ラスボス
「セドリックゥウウウウウ!」
ノエルのサーベルが、セドリックのロングソードと打ち合った。
速い。
流石はノエル、電光石火の斬撃を矢継ぎ早に浴びせ、なおも加速していく。
けれどこれが先読みスキルの力なのか、セドリックは剣で防ぎながらも、全て避けている。
戦いの経験値、年季の違いを見せつけられている気分だ。
「これはすげぇな。単純な剣術なら、クラウスより上なんじゃねぇか? だけど、それでもオレには届かねぇよ!」
セドリックが剣を振り上げた。
ノエルが大きく後ろに跳んだ。
そして、愛剣を投げつける。
「あん?」
騎士が自らの分身である剣を投げつける。
その不可解な行動に、セドリックの動きが止まる。
その隙を待っていたかのように、紅蓮の閃きが飛来した。
柱の陰でずっと機会を窺っていたスナイパー、ハロウィーの一撃である。
セドリックが地面に転がり、矢はダンジョンの壁を穿った。
「お前の能力は相手の一瞬先の行動を読むこと。だけど、死角のハロウィーの行動は読めなかっただろ」
これで俺たちの勝ちだと言おうとした直前、セドリックが飛び起きた。
鋭い突きがノエルのみぞおちを打ち据え、彼女は苦悶の声を漏らした。
「ぐっ……」
「おっ、この程度じゃ貫けないんだな。頑丈頑丈。いい装備だ。そのピチピチタイトアーマーを革命軍全員に配ったらいい戦力アップになりそうだ」
「そんな! いまたしかに!」
「当たったはずなのに、か? 当たってねぇよ、おチビさん。寸前でわざと転んで避けたんだ」
セドリックがローブを広げると、そこには矢がかすめた軌跡を描くように、真一文字に黒く焦げたラインが刻まれていた。
俺らが言葉を失うと、セドリックは意気揚々と演説を始めた。
「騎士に投げ剣をさせて隙を作ったところに必殺の一射。狙いはいい。タイミングもいい。だけど、それでも届かない。これが力と経験の差だ。先読みスキルを持つオレ様対策には狙撃が一番だもんなぁ。みんなみんなみぃんな同じ事を考えるよなぁ! 馬鹿の一つ覚えみたいによぉ! そりゃ奇抜な事されたら狙撃が来るって馬鹿でもわかるよなぁ! ガキの浅知恵なんだよどれもこれも!」
バシャリという水音がセドリックの言葉をかき消し、水音は滝のようにダンジョンに響いた。
その正体は、ハイゴーレムになってストレージスキルを追加したイチゴーが、天井から生やした赤いポリゴンから取り出した泥水だ。
町の復興時に回収し、そのままストレージに入れっぱなしにしていたけれど、こんな形で役に立つとは思わなかった。
——円錐の障害物で意識を天井から遠ざけつつ、影のできないダンジョンなら頭上の脅威には気づけない。泥を被せるタイミングはイチゴーに任せた。俺の意思がないから先読みでも察知不能。自分で考えて動いてくれる、AIならではの作戦だ。
当然、こんなものでセドリックにダメージなんて与えられるわけがない。
だけど、視界が遮られれば十分だった。
水とは違い泥水はセドリックの眼を塞ぎ、聴覚頼みの時間を作る。
その間に、サンゴーとヨンゴーがニゴーを投げ飛ばし、遠距離から音もなく迫った。
セドリックは、まるで反応できていない。
——どれだけ経験豊富だろうと、遠くから赤ちゃんサイズの敵が襲いかかってくる経験はないだろ!?
ニゴーの拳が、人体の急所であるこめかみを正確に撃ち抜いた。
セドリックの体が大きく傾き……踏みとどまった。
「二段構えの作戦、ご苦労だったな」
大きな手がニゴーの腕をつかみ、大ぶりな剣がニゴーの肩に叩き込まれた。
「ニゴー!」
肩に深い亀裂が入って、ニゴーの腕が動かなくなる。
ぬいぐるみのようにニゴーを吊り上げたまま、セドリックは語った。
「死角からの攻撃パート2。いいぞいいぞ。お前らはそこらの策士よりも一歩先を進んでいる。一度看破された作戦をあえてもう一度使う。単純で、そして大胆な作戦だ。おじさんそういうの好きだぞぉ」
上機嫌なセドリックをよそに、俺はつま先から徐々に体が冷たくなっていくのを感じた。
全ての作戦が失敗したこと、俺らの力が通じない現実が侵食するように、全身から体温と力が抜けていくようだった。
――いや、違う。まだ諦めるな。きっとまだ何かある。
俺が自らを奮い立たせる間に、セドリックは小気味よく口笛を吹いた。
「これを一瞬で考えるなんてラビ、やっぱお前は優秀だ。オレの部下になれ! そして一緒に平民中心の世界を作ろうぜぇ! た、だ、し……」
泥まみれの指を伸ばし、まっすぐノエルを指した。
「その金髪女を殺せ。それが忠誠の証だ」
「断る! ノエルを傷つけるくらいなら、俺はお前に死ぬまで抗ってやる!」
「そりゃ残念。じゃあテメェも死ねよ。救世主候補はよそで探す」
セドリックがニゴーを投げ捨てると、泥水を踏みしめる足音が近づいてきた。
「僕にやらせてください」
パシャパシャと泥の中を進むクラウスの顔は冷たく、声は漂白されたように無機質だった。