで謝礼を受け取っては取引が終わってしまう」

「それは、どういう……」


 意味が分からず当惑する俺に、ギルド長は慇懃とも取れるほどにこやかに笑った。


「むしろ、貴方に貸しを一つ作ったままでおきたい。そして将来、貴方が肥え太った頃に回収したい」


 つまり、俺が大物になり、今以上の実力を身に着けてから、満を持して俺の力を借りようというわけか。


「いいんですか? それって、もしも俺が約束を反故にしたり没落したら損じゃ?」

「出店スペースの一つ程度、大した損になりません」

「ならお金を払いますよ」


 さっき提示された金額も、一応、払えないわけではない。

 こっちとしても、誰かに貸しを作ったまま過ごすのはすっきりしない。


「いえ、その程度であっても、それでラビさんは大きく助かる。我々商人の世界には銅貨をバカにするものは銅貨に泣く、銅貨を捨てて金貨を拾うということわざがございます」


 『一円を笑う者は一円に泣く』『海老で鯛を釣る』みたいなものかな、と俺が思っていると、ギルド長は滔々と語り始めた。


「銅貨一枚足りなくても物は買えない。銅貨一枚足りないばかりに破滅するかもしれない。ならば恵んだのが銅貨一枚でも相手には値千金。ならばそれ相応の見返りを期待しても罰は当たらないでしょう?」


「もし俺がこの場で金貨を十枚支払うと言っても?」


 できれば使いたくないが、3Dプリンタスキルで作った宝石を売れば、それぐらいすぐに作れるだろう。


「今の言葉で確信しました。ラビさんには金貨十枚よりも貸しを一つ作ったほうが良いと」


「それはつまり、俺が大成するってことですか?」

「はい。私の商人のカンはよく当たるんですよ」


 貸しを作るのがちょっと怖いけど、将来性を買ってもらえたのは素直に嬉しかった。


「的中率はなんと二〇パーセント」

「外しているじゃないですか!」


 俺は虚空に空手チョップを放った。


   ◆


 翌日の放課後。

 俺らはイースターの案内で、王都の広場を訪れていた。


 大勢の商人や肉体労働者が行き交い、建築資材や商品を運び、あるいは露店や出店を組み立て設営し、数日後に迫った救世祭への準備に勤しんでいる。


「おー、凄い賑わいだなぁ」


 周囲を大きく見回す俺に、イースターは胸を張った。

 普段は裏通りで商っている人たちにとって救世祭はかき入れ時ですからね。


「ちなみに、我が家を含めて当日だけ商売替えをする人も大勢います」

「商売替え?」

「はい!」


 ぐるん、とその場で二回転半して振り向き――反転でいいだろう――眼鏡を吹っ飛ばしてヨンゴーに空中キャッチしてもらったイースターは、眼鏡をかけなおしながら手を広げた。


「普段、我がエイプリル商店はしがない雑貨屋ですが、救世祭の時だけはホットウィンナー屋に早変わりするのです!」


 彼女が手で指した先には、一軒の出店が完成していた。

 そこで、眼鏡をかけた細身のおじさんが火加減を調節していた。


「どうもラビさーん、うちの娘は若くて可愛くてお買い得ですよー」

「娘を売るなぁ!」


 背後から年若い女性がおじさんをどついた。看板で。


「う、うぐふぅ、ひどいじゃないか母さん、看板は店の命なんだぞ」

「命より大切な娘を売る夫にかける情けがありますか!」


 どうやら、イースターの母親は常識人らしい。


「すいません、この人には毒魔法をかけておくので無視してください」


 もわわん。


「ぐふぁっ! 急に胸に痛みが! それに気持ち悪いぃ! 眩暈で立っていられないぃ!」


 おじさんは地面を転がりのたうち回った。


 ――前言撤回。母親も非常識人だった。


 あと、イースターのデバフ魔法は母親譲りらしい。


「どうですかラビ。うちのお母さん美人でしょう? 私も将来こんな感じになりますよ? 今のうちから買っておいたほうがお得じゃないですか? なんと母さんこう見えても今年でぶぐぁっぁあああああああ!」


 暗黒をまとった拳が脇腹を抉った。


「母親の年をバラすなぁ!」

「うぐぅぅぅ! 目が見えないぃいいい! 体がしびれてうまく起き上がれないぃいい! いまなら体を触られても誰が犯人かわからないぃいいいい! チャンスですよラビ!」


「自分で売るなぁ!」


 母の蹴りが脇腹に炸裂した。


「ぎゃぁああ! 同じところをぉおおおお!」


 ――すげぇ、自分の娘に暗闇と麻痺を重ねがけした挙句に蹴り込んだ。


 こんなのが義理の母親になるのはいやだなぁと思った。

 俺の背後で、ノエルとハロウィーも表情を硬くしていた。


「すいませんねぇラビさん、うちのおバカな娘とバカな夫がご迷惑おかけしちゃって」


 おばさんは愛想よく笑い、あらやだわたしったらうふふふふ、と笑い始めた。

 外面はかなりいいらしい。

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