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特別な貴族サロン

 同じ頃、貴族科の学生寮、その第五談話室では、特別なサロンが催されていた。


 一流の調度品に囲まれた部屋で、革製のソファに身を沈め、伯爵生徒に淹れさせた高級茶を飲みながら、彼ら彼女らは不平を口にした。


「まったく嘆かわしい。これだから最近の一年生は使えないんだ」


 とある三年生が苦々しそうに新聞を畳み、テーブルに上に捨てた。

 一面を飾るのは、ここ最近のラビの功績をまとめた記事だ。


 王立学園平民科の生徒が、ダンジョンのボス、コマンダーメイルを倒し、上級魔獣ドレイザンコウを討ち取るだけでなく、学園テロを鎮圧。


 その業績を華々しく、まるで英雄譚を語るように書き立てられている。


「ちっ、まんまとテロリストの侵入を許したことで学園の信用は失墜、だけならまだマシだ。だが、問題なのは貴族科の生徒が平民科の生徒たちにボコられて拉致されたことだ!」


 ガタイのいい短髪の男子が舌打ちをすると、追従するように眼鏡の男子が溜息を洩らした。


「一年生たちは平民科ではなくテロリストに負けたと主張していますが、それはそれで犯罪者にも負ける貴族が将来領土を守れるのかと悪評を立てられています。しかも、そのテロリストを鎮圧したのが平民科の、それも魔獣型ゴーレム使いですからね。貴族の名誉の地に堕ちたものです」


「ワタクシ、めまいを覚えますわ」


 金髪の巻き毛が麗しい女子が、大げさな態度で手を額に当てた。


「大丈夫かいミス。まったく、私たちが一年生だった頃が懐かしいよ。貴族は貴族らしく、平民は平民らしく、だれもが領分を弁え、秩序の保たれた美しき学び舎。それが今はどうだい? 貴族は平民に敗れ、平民は貴族を侮る。神の定めた法を汚す混沌の時代じゃあないか」


 憐れみを誘うような絶望的な声音を、だが誰も否定しない。


 ここは王立学園貴族科の中でも、特別に身分の高い生徒だけが参加できる社交の場。


 彼らは皆、伯爵家の中でも身分の高い家や侯爵、そして公爵に名を連ねる者たちだ。


 このサロンは、普段は社交界の情報交換や国際、社会情勢、自身の派閥に属する貴族科生徒たちの活躍を誇る場であった。


 去年の今頃は、有望な新一年生の話題で盛り上がっていた。


 それがまさか、貴族科を追放され、平民科に堕ちた生徒が学園中の話題をさらうとは夢にも思わなかった。


「本当ですわね。ですがあの男子は神の怒りを買い裁きの炎を住処を失った。これで頭の悪い平民たちも目を覚ますことでしょう」


 火災の第一発見者、エリザベス・レッドバーンが上機嫌に嘯いた。

 件のことに留飲を下げたのか、他の生徒たちもわずかに口元を緩める。


「その神罰、いったいどこの誰が下したのやら?」


 三年生の言葉に、エリザベスは不敵に微笑んだ。


「ふっ、神の法を汚した愚者が、敬虔なる神の信徒から報復を受ける。それもまた神罰の一つですよ。女神と同じ聖女型ゴーレムの使い手であり、未来の上級神官、いや、最高神官であるワタクシが神の御心に寄り添うのは当然のことではないですか?」


 浪々と、そしてどこか媚びるような声音のエリザベスに、サロンのメンバーは機嫌よく笑った。


「貴族の権威失墜は平民の増長を招く」


 静かな、だが威厳に満ち溢れた声音に注目が集まった。

 部屋の奥、もっとも上座に座る男子、ウェルクス・レッドバーン。


 エリザベルの実兄だ。


 四大貴族の一角にして王家とも縁戚関係にあたるレッドバーン公爵家の嫡男であり、王立学園主席。


 このサロンのリーダーである。

 腰や胸まで垂れた金髪を後光のようにまとう冷然とした美貌、その次の言葉を待つように、誰もが沈黙を守った。


「平民の増長は反乱を招き、反乱は国の衰退へつながり、その後にあるのは隣国からの侵略。我らは神より賜ったこの土地、この国、ひいては王家を守るため、民を正しく管理する責務がある。分不相応な振る舞いをする愚者には鉄槌を」


 他の生徒がリーダーの言葉に気を良くして同意しようとすると、彼は声に険を込めた。


「だが、同時に魔獣型ゴーレム使い如きに後塵を拝する己の不明を恥じよ」


 下級生はもとより、同級生のメンバーまでもがウェルクスの言葉に姿勢を正し、軽く頭を下げた。


 貴族と平民とでは立場が天地も違う。

 だがそれは貴族社会も同じ。


 貴族、さらに同じ上級貴族でも、レッドバーン公爵家は別格。

 彼の意志一つで、他の家の生徒などどうにでもなってしまう。


「下級生たちに伝えろ。貴族であることに胡坐をかくな。平民の増長を招いたのは貴公らの怠慢であると」


 その場の誰もが姿勢を正して礼を取った。

 ウェルクスが紅茶のカップ、その取っ手を指先でつまむと、顔の前に掲げた。


「では励むとしよう、女神が愛し守り抜いた世界と秩序のために」

『秩序のために!』


 席を持つ全員がカップを掲げ、復唱した。

 その様子を、伯爵家の生徒たちは表情を硬くしながら壁際で見守った。


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