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ゴキブリのように素早く逃げるヒロインなどいない!

「タァイム!」


 背を向けた俺の前に回り込んで、イースターは戦闘態勢を取った。


「もちろん! ワタシは戦闘面でも力になれますよ! ワタシの得意魔法は暗黒の弱体化魔法! いわゆるデバフです! 見たところラビさんのチームには支援、サポート職がいないご様子。敵を弱体化させるジャマー役が欲しいところでは?」


「どうだろうな。作ろうと思えば弱体化効果のあるデバフポーションだって作れるし」


「でも相手に投げて当てないと意味がないでしょう? 自分で飲めばいい強化のバフポーションと違って、相手はデバフポーションを飲んではくれません。敵を弱体化させるデバフ要員はアイテムではなく魔法使いを頼るべきなのです! 闇の暗黒魔法でラビさんをバシバシサポートしちゃいますよ?」


 その時、ヨンゴーが反応した。


『やみのちから!? ますたー、このひとをぜひわれらがチームに!』

「子供って闇とか暗黒とか好きだよなぁ……でもダメだぞ」

「なぜ!?」

『なぜっすか!?』


 イースターは目が正円になるほど瞼を開き、経典同時の声を上げた。


「だってお前、俺を利用する気満々じゃないか。お前みたいな奴と一緒にいてもトラブルの匂いしかしないんだよ」

「でもぉ、お金があったら貴族籍を買って貴族に戻れるかもですよ?」


 ごろにゃん、と甘えた声を出しながら上目遣いに迫ってくるイースター。

 左手で眼鏡をちょっとずり下げるのも忘れない。


 ――あざといなぁ……。


 ここまでくるといっそ清々しくて、逆に信用できるのでは? と思えるから不思議だ。


「悪いけど貴族にはいつでも戻れるんだ」

「へ? そうなんですか?」


 きょとりん、とイースターはまばたきをした。


「ああ」

「じゃあなんでまだ平民科にいるんですか? さっさと貴族科に戻ればいいのにぃ」

「貴族じゃ都合が悪いんだよ。今はな」

「どういうことですか?」


 今までのハイテンションアップダウンはどこへやら、イースターは平坦な声と表情で尋ねてくる。


「なんて言えばいいのかな、俺はさ、貴族と平民の溝を埋めたいんだよ」

「溝?」


「俺が平民でいたら、将来貴族の都合に巻き込まれるリスクがある。でも、貴族に戻ったら平民から恨まれながら生きていくリスクがある。だから俺は、貴族が平民を支配しない、平民が貴族を恨まないようにしたいと思っているんだ」


「野望が世界平和とは、流石は救世主」


「そんな立派なものじゃないよ。ただの保身だ」

可愛そうな人を助けてあげたいという気持ちはあるものの、照れ臭くて否定した。


「ていうかさっきも言っていたけどその救世主ってなんだよ?」


 それは、クラウスの所属する革命軍が口にしていた言葉だ。

 もしかして、イースターも?


「一部じゃ噂になっていますよ。情報発信源は革命軍ですけど、ラビさんこそが聖典に記されている救世主じゃないかって、もっとも半ば遊びみたいなもんですけどね」


 ――そんなことになっていたのか?


「でも、ラビさんが元貴族の自分が平民を助けることで貴族のイメージアップを狙っているという噂は本当だったんですね」


「そんな噂もあるのか?」

「ええ。冒険者ギルドでクラウスさんとそんな話をしているのを聞いたと」

「まぁ……な」


 貴族と平民の溝を埋める。

 そんな夢みたいな方法なんて知らない。


 だけど、元貴族の俺が平民を助ければ、貴族にもいい人はいるとイメージアップにつながるだろう。


 同時に、貴族社会から追放されて現在は平民の俺が貴族を助ければ、平民を軽んじることもなくなるだろう。


 そう考えていると、イースターは俺の心に付け入るようにもみ手を始めた。


「ならならぁ、やっぱり商売は必須ですよ。人助けにはお金がかかるもの。現実は物語ほど単純ではありません。村を襲う盗賊やドラゴンを倒せばみんなハッピーじゃありません。この前の洪水被害しかり、貧困、食糧難、疫病、むしろそうした問題のほうが多いくらいです」


「ん……」


 イースターの言うとおりだ。

 アニメでもそうした展開はよく見る。


 異世界からスーパーパワーを持った戦士が日本に召喚されるけど、ドラゴンをワンパンで倒せる力も差別や貧困、少子化問題には通じないというわけだ。


「制度、法律上の問題や貴族とのいざこざも、お金があれば穏便に解決できることだってあるでしょう。ね? それを思えばラビさんの力でお金儲けを視野に入れるのは必要じゃないですか?」


 この前の洪水被害で、俺はスキルを使って町中の清掃と倒壊した建物の復興をした。


 けれど、他の細かいところも、義援金があれば解決できただろう。

 与えるばかりでは本当の救いにはならない。

 だけど、人を育て自立を促すにも種銭が必要なのも事実だ。


「お前を仲間にするかは別として、商売への参入は必要、かもな」

「えぇ、今はそれでいいですよ。ではワタシの力を是非とも」

「今すぐ帰ってくれたら考えるよ」

「さようなら~」


 イースターはゴキブリのように素早く逃げて行った。


 人垣はイースターが近づくや否やおびえた表情で左右に割れて、誰もがその背中を青い視線で見送った。


 いまさらだけど、イースターもけっこうな美少女だった。

 けれど、言動と表情のすべてが台無しにしていて、少しも惹かれなかった。


 ――これが世に言う残念美少女か。


「なんと言うか、強烈な人であったな……」


 未だに自身の胸を抱きかかえながら感想を口にするノエルは、まだちょっと顔が赤かった。


「マジでなんだったんだ?」

「まぁ、イースターだから……」


 俺やノエルと違い、ハロウィーは呆れを通り越し、諦めの境地に達していた。


「知っているのか?」

「同じ平民科だからね。腕は確かなんだけどいつもやることなすことが突拍子もなくて、実戦訓練はいつも余った人たちと組んでいるみたい……」


 ――なにそのボッチの体育授業!?


 前世を思い出して、俺はちょっと親近感がわいてしまった。


「でもラビ、将来は商人になるの? 冒険者と掛け持ち?」


 ハロウィーが小首をかしげながら尋ねてくるので、俺は自分のあごに手を添えて少し考えた。


「そうだなぁ、まだ俺の商売がうまくいくかわからないから悩むけど、可能性を模索する必要はあるかな。とりあえず、来週の救世祭で露店でも出してみるよ」


「ふむ、個人出店による参加だな」


「ああ。でも何を売ればいいかわからないし、放課後ちょっと俺の部屋に集まってくれるか?」


「うん♪」

「もちろんだ」


『よんごーのひだりてがしっこくにもえる。やつをめっさつせよととどろきさけぶ。まおう・えんさつ・あんこくりゅうはぁーっす』

『やられたのですー』


 幻影機能で拳に黒炎をまとわせたヨンゴーがゴゴーをぽこんと殴って、ゴゴーはころりと転がった。

 しばらくの間、ヨンゴーの中で暗黒ブームが終わりそうになかった。

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