商人ギルド
夕日が沈みかけた頃。
俺らが商人ギルド会館を尋ねると、誰もが眉一つ動かさずに視線をこちらに向けてきた。
大勢の人が立ったまま、あるいは机に座り、忙しく商談をしている。
時間がもったいないとばかりに次々商談を進め、まとめながらも、だがこの場に似つかわしくない異物への注意は切らさない。
そんな異様な抜け目なさを感じる。
ここは海千山千の商人たちが集う商人ギルド。
そこへ学生服姿の若い男女が現れれば、当然だろう。
あるいは、俺の足元を歩くイチゴーたちが目を引いているのか。
周囲の視線が、ハイゴーレムの証である胸元のオーブに注がれている気がした。
「ようこそ、当ギルドへどのような御用でしょうか?」
秘書らしき風体の女性が、チェーン付き眼鏡の位置を直しながら硬い声をかけてきた。
「はい、救世祭で広場に出店したいのですが、何分初めてなもので」
秘書さんは視線を俺に向けたまま、だけど意識がわずかに下がった気がする。
バレないように容姿を値踏みされた、とでも言えばいいのだろうか。
「なるほど、つまりよりよい出店条件を得られるよう、役所にとりなしてほしいということですね?」
「え……?」
この人は読心術でも使えるのかと俺が狼狽すると、秘書さんは涼やかに笑った。
「そう驚かないでください。この時期に学生さんがここへ来るとなれば、他にありませんから。昨日から、同じ用向きの方が何人も見えていますので」
――な、なるほど……。
「それで、当ギルドへの見返りに何をご用意できますか?」
「それは、おいくらですか?」
「現金での後ろ盾ですと、このぐらいでしょうか?」
女性が上着のポケットから取り出したソロバンをはじくと、とんでもない値段だった。
「こんなにするんですか!?」
思わず俺が素っ頓狂な声を上げると、秘書さんは優しい口調で告げてきた。
「はい。我々の後ろ盾、推薦を得るということは、貴方が何かしでかした時は我々も信用を失うということです。当ギルドと貴方とは何のかかわりもありません。そんな貴方を信用しろというならば、これぐらいの保証金は頂きませんと。それとも、貴方のゴーレムを担保にしますか? ラビさん?」
今更ながら、名乗り忘れていたことに気づいた。
「……それも、わかるんですね」
「金髪碧眼の女騎士と紫陽花髪の弓兵とラブリーなハイゴーレムを連れた男子と言えば有名ですので」
「え? らぶ――」
「ゴホンッ! 言っておきますが、当ギルドを訪れた学生の方々は、その半分以上がお引き取り頂いております。これは意地悪で言っているわけでは……」
イチゴーたちがまるまるもちもちと踊りながら、彼女の足元をぐるぐると回り始めた。まるでキャンプファイヤーを囲んでいるようだ。
女性の鼻息が少し荒くなった。
「ッッ…………言っておきますが、商売に同情や泣き落としは効きませんよ。商取引の基本は等価交換に見せること。物乞いの真似事ならよそでやってください……ッ!?」
ゴゴーが女性の足をぽちょぽちょと突つき始める。
「このゴーレムたちを早くどかせてくれますか!?」
「あ、はい」
――もう一押しな気がするのは俺だけかな?
「みんな、邪魔しちゃだめだぞ」
『はーい』
イチゴーたちは俺の足元に戻ってくると、お利口に待ち始めた。
すると、女性は本来の自分を取り戻したように、口元を冷たく歪めた。
「ラビさん、貴方でしたら他の方法でもいいですよ? たとえば、洪水被害から町を救った方法、貴方のゴーレム技術の提供など」
「ッ」
やっぱりそうなるかと、俺は緊張した。
俺のスキルについては、あまり公にしたくない。
でないと、俺を利用しようしてくる悪人が後を絶たないだろう。
救世祭出店は、俺の人生における必須事項ではない。
せっかく色々準備をしたところ残念だが、出店を見送ろう。
俺がそう思った矢先、バカに明るい声が飛び込んできた。
「待っていましたよラビ。やはり我々は交わる運命だったようですね」
煩わしい声のする方へ視線を向けると、案の定、イースターがバランスギリギリののけ反りポーズで立っていた。
その足元に滑り込んだヨンゴーが、同じポーズをしようとして転んだ。
――またお前か……。
今はかまってやる暇はない。少しはこっちの都合も考えろ。真面目な話をしているんだ。
そんなことを考えながら、俺がイースターを追い払おうとすると。
しかし、イースターは俺の機先を制するように口を開いた。
「ミス、彼はワタシの客です。実は先日チームを組みまして」
「え!?」
嘘を言うなと俺がツッコむ間もなく、秘書風の女性がぎょっとした。
「それと、ギルド長を呼んできてください。今すぐに、はいダッシュ」
「はい、失礼しました」
女性は、イースターの命令に血相を変えて駆け出した。
「なぁ、もしかしてイースターってトンデモない大商家の娘だったりするのか?」
そうでないと、女性の反応がおかしい。
「ほえ? いえ、うちは先祖代々ただの雑貨屋ですよ。家族でつつましく暮らしています」
――こいつ絶対に何か隠しているだろ。
俺が警戒心を強めていると、男性の声が走ってきた。
「聞きましたよイースター。ラビさんたちを連れてきたと」
イースターに親し気に話しかける男性は、仕立ての良い服に身を包み、髪を整え金縁の眼鏡をかけた初老の男性だった。
身なりのせいか、貴族に見えなくもない。
商人ギルドの長を務めるのだろうから、かなりの豪商に違いない。
なら、下手な貴族よりもお金を持っているだろう。
「はい、今、話題沸騰中の極太な金づる、ラビさんです!」
――おいこら金づるっておい!