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不帰の森・4

 ギルドを出ると、日は西へと傾きつつあった。


「勢いで出て来てしまったが……森まで丸一日の距離だ。日没まで歩こう」


 門を出て、そのまま街道へ出た。夕日へ向けて歩く二人と、同じ方向へ進む人影はなかった。


 やがて日没になり、街道脇の木立の下で火を焚いた。夕食は簡素な携帯食だったが、アルノーは気にならなかった。本格的な兄の捜索、初めての冒険、初めてのパーティ。メンバーは、出会ったばかりの吟遊詩人。気になることが他にいっぱいあるのだ。


 差し当たり、一番の関心事は目の前の吟遊詩人だ。アルノーは焚火を挟んで座る男をあらためて見直した。細長い顔に載ったパーツが、火に照らされて陰影を作っている。


 アルノーの村にも、祭りの日などに旅芸人はやってくる。音楽や詩ばかりでなく、縄投げやハシゴ登り、踊り子などもいた。みな楽し気で、華やかで、ひと時日常を忘れさせてくれる。だがランボーは何か違う。どこか、騎士のような威厳を感じる。歌はひどかったけど。


「ランボーは、いつから吟遊詩人になったの?」


「四、五年になる。その前は西の国にいた」


「西の国では、何をしていたの? 騎士様?」


「よく言われるが、憶えていないな。鎧は身に着かない」


 ランボーは腹をさすって見せるが、脂肪がついているようには見えなかった。あまり話したくないのかもしれない。


「兄さんに、ついて行きたかったな」


 アルノーは焚火に目を落とした。数日待つだけのつもりが、こんなことになるとは思っていなかった。兄もそう思っていたのじゃないだろうか。


「危険な匂いを感じていたのじゃないか? 自分を守るだけで精一杯になるかもしれない、とな」


「……昔から、鼻が利くんだよ。獲物や、害獣の棲家になりそうな洞穴を見つけるのが得意だった。父さんが亡くなってからは、狩人に雇われて、案内人をしてた。僕に剣や矢を教えてくれたのも、兄さんだよ」


「父親でもあり、師匠でもあり、か」


「歌を教えてくれたのも、兄さんだ。でも僕の方が上手くなっちゃって『お前は才能がある』って言ってくれた。それからは伴奏ばかりしてた」


「今の俺たちみたいだな」


 アルノーが笑う。ランボーはギターを取り出した。


「兄さんは、ハモニカが得意だったんだ。だから村を出るとき、プレゼントしたんだ。首に提げられる、ペンダントみたいな小さなの」


 アルノーが歌い出し、ランボーが伴奏をつけた。兄から教わった歌だった。それからランボーの知っている曲を教わった。歌詞を教わり、ランボーの弾くメロディに乗せて歌ってみる。もどかしくなったランボーが、何度も歌おうとするのを止めながら練習するうちに、なんとか様になっていった。


「次の酒場では歌えるよ!」


 嬉しそうに言うアルノーに、ランボーが無言で頷いた。


「バンドって言葉、いいよね。絆って意味があるんでしょ。パーティって言葉より、好きかもしれない」


 街道筋に動く物はない。焚火に揺れる二人の影だけが動いていた。二人の織り成す音楽が、焚火からはぜる火の粉とともに星空に溶けていった。


 日の出前から出発した。背後から朝日が追いかけてきて、二人の前に長い影を作った。


「昨夜教えてくれた歌だけど、あんな調子の曲は初めて聴いたよ」


 アルノーが鼻歌で歌うと、ランボーも続く。街道筋をハミングが流れた。


「ロックンロール、って言うんだ。バカ騒ぎとかが、意味らしい」


「ロックンロール……西方で流行ってるの? 誰に習ったの?」


「分からない。このギターと一緒に、歌と曲の記憶があるだけだ」


「……ふうん」


 本当に憶えてないのか、言いたくないのかは、分からなかった。


 それから森までの道のりで、二人は何組かの商人や冒険者たちと行き会った。みんな、例の森を通り抜けてきたと言う。中には森の中で夜を明かしたというパーティもいたが、何も起こらなかったと、笑顔を返された。


 だが彼らは五人、十人、といった集団ばかりだった。二人組のランボーたちが、この先無事だという保証にはならなかった。


 半日歩くと森が見えてきた。小高い丘を擁する広い森だ。二人が歩いて来た街道は、そのまま森の奥へと続いている。しかし木々と丘に阻まれて、先を見通すことは出来ない。


「覚悟はいいか?」


 ランボーはからかいながら、ギターを取り出した。ストラップを掛け、ボディを脇に抱えた。右手でネックを鷲掴みにしている。


「探索前に、一曲弾くの?」


 まさか歌いだすのでは? とアルノーは一瞬、身構えた。


「俺なりの準備さ。行こう」


 しばらく街道を進み、森の奥に入ってから、道を外れて探索することになった。森の中に入ると日差しが陰り、肌で感じる空気も冷たい。アルノーはランボーの右脇に立って歩いた。彼の抱えるギターが気になるのだ。


 弦楽器は弦を弾いた音を、ボディ内部で反響させて音を出す。中が空洞でなければ、音は反響させられない。だが彼のギターは厚みがなくて、中身も詰まっているように見える。それにボディに穴がないから、そもそもボディ内部に音が入らない。


(なのにどうして、あんなに音が出るのだろう?)


 黒いボディには金属板のような物が三枚、取り付けられているだけだ。それぞれの板には魔法石が六つずつ、ちょうど弦の真下にはめ込まれている。


 他にも数字の刻まれた小さな突起が付いていたり、金属の棒が突き出ていたりする。さらに、ボディの尾部から紐のような物が一本出ていて、ランボーの腰の辺りへ延びていた。


(これは、何かと繋がってるんだろうか……?)


 マントの下をのぞき込もうと頭を下げた瞬間、ランボーが立ち止まった。身体を起こすと、ランボーが右手を挙げているのが見えた。『動くな話すな』ということらしい。挙げた右手の指には、薄く小さな板が挟まれていた。


 ランボーは慎重に、周囲の気配をうかがっている。アルノーも目を凝らしたが、前後の街道にも、木々の間にも、人影はない。息を止めて耳を澄ましても、枝葉の揺れる音以外は何も聴こえなかった。

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