不帰の森・6
「……ここにいるのはみんな、血のつながった一族ってわけか?」
ランボーが踏みつけられたまま言った。
「そうさ。こいつはペグロ。ユゾとマツの息子。ユゾはドゾンとマツの子で……」
ベルタは手近な者を紹介するが、アルノーたちには見分けがつかない。だが親と子の間で成された子も多くいるようだ。
「近親相姦を繰り返したのか……。だが、あんたは血がつながってないようだ」
「今は一家なんだよ!」
ベルタに横腹を蹴り飛ばされ、ランボーはうめき声を上げた。
アルノーも同感だった。黒髪に高い鼻、特徴的な吊り目。背丈は街の女と変わらないが、それでも一家の中では飛びぬけて長身だ。身だしなみも整っている。
会話にしてもそうだ。他の連中はただ単語を並べて叫んでいるだけだ。ベルタだけが、知性を感じさせる。
(なんでこんな連中と一緒にいるのだろう?)
そう思いながらベルタを見つめるうちに、アルノーは息が止まった。彼女が首に掛けている物に見覚えがあったのだ。
「……それって、どこで拾ったの?」
銀の鎖に、小さなハモニカがぶら下がっていた。五年も経って煤けてはいたが、それは間違いなく自分が兄に渡した物だった。鼻がツンとして、眼から熱いものがあふれ出しそうになる。
「おや、知り合いの物かい?」
ベルタがハモニカを指に掛ける。吊り目が少し下がった。笑っているのだ。
「……兄さんのだ。兄さんからもらったの?」
答えは分かっている。でも聞かずにはおれない。
「お前、弟かい? 顔が似ているかもしれないね。あいつは嫌がったけど、いただいたよ」
ハモニカをプラプラさせながら、ベルタはなぶるように話す。
「……兄さんは……どうしたの?」
その答えだって分かっている。嫌な予感しかしない。
「若かったし、そこそこイイ男だったからね。女どもが楽しんだよ」
女連中が下卑た笑いをあげた。猥雑に腰を振る男もいて、さらに笑いが増した。
アルノーの脳裏に、兄の顔が映った。アルノーが見たこともない表情をしていた。
「……楽しんで……どうしたの?」
「絞り尽くしてから、子供たちにやったんだよ。ナイフの的にしたんだろ?」
背格好は見分けがつかないが、十人ほどが手を挙げ叫び、身振り手振りをする。
見ていてアルノーは、兄の姿がまた浮かんだ。切られ、叩かれ、殴られ、絞められ……。アルノーの鼻が詰まり、眼から涙が流れた。
「そえで……どうしたの……? どこにいるの……」
「アルノー、もうよせ、兄さんはもう……」
「死んだよ」
アルノーの頭の中の、兄の姿が固まった。動かなくなった。
「……死んで……ここで? どこにいる? 森?」
「森に埋めたら、足がつくじゃないか。だからくったよ、いつものことだ」
「くった? クッタ?」
「食った」
ベルタが骨から肉を食いちぎるようにして見せた。そして口をパクパク動かした。
「食べた……?」
「そうだな、食べた。ハハ、食べた食べた!」
ベルタが繰り返した。取り巻く他の連中も後に続いた。
「タベタタベタ!」「タベタタベタ!」「タベタタベタ!」
ベルタがさらに煽る。
「腕や足は焼いて食べた! 頭や腹は煮て食べた! 若い男は脂が少ないけど、肉は柔らかいねえ! 髄はすすって、そこらに捨てたよ」
ベルタが指さす先には、無数の骸骨があった。足元には細かく砕かれた骨が敷き詰められている。それを眺めながらアルノーは、何も考えられないでいた。
アルノーの表情を見て、ベルタは口の端を釣り上げながら笑った。笑いながら、足元の頭蓋骨を蹴り飛ばした。乾いた音がして、笑い声が響く。
「他にもあるよ……見せてやりな!」
小女たちがアルノーに近づいて来た。バサバサの髪に垢塗れの顔、むき出しの黄色い歯。身に着けている衣服は、犠牲者たちから奪った物らしく、ブカブカだ。さらに身に着けた装飾品を、揺らしながら見せつけてくる。腕を、足を、首元を、耳を。それらの部位を飾る物はどれもみんな、よれた皮や歯、骨の類だった。
それが人間の物だと分かると、アルノーは胃の中の物をすべて吐き出した。吐き出して空になった腹の奥から、強い感情が込み上げてきた。無意識に叫び声をあげた。
叫びながら、アルノーは立ち上がり、小女たちをはねのけて、ベルタに向かって突進した。後ろ手に縛られたまま、頭から突っ込もうとしたが届かなかった。小女たちに絡みつかれ、石や骨に足をとられ、倒れ込んでしまった。
そのまま殴られ、蹴られた。けたたましい笑い声が響き、アルノーの全身に痛みが走った。ランボーの叫ぶ声が聴こえたが、それもすぐにかき消えてしまう。彼も殴られているのだろう。
痛みを感じなくなってきた頃、ようやく解放された。一家はランボーとアルノーの身体にとりついた。
アルノーはもう、身体が動かなかった。兄からもらった皮鎧を奪われた。靴は武具より価値が高いのか、数人がよってたかって取り合った。
ランボーも帽子や上着を剥がされていた。腰のベルトも外された。四角い、小さな箱のような物が付いた、重そうなベルトだった。
その様子をアルノーはぼんやりと眺めていた。
(兄さんは、ひとりでこんな目に……)
『お前が十五歳になったら、一緒に冒険しよう』
兄はそう言って、村を出て行った。時折、仕送りと手紙が届く。母と弟のアルノーとを、いつも気にかけてくれていた。野営の晩など、ハモニカを吹いては故郷を思い出す、とも書かれていた。
五年ぶりに会えたのに、ろくに話もできなかった。そして、もう会うことはできない。 村で一緒に暮らしていた頃に、教わった歌がぼんやりと浮かんできて、ボソボソと口ずさんだ。
ジャラーン、びゃんびゃん!
弦の響きが聴こえてきた。さっきの小さな一団が、ランボーのギターで遊んでいた。
「壊すなよ。そいつは値が張りそうだから、どこかで売り飛ばす」
ベルタがピシャリと言うと、彼らはギターを下ろした。それでも興味は尽きないようだった。寝かせたギターの弦を、指で弾いては音を楽しんでいた。
「俺が弾いてやろうか?」
ランボーが声をかけた。口に物が詰まったような話し方だ。殴られてうまく話せないらしい。
「どうせ、すぐ殺されるんだろう? だったら最後に、思い切り弾いて歌いたい」
「お前にとっては魔法の杖だろう? 呪文を唱えさせるわけにはいかないよ」
ベルタは首を振った。魔法使いは杖がなければ、呪文が発動しない。ベルタはギターを杖の代わりだと思っているらしい。
「おいおい、俺は吟遊詩人なんだぜ?」
「ハハン……?」
ベルタは肩をすくめて笑っている。彼女は森の中でも、ランボーを魔法使いと呼んでいた。今もそのことを疑っていないらしい。一家の中でただ一人頭が切れる分、自分を賢く間違わない人間だと思い込んでいるのかもしれない。
「僕が、歌うよ……」
アルノーが身体を起こして言った。