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不帰の森・8

 狭い通路を抜けると、丘の中腹にある岩場に出た。崩落の地響きが足元まで伝わってくる。


 アルノーは洞窟の入り口を見た。黒い人影が飛び出してきて一瞬身構えたが、すぐ力を抜いた。ランボーだった。


 丘を見上げると、頂上の辺りが陥没している。洞窟の中に落ち込んでしまったらしい。


「一家の連中、一人も出てこないね」


「他に出口があったかもしれないが、もう分からないな」


不帰(かえらず)の森は、これでおしまいかな?」


「……そうだな」


「兄さんも、帰って来なかった……」


 突然、目の前がぼやけて涙があふれてきた。手のひらに残ったハープを握りしめて、アルノーは声をあげて泣いた。ランボーは声をかけず、そっとしておいてくれた。


 日が傾いて、岩肌を赤く照らし出すころ、アルノーは少し落ち着いた。


「母さんに伝えなきゃ。」


「村へ帰るのか、アルノー?」


「うん、一緒に来てくれないか? そしてまた、旅に出よう」


「もちろんだ。二人はバンドだろう?」


 アルノーの顔に、少し笑みが戻った。ランボーがギターを背負う。


「いったんガルドランへ戻ろう。ギルドに報告してから、旅支度だ」


 二人は丘を降りはじめた。沈み始めた夕日が、目に眩しく射しこんでくる。


「ランボー、そのギターは何だったの?」


「魔力で動き、魔法を生み出す。“魔奏器”と呼んでる」


「“魔奏器”……」


 どこで手に入れたの? とは、まだ聞けない気がした。いずれ知ることになるかもしれない、アルノーはそう思った。


 ランボーたちの報告を受け、ギルドから調査団が派遣された。崩れた岩石の下から多数の人骨と一家の遺体数十体、岩に挟まれ身動きできなくなった生き残りが数名、発見された。なお、その中に長身の女は含まれていなかった。生存者にも、遺体の中にも。


 アルノーたちが出てきた場所から、丘を挟んで反対側にも出入口はあった。そこを使って脱出できたのは、ベルタの他には小男一人だけだった。


 ベルタは崩れ落ちた丘を見上げた。


(やっと見つけた“家族”が、消えた……)


 “家族”を潰したあの男には、必ず復讐する。だが今はまず、ここを離れよう。あいつの情報はどこかで手に入るはずだ。


 絶対に見つけ出す。そして殺す。


「ペグロ、行くよ」


 ベルタは小男を伴って西へと消えた。


 調査団はいくつかの出入り口を発見したが、どれもが入り組んだ岩場の影や茨の茂みの中などにあって、さらに盗賊団が巧妙に隠蔽をしていた。過去の捜索でも発見は困難だった、との見解が示されたが、それでも当地ガルドランギルドへの批判は激しかった。


「だいぶん長く、引き留められたね」


「事情聴取に検分の立ち合い……大事件だったからな」


 洞窟を脱出してから二十日も経って、ようやくアルノーとランボーは出発を許された。


「僕たち、大人気だったね。いろんな冒険者パーティから誘われてさ」


 酒場でランボーを馬鹿にした連中が、頭を下げてくる姿は痛快だった。


『俺たちはもう、バンドを組んでるから』


 この断り文句を、アルノーは気に入っていた。そう、僕らはバンドを組んでいる(絆で結ばれている)のだ。『バンド』という言葉に、相手はポカンとしていたけれど。


 生き残った一家への事情聴取は困難を極めたが、なんとか報告書がまとまったらしい。


 二十数年前、彼らは森の洞窟に住み着き、犯罪を重ねていた。遺体を食したのは、はじめ証拠隠滅が目的だったが、増えていく家族を養う重要な栄養源へと変わっていったという。


 生き残りは全員死刑となり、事件はガルドランの黒歴史となった。


「みんな、ランボーを大魔法使いと思ったみたいだね」


「『強力な魔法が使われた』と噂が立ったからな。恐れ多いことだ」


「魔奏器のお陰だ、とは言えないんだよね?」


「アリエノール嬢が、うまく胡麻化してくれるだろう……」


 アリエノールはギルドの受付嬢の名前だ。洞窟からギルドへ直接戻った二人を、彼女は有無を言わさず病院へ運んでくれた。さらに調査団の編成と派遣、関係者への事情聴取と、ただの受付嬢とは思えない活躍だった。


「治療費もタダにしてくれて、奪われた武具や装備まで買ってくれて……ありがたいよね」


「依頼を受けた格好にしてやったんだ。それくらいは、な」


 そのアリエノールは今、執務室で新任のギルド長と対面していた。事件の責任を問われ、前任のギルド長はクビになっている。


「うまく取引きしたものだな、アリエノール君」


「巨大な岩盤を崩落させたのが、魔法だったにしろ、ギターだったにしろ……そんな力を持つ人物は、危険視されますから」


「それを避けたい彼と、過失を減らしたいギルドとで、利害が一致したわけだ」


「不審に思った私が、彼らに調査を依頼した、ということにしました」


「……君の慧眼が的中し、事件が明るみに出た、という筋書きか。その実績から君は、エリア管理者に昇進するわけだ。単一のギルドを管理するのでなく、この地方のギルド全てを査察する権限を得た」


「過分な任務で戸惑っております……ご支援ご協力、よろしくお願いします」


 慎み深く頭を下げたアリエノールだったが、頭では別のことを考えていた。


(ランボーさんにはまだまだ、役に立ってもらわないと……)


 ふと、横の窓から眼下に目をやった。旅立つランボーたちが通るところだった。



 ランボーは愚痴っていた。


「今回の冒険を歌にしたのに、歌わせてくれないんだよなぁ……」


「アリエノールさん、酒樽持って止めに来るんだよね。街中でもどこでも」


 ランボーがあちこちで歌おうとするたび、どこで察知するのか、彼女は必ず飛んできた。


「女性に付きまとわれるのも、悪くはないけどな」


「……ちょっと失礼」


 部屋に外の声は届かなかったが、アリエノールはなんとなく窓を開け、足元にあった桶をランボーに投げつけた。


 スコォーン!


 乾いた音が響き渡り、ランボーが首を折った。アルノーが慌てて周囲を見回している。


 アリエノールは静かに窓を閉じた。


 ギルド長が、一つ咳ばらいをした。


「……だが、あれだけの破壊力を、魔法以外にどうやって説明するんだ? しかも今後、彼が命を狙われる心配をしなくて済むような、都合のいい説明だぞ」


「そこは、なんとかなります」


 受付嬢は空白だった行を書き終え、報告書を閉じた。後日、それは他のギルドへと配布されていくこととなる。


 そうしてランボーは、以後訪れたすべてのギルドで、歌うことを禁じられるのだった。


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