不帰の森・5
ランボーはギターを構え、ネックに指を当てて弦を弾いた。
ポーン……ポーン……
ギターの音色とは思えない高い音が響く。
「……まだ遠いが、囲まれたな」
アルノーはショートソードを抜いたが、半信半疑だった。
(音で、相手の位置が分かるの……?)
一方のランボーは、武器らしい物を持つこともなく、相変わらずギターを構えている。今にも演奏を始めそうな体勢で、辺りを見回していた。
(そのギターで何をするの?)
ランボーの動きに気を取られていると、木々の枝が揺れる音がした。街道に垂れ下がった大ぶりの枝の上から、人影が飛び降りて来る。
「キィエエエエェェェッェエ!」
人影は男のようだった。両手にナイフを持って、ランボーめがけて降りて来る。
「魔奏・旋風!」 ギュ、ウーンンンン……
ランボーがギターを弾くと、唸るような音が響き、ネックの先から突風が巻き起こった。風は渦を巻きながら人影を吹き飛ばし、木に叩きつけた。横たわった人影は、体格こそ小さいが人間だった。アルノーより小さく見える。
「ゴブリンでは、なさそうだな」
ランボーが言い終える間もなく、似たような男が二人、今度は左右から飛び出してきた。同時に後ろの茂みからも一人が飛び出して、アルノーに向かって突っ込んでくる。
「うわあああ!」
アルノーは慌ててショートソードを突き出した。だが、相手は地面を這うように走り寄ってきて、尺の長い刃物を振りかぶった。アルノーの膝を狙っている。男と目が合って、アルノーは身がすくんだ。
「魔奏・旋風!」 クゥーーン!
ランボーがギターから突き出した棒を操作すると、再び突風が吹き出した。その風は右側の小男を宙に浮きあがらせた。
「魔奏・旋風回!」 ギュオー……ン
風が向きを変え、左の小男も捕まえた。そしてそのまま、アルノーに向かってきた男にぶつかった。
キュゥゥゥゥ~ン、ガ、ガ、ン!
三人とも地に落ち、うめき声を上げるだけになった。ランボーが助けてくれなければ、足を切られ、首も落とされていたかもしれない。
「……なんなの……? ……何?」
人から殺意を向けられる。ギターが風を巻き起こし、人が斃れる。この数瞬の出来事を、アルノーは受け止めきれないでいた。
「まだいるぞ!」
ランボーの鋭い声に、再びアルノーは武器を構えた。だが腰も膝も震えて、ランボーの背中にもたれかかるようになった。
そのまま警戒していると、正面の街道脇から――今度はゆっくりと――人影が現れた。
女だった。吊り目で、皮鎧を着こんでいる。周囲からも十数人出て来て、アルノーたちを取り囲んだ。吊り目の女を除けば男ばかりで、皆一様に背が低い。手に持つ武器も短剣だったり棍棒だったりと、バラバラだった。中には兜や鎧を着けた者もいるが、彼らの身体には不釣り合いで、誂えたものでないことは明らかだ。
「盗賊か? この森に出るなんて、聞いたことがないな」
ランボーは女に向けてギターを構えた。アルノーも向き直り、一緒に女を睨みつけた。女もアルノーたちを睨み返してくる。そして短剣を提げた腰に手を当て、声をかけてきた。
「楽器が杖代わりとは、おかしな魔法使いだね」
「おいおい、俺は吟遊詩人だぞ?」
「吟遊詩人? ハハッ! 冗談はよしな!」
女が短剣を抜くと、周囲の小男たちが一斉に襲い掛かって来た。ランボーはギターのネックを上に向け、指を滑らせながらに弦をかき鳴らした。
「魔奏・霹靂!」 キュゥォーーーーン
頭上に小さな雲が湧き、そこから稲妻が四方に散った。小男たちは電撃に打たれ、悲鳴を上げて倒れていく。
ゴ、ゴオオオオオーーーーン! ガーンン!
稲光と共に轟音が響き、雷撃を免れた小男たちを凍り付かせた。
驚いたのはアルノーも同じだった。思わず立ち尽くしてしまう。背後から首を絞められて我に返った。光にも音にも動じず、吊り目の女が走り寄って来ていたのだ。
「手品はおしまいだよ、魔法使いさん」
女はアルノーの喉元に短剣を突き付け、勝ち誇った。それを見たランボーはギターを下ろした。
女の指示で小男たちはテキパキと動いた。アルノーとランボーから荷物とギターを取り上げ、後ろ手に縛り上げた。斃れた者を担ぎ上げる者、落ちた武具を拾う者、木の幹や枝を丹念に眺める者もいた。ここでの戦闘の痕跡を、すべて消し去るつもりのようだ。
「……手際がいいな。これまでも、こうやってきたのか?」
ランボーの質問に、女は――ベルタの姐さんと呼ばれた女は――短く答えた。
「来れば分かるさ」
ランボーとアルノーの目が塞がれた。
突き飛ばされ転びそうになりながら、歩かされ続けた。靴底の感触が土から石に変わり、肌に触れる空気も冷たくなっていく。それがふいに、身体を蒸し暑い湿気がまといつくようになり、アルノーの全身から汗が吹きだした。同時に獣か肉の腐ったような異臭が鼻を突いて、鼻水があふれ、胃からも何かが込み上げてきた。
唐突にひざまつかされた。そして目隠しを外されると、薄暗い洞窟の中にいた。傍で大きな焚火が焚かれているが、その灯りはチラチラと壁や天井を照らすだけだった。かなり広い洞窟らしい。
石を積み上げたのか、あちこちにオブジェのような物があった。それが揺らぐ炎に照らされるのを見て、アルノーは悲鳴を上げた。オブジェはどれも石ではなく、すべて人の頭の骨で出来ていた。
オブジェの数は無数にあった。灯りの届く限り、洞窟の壁にも積まれていて、岩肌が見えないほどだ。千では足りないかもしれない。
「大丈夫か、アルノー」
声をかけたランボーを、人影が蹴り飛ばした。ベルタだった。小男たちも付き従っている。彼らだけでなく、まだまだ多くの人影が、周りから近づいてくるのが見えた。骨が床にも散らばっているらしく、彼らが歩く度に乾いた音が鳴った。
ベルタが倒れたランボーを踏みつけて言った。
「お前の魔法で、家族が三人も死んだ」
ランボーとアルノーを取り囲んだ数十人もの人影が、一斉に雄たけびを上げる。泣き叫ぶような声と、怒号とが入り混じっている。
「……家族?」
アルノーは自分たちを取り巻く人の群れを見た。背丈は森で戦った小男たちと、みな同じくらい。年寄りから子供まで年齢もバラバラで、女もいる。全員、鼻はひしゃげ、目は飛び出すように大きかった。