脱出
「おい、見張りは順調か?」
「おう、問題ないぜ」
「そろそろ全員捕まったんじゃないか?」
「ああ。ダンジョンの奥に逃げた生徒が何人かいるけど、じり貧だろうな」
「オレらに捕まるか、魔狼のダンジョンに喰われるか。どっちみち死ぬけどな」
その言葉に、俺はふと顔を上げた。
四人の男たちの向こう側、安全エリア入口の上に刻印された、フェンリルのレリーフ。
最下層にフェンリルが棲む、魔狼のダンジョン。
そこで、俺は天啓を得た。
まず、ストレージから俺の背後にイチゴーたちを出すと、すぐに刃物で縄を切ってもらった。
「行け、みんな!」
短い足で鋭く飛び出した五人のロケット頭突きが炸裂。
四人のみぞおちに岩よりも硬いイチゴーたちの頭が深く、抉るように食い込み、四人の口から空気が絞り出された。
四人の男たちはなすすべなく背後に吹っ飛び、体をくの字に曲げて昏倒した。
約一名、股間を押さえて白目を剥いている男がいた。
『つうこんのいちげきっす!』
ヨンゴーがポーズをキメていた。
——四人に対して五人で頭突きしたから余ったんだな……。
俺は四人目の男に一秒だけ黙とうを捧げた。
「よし、じゃあみんな、俺の声を録音するんだ」
俺はみんなにとある台詞を言ってから、作戦を伝えた。
「じゃあ後は頼んだぞ」
『まかせてー』
『ぎょい』
『まかせるのだー』
『がんばるっす』
『おまかせなのです』
五人が外に出ると、俺はストレージからバグとドローンを取り出して、天井付近に飛ばした。
外から男たちの声が聞こえる。
「おい、何か飛んでいるぞ」
「なんだこれは、魔獣の一種か?」
「この、逃げるな!」
これで、敵の意識は上に向く。その隙に、小さなイチゴーたちは足元を走り抜け、下り階段へ向かっているはずだ。
しばらくすると、外で騒ぎが起こった。
「フェンリルだ! フェンリルが出たぞ! ダンジョンボスだ!」
「はぁああ!? ダンジョンボスが上まで来るって、スタンピードってやつか!?」
「わからねぇけどでも実際来ているんだよ!」
大人や平民科生徒たちの悲鳴に交じり、さっき録音した俺の声が聞こえてくる。
「逃げろぉ! スタンピードだぁ! フェンリルが上がって来たぞぉ! 作戦は中止だぁ!」
目の前の廊下を、平民科の生徒とローブ姿の大人たちが息せき切って死に物狂いで走っていく。
そのすぐ後に、俺が前世、ゲームで見たような巨大狼が駆けていく。
その背後を、ヨンゴーが追いかける。
というよりも、これはヨンゴーが映している立体映像だ。
他のイチゴーたちからは、さっき録音した俺の台詞が大ボリュームで再生され続けて、敵の不安を煽っている。
革命軍とは言っても、所詮は正当な軍事訓練なんて受けていない素人集団。
こうしたトラブルには脆いものだ。
案の定、外に出ると見張りはいない。
大切な人質をあっさりと放棄する辺りが、いかにも烏合の衆といったところか。
町の復興用に作ったロクゴーからジュウゴーまでの五人をストレージから取り出した。
「五人はここでみんなを守っていてくれ」
五人はラジャーとばかりに右手をおでこに当てた。
「よし、待っててくれノエル、ハロウィー」
俺はイチゴーたちを呼び戻しながら、マップを頼りにもう一つの安全エリアへ駆けた。
◆
「ノエル! ハロウィー!」
俺が安全エリアに飛び込むと、こちらにも見張りはいなかった。
そこには、後ろ手に縛られるノエルの縄に噛みつくハロウィーの姿があった。
「ラビ!」
「良かった。助けに来てくれたんだ!」
「ああ。けどハロウィー、何をしていたんだ?」
「え? ノエルの縄を噛み千切ろうとしていたんだよ?」
何か変? とばかりに尋ね返してくるハロウィーに、俺はちょっと言葉に詰まった。
——相変わらずたくましいな。
ちなみに、縄はちょっと切れていた。
「イチゴー」
俺の指示で、イチゴーがストレージからナイフを取り出し、二人の縄を切った。
「それからこれ、ポーションと途中で拾った二人の武器だ」
生徒たちから奪った武器は、一か所に集められていた。
おかげで、すぐに回収できた。
「ありがとうラビ」
「感謝する。それと、外の騒ぎは貴君が起こしたのか?」
「あぁ、ヨンゴーの立体映像スキルでな。すぐ外に出るぞ」
今度はジュウイチゴーからジュウゴゴーまでの五人をその場に残して、俺は二人と一緒に外を目指した。
学園に逃げ込めば、先生たちがいる。
他の生徒たちはゴーレムたちが守っている。
人質を失い学園の敷地内で逃げ道を失い、先生たちに壊滅される革命軍の末路を想像しながら、俺は走り続けた。
すると、地上一階へ続く上り階段より手前の、広いホールに出た。
天井は高く、広さは体育館程で、何本もの石柱が天井を支えている。
そこに、クラウスと壮年の男が立っていた。
男はローブ姿だけれど、顔に刻まれた傷跡や、ローブから覗く太い手足から、歴戦の猛者であることを感じさせる。
ベテランの上級冒険者。
そんな風体だ。
「やっぱり、この騒ぎは君の仕業だったんだね、ラビ」
辛そうな、それでいて、覚悟を決めた表情のクラウスが、父親の形見であるロングソードを抜いた。
隣に立つ壮年の男は、この作戦の首謀者だろう。
「悪いけどラビ、ここは通さないよ。君を無力化して、計画を立て直すんだ」
クラウスが剣を構えると、俺は冷や汗を流した。
クラウスは強い。
スペックだけなら互角以上のイチゴーたちを同時に五人も相手取り、経験と技術、そして作戦だけで柔軟に対応し、無力化してしまった。
まともに戦っても、勝てる見込みは万に一つもない。
だけど俺は、最初からクラウスと戦うつもりなんてなかった。
「聞いてくれクラウス。お前は騙されているんだ! そいつらに、平民を救う気なんてない!」