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兄さん?

「ッッ、よしっ、勝った!」


 我知らず、ガッツポーズをとっていた。

 コマンダーメイルやドレイザンコウを倒した時以上の達成感。


 一人では勝てなかった強敵に勝てた。


 できなかったことができるようになる達成感は、やはり悪くない。

 もちろん、今回の勝利は経験ありきではある。


 モリハイエナが着地した時、もしも尾の付け根ではなく首や脇腹を狙っていたら、仕留め損ねていた可能性もある。


 そうなれば舵であり盾であり棍棒でもある長い尾を持つモリハイエナ相手に真っ向から戦うハメになった。


 だから、目の前の不確かな勝利よりも、確実な勝利を得るための一撃に手を付けた。


 結果、それは成功した。

 一度、モリハイエナと戦った経験があればこそだ。


『マスターすごいー』


 くるくると回りながら一人で勝利のダンスを踊りつつ、足元に近づいてくるイチゴー。


 俺は膝を折って、そのスベスベとしたお腹を指で突いた。


「ありがとうな」


 すると、不穏な足音がみるみる集まってきた。

 嫌な予感に振り返ると、そこにはモリハイエナが三頭、四頭と集まっていた。


 さっきの個体の仲間か。


 四頭の視線は血まみれになって動かない仲間を一瞥すると、恐れるどころか牙を剝き出しにして殺意を感じる唸り声を響かせてきた。


「マズイな……」


 経験に基づく作戦で隙を突き、敵の長所を欠いての勝利を収めたさっきまでとは違う。


 同時に四体のモリハイエナなんて、相手にできるはずもない。

 だから、俺は戦うことを諦めた。

 無気力に深く息を吐いて一言。



「みんな任せた!」



『いくー』

『ぎょい』

『まかせるのだー』

『くちくしてやるっす!』

『かくごするのです』


 イチゴーの頭突きがモリハイエナの顎を砕いた。

 ニゴーの拳がモリハイエナの側頭部を打ち抜いた。

 サンゴーのボディプレスがモリハイエナの鼻面を潰した。

 ゴゴーのドロップキックがモリハイエナの喉を圧壊させた。


 続く二撃目、三撃目がモリハイエナたちに致命傷を与え、モリハイエナはあっさりとダウン。


 俺の前にリザルト画面が開いた。


『ふっ、モリハイエナ、おまえたちのはいいんはたったひとつっす。てめーはよんごーたちをおこらせた』


「いや、下敷きになりながら言ってもダサいぞ」


『ひっぱりだしてほしいいっす』


 両手も下敷きになっているので、うごうごと身じろぎしかできないヨンゴー。

 イチゴーが頭をつかみ、よいしょよいしょと引っ張り出している。かわいい。

 ゴゴーは川辺で粘土質の土をストレージに回収し始めた。

 サンゴーは地面に転がり寝始めた。

 ニゴーはモリハイエナたちの素材をストレージに入れ始めた。


 ――みんな自由だなぁ。そしてニゴーは真面目だなぁ。


「それよりも、だ」


 リザルト画面はレベルアップのファンファーレを鳴らさず、閉じてしまった。


「レベルアップはなしか……」


 モリハイエナは強い。

 並みの生徒では束になってもまず勝てないだろう。

 それを五体も倒したのに、俺のレベルは上がらなかった。

 周囲に目線を配って警戒しながら、俺は熟考した。

 モリハイエナ級の魔獣を倒してもレベルが上がらない。

 となると救世祭までにレベルを二五にできるかわからない。


 森の最深部まで進むか?

 それは危険だ。


 しかも二五レベルで解放される新スキルが自動デザイン生成スキルかどうかもわからない。


 仮に自動デザイン生成スキルだったとしても、サブスキルを実際に使えるようにするには適切な素材が必要になる場合もある。

 なのにこれ以上、レベル上げに時間を費やすのはリスクがある。


「下手にスキルに頼ろうとしないで、他の方法を考えるべきかな」


 それか、アクセサリーを売るという発想そのものを練り直すか、だ。


『マスター』

「んっ?」


 ズボンを引かれたことに気づいて見下ろすと、イチゴーが川の反対方角、森の奥を手で指した。


 すると、甲冑の金属音が聞こえ、木々の中を見慣れ過ぎたゴーレムが歩くのを見かけた。


「グリージョ?」


 灰色のフルアーマーは、兄さんがスキルで使役するゴーレムのグリージョだ。


 以前、王都郊外の町を復興した際、イチゴーたちと戦い、互角に渡り合ったのは記憶に新しい。


「もしかして、兄さんも来ているのか?」


 次の瞬間、グリージョは何かを見つけたように走り出した。


「待ってくれ」


 何故か、俺はその背中を追いかけてしまう。

 別に、兄さんに用があるわけじゃない。


 でも何故か気になった。


 日本でも、たとえば町中で兄弟を見かけたら「何してんの?」と気になると思う。

 それに加えて、今、俺と兄さんは複雑な関係にある。

 兄さんは今の俺をどう思っているのか聞きたかった。


 けれど、茂みをかき分けてグリージョを追いかけようとするも、灰色の背中は徐々に遠ざかった。


 遮蔽物の多い森の中では、誰かを追いかけるのは難しい。


「はぁ、はぁ、完全に見失ったな。それにしても」


 立ち止まると、後ろからイチゴーたちがちょこちょこと走って追いかけてきた。


『マスター』

「おう、みんなごめん」


『ついせきしますか?』

「ありがとうニゴー。でもいいよ。兄さんだって王立学園の生徒だし、ただのレベル上げやゴーレムの素材集めかもしれないしな」


 もっとも、泥臭いをことを嫌い、常に優雅さを求める兄さんには珍しい。


「それよりせっかくこんな奥まで来たんだ。深部の魔獣を何体か倒していこうぜ」

『ぎょい』


 気を取り直して、俺は足を進めた。

 すると、薄暗い森の中、夕日が目に入った。


「なんだ?」


 西日に向かって進むと、やや開けた場所に出る。

 そこは、一面の花畑だった。


 それも、王都のフラワーショップではお目にかかれない、珍しく多種多様な花が咲き乱れている。

 それらが夕日を反射して、幻想的な光景が広がっていた。


「すごいな、ここだけでなん十種類の花が自生しているんだ?」

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