専門用語ってほぼ呪文だよね
『やってみるー』
丸くて短い両手をぴょこんと上げたかと思うと、イチゴーは途端に黙り込んだ。
元から表情はないけれど、まるで機能を停止したように静かで手足をぷらんと下に垂らしたまま動かない。
すると、学園長が姉さんと呼ぶゴーレムの液晶画面、その右上に赤い光点が表示された。
「姉さん!」
厳格な表情を崩し、学園長は取り乱しながら一歩進んだ。
赤い光点はチカチカと点滅を繰り返し、電波のようなマークが映る。
すると、不意にイチゴーの頭上にウィンドウが表示された。
『久しぶりだねアーちゃん。今まで私を守ってくれてありがとう』
アーちゃん。学園長、アレクタニア・ヒルデガルドのことだろう。
「ッッ……」
学園長はそのメッセージウィンドウへ縋り付くように迫り、それから姉と交互に見比べた。
「生きて、いるのか?」
『うん。もう体は動かせないけど、意識はずっとあったよ。だから知っているよ。アーちゃんがずっと、ずっとずっと、お姉ちゃんのことを守ってくれたこと、直そうとしてくれていたこと。本当は生きているよって教えてあげたかったんだけど、通信規格の合う子が近くにいなかったから。王都の巨神兵も壊れちゃっているし』
学園長は目に涙を浮かべながら、震える手でイチゴーに触れた。
「ごめんね、寂しい思いをさせちゃって。だけど、私はずっとアーちゃんと一緒にいたんだよ』
瞼を下ろし、顔を左右に小さく振りながら、学園長はわずかに顔を伏せた。
「いや、いいんだ。あやまらなくて……姉さんさえ生きてくれていたなら、私はそれで……」
学園長。大戦の英雄。年齢不詳の美女。
彼女を形作るいかつい肩書を知りながら、だけど俺には彼女がただの幼い少女にしか見えなかった。
長年追い求め続けた姉妹の再会に、思わず目頭が熱を帯びた。
『ふふ、アーちゃんてば大人になっても甘えんぼさんだね。でもお姉ちゃん的には嬉しいかな。CPUに負荷がかかるから頻繁には無理だけど、イチゴーちゃんがいればこうしてお話はできるし、これからは時々でもお話しようね』
「しーぴーゆー?」
この世界に存在しない単語に、学園長は困惑した。
けれど、すぐにそんなことはどうでもいいと涙ぐみながら頷いた。
「はは、そのよくわからない姉さん語、なつかしい。ああ、そうだな……話そう、たくさん」
姉という存在を噛みしめるように、学園長は深く返事をした。
――家族の愛に、年齢なんて関係ないんだな。
マザコンとかファザコンとか、親離れとか子離れとか、独り立ちとか子供部屋おじさんとか、とにかく現代日本では家族から離れることが大人の条件とされることが多い。
けれど、年齢なんて関係ない。
自分を育ててくれた人、母であり、姉であり、師匠である大切な人を想い甘えたいという感情に、年齢なんて関係ないんだ。
そう、感じてしまう。
『それと、ラビちゃんもありがとう。君がイチゴーちゃんを連れてきてくれたおかげでアーちゃんんとお話できたよ』
「いえ、そんな」
ゴーレムとはいえ二〇〇〇歳の先輩に、つい敬語になってしまう。
『お礼に、お姉ちゃんのパスワードマネージャと同期させてあげる』
「パスワードって、なんのですか?」
『それはわからないわ。経年劣化のせいでね、昔のデータはほとんどアクセスできないの。でも、私と通信規格が合うなら、私が完全に機能停止する前にデータ移行をさせてほしいの』
「姉さん、そんな悲しいことを言わないでくれ」
悲壮感漂う剣幕で、学園長は姉のほうへ向き直った。
『ごめんなさいアーちゃん。でも、形あるものはいつか壊れる。それは私たちエルダーゴーレムも同じ。私だって永遠ではないの』
――くそっ。
あまりに短い再会に、俺は悔しくて歯噛みした。
せっかく出会えたのに、また言葉を交わすことができたのに。
俺が自分の無力と世界の残酷さを痛感していると、彼女は言った。
『お姉ちゃんも、あと三〇〇年くらいしたら機能停止してしまうわ』
――長ッ!?
「そんなに短いのか! くっ、私にエルダーゴーレムを直す術があれば!」
エルフの血を引く学園長は涙した。
『みじかいねー。かわいそー』
イチゴーも共感していた。
――なんだろう。みんなとの距離を感じる……。
俺はちょっぴり寂しくなった。
「あの、修理ってできるんですか?」
『難しいと思うよ。ストレージのデータが傷ついているしメモリもCPUも劣化してほとんど機能していないの。COREだってもう一つしか機能していないし。グラフィットボードはぼぼ全滅よ』
「データってどのくらいありますか?」
『ストレージ全部だと10ペタバイトかな』
『テラじゃなくてペタですか。ルータ無いし、テザリングしてWi-Fiを使って、それでも何日もかかるな。6G通信とかできます?』
『私たちエルダーゴーレムは7G通信だけど、イチゴーちゃんは5Gまでしか対応していないから無理ね』
「え、イチゴー、お前5Gだったのか?」
『そうだよー、すごいのー、こうせいのうなのー』
『ダイヤモンド半導体があれば6Gを使えるわよ』
「ダイヤなら俺の3Dプリンタスキルで作れますよ?」
『ただのダイヤモンドじゃダメ。高位精霊の魔力を含んだ特殊なイオンをまとった魔導金剛石じゃないと』
「流石に一筋縄じゃいかないんですね」
「……おいラビ」
「なんですか?」
不意に声をかけられて首を回すと、学園長がらしくもなくきょとんと瞬きをしていた。
「貴君は姉さんの言っている言葉の意味がわかるのか? 聞きなれない単語ばかり口にしているが、今のはゴーレム製造の専門用語か?」