運命の出会い?
昼休み。
俺はいつものように貴族科校舎と平民科校舎の間の連絡棟にあるカフェで昼食のサンドイッチを食べていた。
テーブルを挟んだ反対側には、二人の美少女が座っている。
膝にサンゴーを乗せて愛で可愛がっているのは、紫陽花色のショートヘアの似合う、大きなタレ目が愛らしいハロウィーだ。
平民科でもトップクラスの狙撃手で、その弓の精度はプロのスナイパーも舌を巻くほどだろう。
実家は農家と畜産を営んでおり、将来は親に楽をさせてあげたいといういい子の中のいい子だ。
「ていうわけで、先生から救世杯に出るように言われちまったよ」
「ラビも?」
「も、てことはハロウィーもか?」
「うん。うちの教室でも先生が名誉挽回汚名返上のためにってね。わたしはテロさんたちを倒した側だから関係ないと思うんだけど」
テロにさん付けをするセンスを可愛いと思いながら、サンゴーの頭をテーブル代わりにサンドイッチを食べるところに畜産家ゆえの合理性を感じた。
――まぁ、イチゴーたちって頭をイスにさせるし今更か。
「学園側も火消しに躍起なんだろうな。そりゃ、学園内で生徒が生徒にテロ行為なんて前代未聞だから当然だけどさ」
「ラビの言うとおりだ」
同調してくれたのは、絶世の美貌を持つ金髪碧眼の美少女だった。
モデルのようにスラリと手足が長く、剣の腕は一流であるにもかかわらず、無骨さを微塵も感じさせないしなやかな手で、膝のニゴーをなで回している。
――お前らゴーレム好きすぎるだろう。
『ノエルどの。わがあたまをテーブルにしてもかまわぬのだが?』
「いや、それは遠慮しよう」
すぱっと断るノエル。
以前、頭に座って運んでもらっていたのに、何の差だろうか?
ちなみに、ヨンゴーとゴゴーは床でもちもちコロコロと踊りながら遊んでいる。
『たつまきせんぷーきゃくっす』
明らかに足が届いていない。
『すぴにんぐばーどきっくなのです』
確実に足が足りていない。
「先日の一件は、貴族科でもかなり問題になっている」
膝の上でニゴーのまんまるボディをもてあそんでいるとは思えない緊迫した面持ちで、ノエルは語り始めた。
「多くの一年生は平民科の生徒を憎みながらも、己のプライドを守るため、敵の懐に潜り込もうとわざと捕まったと虚勢を張っている。中には、かたくなに自分は大人のテロリストに捕まったから平民科の生徒には襲われていないと言い張る生徒も少なくない」
「本音と建前のギャップか。ぶつけられない怒りは怖いな」
紅茶で口の中のサンドイッチを飲み込んでから、俺は溜息を吐いた。
「ああ。それに上級生からは平民如きに負けるとは情けないと叱責を受けている。そのこともあり、誰もが自分に暴行を加えたのは大人のテロリスト達だと主張している」
「それだと、ますます平民科の生徒を責めるわけにはいかないな」
怒りのはけ口を求めて、差別意識が強くならないか不安を抱える。
一方で、周囲からはご機嫌な声が聞こえてくる。
「おい、あれラビだろ? テロを鎮圧したっていう」
「今日の学園新聞、ラビ特集見たけどすげぇよな」
「コマンダーメイルとドレイザンコウと二年の強豪生徒ダストンを倒すだけでも凄いのに、テロリストを鎮圧って半端じゃねえよ」
「ていうか貴族科の生徒たち総出で勝てなかったテロリストを一網打尽って、ようするにラビ一人で貴族科の生徒全員より強いってことだろ?」
「洗脳されたクラウスもラビに負けたんだろ?」
「いるんだよなぁ、ああいう天才って」
「元貴族とか関係ないよね」
「うん、ラビ君だから強いんだよ」
「あれだけの逸材を追放するとか貴族社会バカじゃないの?」
――解釈が盛られているな。
別に俺一人でテロを鎮圧したわけではないし、まして全滅もさせていない。
クラウスとの戦いは、むしろ負けたぐらいだ。
だけど、みんな物語のような英雄譚に酔いしれ、ずいぶんと都合のいい解釈をしているようだった。
新聞記事に転がされ過ぎだろう。
平民科の新聞部を、ちょっと恨んだ。
――どこの誰だか知らないけど好き勝手なこと書き立てやがって。
「オレ、今からでもチーム入り狙っちゃおうかな」
「おいずるいぞオレだって。ラビがSランク冒険者になる前に席を確保しておかないと」
「今なら実質創立メンバー扱いだよな」
「そうしたらなし崩し的にアタシも偉人伝に載っちゃう?」
なんだか酷く黒い企みが聞こえる。
耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。
「ラビのチームに足りないのってなんだ? 壁役か?」
「ラビ君も男の子だし既成事実さえ作れば」
「アンタねぇ、ラビ君は金髪碧眼爆乳美少女のノエルと巨乳美少女のハロウィーと一緒なのよ」
「そっち方面は無理ね」
「むしろ毎日二人の相手をしてラビってよく干からびないわね」
酷すぎる風評被害が聞こえてくる。
奴らの口を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。
「悪い二人とも、俺のせいで、ちょっと文句を言ってくるよ……て、なんでお前らはにかんでいるんだ」
「ふゃっ!? なにゃんでもないよ!」
「うむ! 私の心は不動だ!」
サンゴーとニゴーをぐにゅっと胸に埋没させながら、二人はそろって前のめりになった。
そしてイチゴーが丸い手で俺の腕をエンドレスにぽこぽこと叩いてくる。
――やめろ、痛いじゃないか。
イチゴーの両腕を握って持ち上げると、イチゴーは両足をパタパタし始めた。
『わーい、ぶらんこー』
「お前は何をしたいんだよ?」
妙なざわめきが耳朶に触れたのは、俺がイチゴーを膝の上に乗せて、イチゴーが俺のお腹に甘え始めた時だった。
「ふっふっふっ、学園新聞の様子を見に来てみれば、まさかこのような邂逅を果たすとは」
俺らを遠巻きに眺める人ごみの中、彼女は現れた。
ハロウィーと同じ平民科の制服。
やや長めのボブカットに切りそろえた亜麻色の髪。
身長は平均よりも少し高め。
長い脚は揺るがぬ自負心を象徴するように迷いなく地面を踏みしめ、肩で風を切るどころかバストで風を切るように胸を張りながら、けれど眼鏡をかけた顔はわずかに伏せながら、ミステリアスに表情を隠す。
周囲の視線を集める彼女は俺の前に立つと、両手を左右に広げ、勢いよく一回転した。
「ぅわが名はイースター!」
眼鏡がぶっ飛んだ。放物線を描きながら。
イースターは俺にお尻を向けて眼鏡を追いかけた。
「ぅぁああああ! あたしの眼鏡ぇ~!」
「……………………………………………………………………………………え?」
俺は助けるを求めるようにノエルとハロウィーに視線を送るも、二人はシンクロ率四〇〇パーセントの動きで首を左右に振った。二倍速で。