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エルフとエルダーゴーレム

 学園長の執務室。

 その衣装ダンスに収められていたのは、まるで妖精のように美しい、少し背の高い美少女だった。


 けれどカチューシャに見えるヘッドセットに、首元の液晶ディスプレイは、この世界には無いものだ。


 ――ゴーレム。


 それも、人間と見間違うほどに精巧な美少女型ロボットだった。


 ――いや、この長い耳はもしかして……。


「ラビ」


 学園長に名前を呼ばれて、俺はハッと顔を上げた。


「ゴーレム使いとして、興味はあるのだろうが、私の話を聞いてもらってもいいだろうか?」


「す、すいません。あまりに見事なハイゴーレムだったので」

「ハイゴーレム? それは違うな」

「え? でも……」


 彼女の額には、ハイゴーレムの証であるオーブがはまっている。


 けれど、顔を寄せて覗き込むと、俺は息を呑んだ。


 前髪に隠れてあと二つ、オーブがはまっている。その中には……。


「この三角系は、三芒星の紋章……まさか……」


 信じられない思いで俺が首を回すと、学園長はゆっくりと首肯した。


「貴君の察したとおりだ。光点を宿した一つのオーブはハイゴーレムの証、だが、三芒星を宿した三つのオーブは、エルダーゴーレムの証だ」

「ッッ!?」


 エルダーゴーレム。

 それはハイゴーレムのさらに上、世界でも数える程度しか存在しない、ゴーレム系スキルの頂点を極めた達人だけが使える至高の存在だ。


 その性能は絶大無比であり、エルダーゴーレムの保有数は、そのまま国力に直結するとさえ言われている。


 厳密には、神話にのみその存在を確認できるアークゴーレムというのがあるものの、現在では稼働しているものが存在しない。


 そのため、現代ではエルダーゴーレムが究極型と言われている。

 仮にも名門ゴーレム使いの家系、シュタイン伯爵家に属する俺でも、見るのは初めてだ。


「これはスキルゴーレムですか? それとも人工ゴーレム?」


 ゴーレムには、イチゴーのようにスキルで召喚したものとは別に、ゴーレム生成呪文で人工的に作り出したものがある。


 街中で単純作業に従事しているゴーレムや、父さんが王家に納品しているゴーレムがソレだ。


「彼女はスキルゴーレムだ。製作者は既に死んでいるがな」


「ですよね。人工的にエルダーゴーレムを作れたら世界中大パニックです。だけど国宝級のシロモノじゃないですか。どうしてこんなものがここに? 学園の秘宝ですか?」


「いや、私のゴーレム、ということになっている」


 厳格な表情を少し緩め、学園長は昔話をするようにやわらかく口を開いた。


「幼い頃、エルフの集落で会ってな。それ以来、姉さんはずっと私と一緒にいてくれた」


 ――やっぱり、この長い耳はエルフ型だったか。


 エルフ。


 それは無限とも言われる寿命と人間を超越した魔力を持つヒト種のことだ。

 外界とは隔絶された世界樹の森に暮らすため、その存在は現実よりも伝説に近い。


「なつかしいな……」


 家族の情を思わせる優しい眼差しをゴーレムに注ぎながら、学園長は続ける。


「貴君には教えておこう。私は先祖の一人がエルフでな。おかげで今でもピチピチのヤングだ」


 場を和ませるように古い言い回しの後に、視線を俺に向けて、自らの目を指でさした。


「耳はとがっていないが、エルフ特有の天眼は少しある。私の瞳は大雑把だが魔力を見分けられる。おかげで先の大戦では敵大将の居場所がすぐに分かったよ」


 生徒たちの間では、学園長が大戦の英雄だという噂が支配的である。

 どうやら、本当のことだったらしい。

 ただし。


「え、前の戦争があったのって、学園長いくつですか?」

「女に年を聞くなよ少年」


 言葉はたしなめるようでありながら、若々しい外見を自慢するようにして、学園長は不敵な笑みを浮かべた。


「それでどうなのだ? 貴君のゴーレムは、姉さんと話せないか?」


 そう言われて俺の脳裏に浮かんだのは、イチゴーが教会の女神像と何かを通信した可能性だった。


 イチゴーと女神像が黙って見つめ合った後、確かに女神像のバイザーに、赤い光点が表示された。


 まるで、通信中を示すように。


「やってはみますが、何故、それを俺に?」


「先ほども言ったが、貴君の兄であるフェルゼンから聞いたのだ。貴君のイチゴーたちは自分で考え動いていると。姉さんと同じ魂を持ったゴーレム。ならば、機能を停止した姉さんとの通信が可能ではないかとな」


 痛みに耐えるように頬を固くしながら、学園長はゴーレムに一歩歩み寄った。


「姉さんは私を育て、鍛えてくれた。感謝してもしきれない。だが二〇〇〇年の経年劣化に加え、大戦でのダメージが元で沈黙してしまった。あらゆる一流のゴーレム使いに見せたが治療の足掛かりすらつかめなかったよ……」


「二〇〇〇年、もしかしてこのゴーレムって……」

「うむ。姉さんの製作者は女神様だ」


 驚きすぎて言葉を失った。

 つまり、洪水被害に遭った王都郊外の町のゴーレムと同じ、女神の遺産らしい。


 同時に、他のゴーレム使いに直せないのも当然だと納得した。


 世界に数人しかいないエルダーゴーレム使いも、全員神から授かったスキルで召喚しているに過ぎない。


 その構造は未知のブラックボックスだ。


 いや、もしもエルダーゴーレムの正体が令和日本でも再現不能の科学ロボットなら、中世から近世程度の科学文明しか持たないこの世界の人間が理解することは不可能だろう。


「わかりました。試してみます。イチゴー」


 ストレージからイチゴーを出すと、俺は丸い体に両腕を回し、胸の高さに抱き上げた。


「この子と通信できないか?」

『やってみるー』


 丸くて短い両手をぴょこんと上げたかと思うと、イチゴーは途端に黙り込んだ。



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