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真の実力

「クラウス!」


 剣を構えたまま、長い足で階段を蹴り、クラウスは上に逃げた。

 俺はすかさず階段を上り、後を追った。


 すると、クラウスは階段を上がった地下四階の広い通路で待ち構えていた。


 説得の言葉を探した俺は、だけどクラウスの真剣な眼差しに断念した。


 目で悟ってしまった。


 空き教室で彼が語ってくれた理想、想いの丈、夢の重み。

 クラウスの言う通り、俺が親友であったとしても、説得になんて応じないだろう。


 親友程度の言葉如きで捻じ曲げる程、クラウスの信念は安くない。

 どんな犠牲を払っても、誰からどう思われようと世界を救う。

 いつも冷静な顔の奥に、その熱い魂の衝動を感じずにはいられなかった。


「イチゴー! 頼む!」


 小さな五人の影が、一斉にクラウスに襲い掛かった。


 ドレイザンコウの素材を配合して、そしてハイゴーレムになったイチゴーたちのスペックは飛躍的に上がっている。


 クラウスは強い。

 だけど、スペックだけならイチゴーはとっくにクラウス以上のはずだ。


「甘いね。僕が君のゴーレムをどれだけ観察したと思っているんだい?」


 五人の攻撃を避け、踊るように滑らかなモーションで立ち回りながら、クラウスは剣を振るった。


「ラビ、君のゴーレムは強い。けれど致命的な弱点がある」


 クラウスはサンゴーを蹴り上げると、真下から斬撃を叩き込んだ。


「足が短すぎて、真下からの攻撃に対応できない」


 続く斬撃からつむじ風が巻き起こり、ヨンゴーは天井まで無抵抗に吹き飛ばされた。


「体重が軽すぎる」


 天井のヨンゴーに剣尖を突き刺してから、クラウスは真下に水の斬撃を放った。

 ニゴーは水流に流され、壁にぶつかり跳ねあがった。


「泳げない」


 クラウスの斬撃と壁に挟まれたニゴーは、威力を後ろに逃がせず、剣身が胴体に食い込んだ。


 流れるような動きから一転、上段に構えた剣を鋭く振り下ろすと、地面を白い氷河が駆け抜けた。


「体が小さすぎるから、簡単に閉じ込められる」


 人間なら股下まで届かないようなサイズの氷の津波に、イチゴーとゴゴーは完全に呑み込まれ、動けなくなっていた。


「そんな、みんな……イチゴー! ニゴー! サンゴー! ヨンゴー! ゴゴー!」


 俺は絶望と共に、必死に呼びかけた。

 俺の大切なゴーレムたち。


 実家を追放されて、悲しみのどん底にいた時から、ずっと俺の側で支えてくれた、大切な家族たち。


 それが、目の前であっさりと傷つけられ、動かなくなってしまった。

 あまりのショックに俺が放心状態になっていると、ノエルの絶叫が通り抜けた。


「クラウス! 貴様ぁ!」


 ノエルのサーベルがクラウスに襲い掛かった。

 電光石火の超高速斬撃の嵐が、容赦なくクラウスに浴びせられていく。


 それを足捌き、体捌きで避けながら、ロングソードで弾き、受け止め、受け流し、ことごとくを防いでいく。


 激しい火花を毎秒五合、六合と散らし合い、まさに百花繚乱の狂い咲きだった。

 速度を重視したサーベルの剣身は軽くするため細く薄い。

 剣と剣の打ち合いをすれば折れてしまうため、派手な斬り合いには向かない。


 それでも、サーベルの消耗を気にする余裕もない程、ノエルは全力でクラウスに敵意を向けているということだろう。


「素晴らしい剣技だ。僕と違って、幼い頃から剣術に時間を注ぐ余裕があったんだね。羨ましいよ。だけど……」


 クラウスのロングソードから水流が生じて、ノエルは抗えない水圧にバランスを崩した。


 その隙を見逃さず、クラウスは紫電の斬撃を放った。


 全身を濡らしたノエルの体が雷に打たれたように跳ね上がり、彼女は悲鳴も上げられずに宙を舞った。


 そこへ、ダメ押しの一撃とばかりにクラウスのロングソードが振り下ろされた。

 ハロウィーが放ったであろう矢が白刃に直撃するも、斬撃の勢いは落ちない。


 俺は無意識に手を伸ばした。

 口は何かを叫んでいたと思う。


 だけど俺の手の平の向こう側で、白銀の煌めきに覆われた凶刃が無慈悲に人体へ叩き込まれた。


 グチャ、という気持ちの悪い水音と、液体が凍てつく死の音が、死神の囁きのように鼓膜をなでてくる。


 床で動かなくなるノエルの姿に、俺は茫然とした。


 嘘だ。

 少し前まで、あんなに幸せだったのに。


 ゴーレムたちの力で強くなって、ドレイザンコウを倒して、Dランク冒険者になって、町を復興させて、記念碑に俺の名前が残って、ノエルとハロウィーと一緒に、余裕でダンジョンを攻略して、全てが簡単な楽勝ムードだったのに。


 なんだよこれ。

 なんでイチゴーたちもノエルもみんな動かなくなっているんだよ?


 現実味の無い光景に俺が正当化する理由を探そうとすると、視界のクラウスが迫り、腹に抉られるような衝撃が貫通した。


「ぐぼぇぇぇっ!」


 信じられない程にぶざまで情けない声を上げて、俺は体をくの字に折って床に転がった。


 まぶたを開けるのも辛くて、目を固く閉じる。

 耳に、クラウスの酷薄な声が冷たく触れた。


「この矢に剣の軌道を逸らされなければ、ノエルの急所を外さなかったんだけどね。ハロウィー、君は本当にいい腕をしているよ。でも、君一人じゃ勝ち目はないよ」


「それでも、わたしは諦めない!」

「いい子だ。それでこそ、僕の仲間だよ」


 次に起こるであろう最悪の事態を察して、俺は声にならない声を叫んで、暗闇に手を伸ばした。

 けれど、クラウスが床を蹴る音と、ノエルの悲鳴の後に、俺は意識を失った。


   ◆


 ゆっくりと意識が覚醒していくと、俺はまだ床を転がっているらしかった。

 腹に響く鈍痛に、喉の奥からくぐもったうめき声が漏れた。


「もう起きたんだね。流石に、十八レベルの君には痺れ玉も効きめが薄いか。それとも、またあれからレベルが上がったのかな?」


 首を起こして見上げれば、クラウスが俺を見下ろしていた。


「お前ッ!?」


 立ち上がろうともがいて、上半身を支える手が無く、頭から転んで顔を石床にぶつけた。

 そこでようやく、俺は自分が後ろ手に縛られていることに気が付いた。


「ハロウィーとノエルは別の安全エリアに寝かせているよ。ノエルの戦闘力はやっかいだけど、鎖で拘束して傷口にポーションをかけておいた。命に別状はない」


 どうやら、最悪のケースだけは避けられたらしい。

 二人の無事を聞いて、少しだけ落ち着いた。

 ならばと、少しでも情報を得ようと俺は尋ねた。


「何が狙いだ? お前、革命軍に入ったのか?」

「いや、違うんだよ」


 寂しげな表情で俺を見下ろしたまま、クラウスは言った。

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