彼の想い
「何が狙いだ? お前、革命軍に入ったのか?」
「いや、違うんだよ」
寂しげな表情で俺を見下ろしたまま、クラウスは言った。
「僕は元から革命軍だったんだ」
「!?」
なら、最初に出会った時も、一緒にダンジョンに潜った時も、あの頃から、ずっとクラウスは犯罪組織に加担していたのか。
その事実に少なからず衝撃を受けていると、クラウスは話を続けた。
「僕が革命軍に入ったのは、この学園に入学した頃さ。いつか王族を打ち倒し、このくだらない身分制度を崩壊させる。その為の力を、僕はこの学園で磨き続けていたんだ。気が付けば、学年首席だったよ」
「それで、俺らを監禁してどうする気だ? 貴族科の生徒を殺して貴族への嫌がらせか? そんなことで身分制度が変わるわけがないだろ?」
説得と嫌味を込めて、強気に言ってやる。
「それとも、平民を救いたいなんてのは嘘で、本当はただ支配層に腹いせをしたいだけなのか?」
「いや、僕らは君らを人質に、国王に退位を求める」
「なんだって?」
「貴族の子供一〇〇人の命と引き換えに退位と、そして二度と調印ができないよう右手の親指を切り落としてもらう」
子供じみた計画に一瞬唖然としてから、俺は嘲笑した。
「馬鹿じゃないのか? 当主ならともかくその子供、しかもたったの一〇〇人だ。そんなことで国王が退位して、まして指を切り落とすなんてするわけがないだろう。それに調印ができないようにって、サインができなくてもハンコ、王印を押せば公務はできる。企画倒れだな。こんな阿呆な計画に何人の平民生徒を抱き込んだんだ?」
「今日、授業に参加する生徒の半分だよ。みんな、王政を倒す為だと言えば喜んで協力してくれたよ。何人か尻込みする子もいたけれど、計画を見過ごす、という形で協力を取り付けた」
無感動に、クラウスは淡々と説明する。
一方で、俺は動揺を隠す為に、吐き捨てるように言った。
「こんなずさんな計画に騙されて可哀そうに。こんな、絶対に失敗する作戦に乗るなんてな」
クラウスに計画を断念させるために、語気を強めた。
「いいか、仮に王が退位しても、実権は王様が握ったまま王子が玉座に座ればそれで済む。何も変わらない。お前らの計画は成功しようがないし、しても意味がないんだ」
「それが目的だよ」
「…………え?」
意味がわからなくて、俺は言葉を失った。
「待てよクラウス。だって、お前の目的は平民中心の世界を作ることなんだろ? その為の一歩として、王様に退位を促すんじゃないのか?」
けれど、クラウスは静かに頭を振った。
「いや、君の言った通り、国王が退位してもこの国は変わらないよ。王子が玉座に座って、実権は国王が握る。それだけさ」
「じゃあ、なんのために?」
嫌な予感から目を逸らし、クラウスの真意を探ろうと疑問を投げかけた。
「国王には、保身に走って貴族の子供たちを見捨てて欲しいんだ」
「ッッ!?」
クラウスの真意に気付いてしまった俺は、嘘であってくれと頭の中で否定した。
それでも、クラウスはまるで子供におとぎ話を聞かせるような優しい口調で話を続けた。
「貴族の子供たちが人質とはいえ、国王が退位と指を捨てるわけがない。国王は僕らの要求を断り、貴族の子供たちは殺される。革命は失敗する。だけど、上級貴族を含む一〇〇の貴族家系が王室への不信感を高める。貴族の中で反王派と支持派に分かれ、貴族同士、貴族と王族の間に紛争が起きるだろう。そうなれば、彼らは以前ほどの力を維持できなくなる」
「ッ~~……」
——やっぱり、そうだったのか。
クラウスが貴族を良く思っていないのは知っている。
嫌いなのかもしれない、恨んでいるのかもしれないとは思っていた。
だけどノエルと一緒にドレイザンコウを倒して、町を復興させる姿を見て、平民を救いたいのであって貴族を滅ぼしたいわけではないのだと感じていた。
だからまさかこんな、自分の目的のために貴族の子供を殺すことを前提とした作戦に加担するとは思わなかった。
あまりにも辛すぎる現実を呑み込めず、後ろ手に縛られた手を握りしめ、俺は胃液を絞り出すように尋ねた。
「どうしてだクラウス? どうして、そこまで貴族を恨むんだ? ここにいる貴族科の生徒たちが、お前に何かしたのか?」
何の接点もないのに、ただ貴族の子供である、それだけで殺す程の憎しみ。
一体何が彼をそこまで衝き動かすのか、聞かずにはいられなかった。
「……両親を殺されたんだ」
顔に暗い影を落として、クラウスは涙をこらえるような表情で告白した。
「僕の家は比較的裕福でね、剣道場にも通わせてもらえた。父さんと母さんは誰にでも優しくて、町のみんなから好かれていた。だけど領主が、爵位を上げるための上納金欲しさに、僕らに追加徴税をかけたんだ」
――重税による領地評価の水増しか。
土地を持つ貴族の爵位は、領地の評価で決まる。
例えば、ノエルの実家のエスパーダ家が領地改革で税収を大幅に増やしたら、俺の実家と同じ伯爵家に格上げもありうる。
ただし、領地改革は簡単じゃない。
失敗して税収が下がれば、格上げどころか格下げもあり得る。
だから一部の悪徳領主が行うのが、税率を引き上げることによる増収だ。
とはいえ、領民による反乱の可能性もあるし、領民が飢えて死ねば将来的に税収は減る。
父さんは、『目先のことしか考えない愚か者の悪手だ』と口にしていた。
しかし、クラウスのところの領主は目先のことしか考えられないタイプだったのだろう。
「父さんは領主に減税を訴えて見せしめに殺された。母さんは王都の裁判所に被害を訴えたら遺体になって帰って来た。領主はお咎めなしで爵位は上がり、この世の春を謳歌しているよ」
——クラウス……。
そこに、平民科最強のスター生徒の姿はなかった。
幼くして両親を奪われ、それでもなお耐え続けながら青年になってしまった、泡沫のように脆いはかなげな被害者しかいなかった。
いっそ声を上げて泣いてしまえばいいものを、なおクラウスは涙をこらえながら努めて穏やかに語った。