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不帰の森・2

 ランボーが席に就くと、アルノーは向かいの席に陣取った。だがランボーは一瞥もくれず、運ばれた食事をさっさと食べ始めた。


 後ろに流された茶色の髪。骨の出っ張った、日焼けした頬とエラの張った口元。相変わらず、騎士のような緊張感が漂っていて、ただの流れ者とは思えない。だがアルノーは思い切って、声をかけてみた。


「ランボーさん、どこから来たの?」


 ランボーがようやく、アルノーを見た。三白眼だ。見られて一瞬緊張する。


「……西方からきた。大街道沿いに、内海へ出て……そこから今度は沿岸伝いに歩いて来た。ここ一、二年は、この地方を廻っている」


 ちゃんと答えてくれたことで、アルノーの緊張も解れた。だが次の質問を発しようとしたところへ、周囲から人が集まってきた。関心を失くしたはずの、冒険者たちだった。


「兄さん、内海から来たって? あちらで珍しい武器とか、知らんか?」

「独特の拳法があるって聞いたが、道場でもあるのかね?」

「最近、海竜が出るって噂は本当か? お前は見てないのか?」

「西方は、ギルドへの依頼は多いか? 移動しようと思うんだが、行く価値はあるかな? 報酬はどうなんだ……」


 口々にランボーへ質問を投げていく。その一つ一つに、ランボーは答えていった。 


 遠方から旅して来た者は、その見聞が情報として価値を持つ。そうでなくとも異郷の話は、変化の乏しい街の中では十分な娯楽になるのだ。


 アルノーはすっかり後れを取っていた。順番などあるはずもなく、勢いと声の大きさに圧され、どんどん後回しにされてしまう。


 なんとか前に出て、声を上げた。


「ねえ! ランボーさん! 僕とパーティを組まない? 一緒に冒険に行こう!」


 冒険者たちが静まり、やがて笑いが起こった。


「おいおい、こいつは吟遊詩人だぞ」


 笑い声はさらに高まり、冒険者たちが口々に、アルノーを諭すように声をかけてきた。


「吟遊詩人はな、初歩的な魔法は、万能だ。なんだがな……」


「パーティのメンバーが成長するにつれて、クエストのレベルも上がる。そうなると、吟遊詩人の使えるレベルの魔法じゃ、追いつかなくなるんだよ」


「せいぜい、使えるのは補助魔法ばかりになっていく。前衛に立たせても後衛を任せても、頼りにならんしな」


「付き合いが長くなってから、お払い箱にするのは、気の毒だろう……?」


「だから、初めからパーティに誘わない方が、お互いのためなのさ」


 アルノーは聞いていて不愉快になった。だがランボー自身は、彼らの言葉を否定しなかった。


「少年、彼らの助言は、間違っていない。パーティを組むなら、経験のある人と組むか、初心者同士で組むのがいい。君が剣士なら、魔法使いや聖職者を探せ」


 ワハハ、という笑い声が起こり、質問はお開きになった。


「吟遊詩人、歌でも歌ってくれないか?」


 冒険者から声がかかり、ランボーは食器を脇へ寄せた。傍らにあった黒い布の包みに手を伸ばす。入って来たとき背負っていた、アクスのような物体だ。巻きつけた布をほどくと、弦を張った黒い楽器が現れた。それはリュートに似てはいるが、違う楽器だった。


 受付嬢が、物珍し気に近づいて来た。


「これは、ギターですね? この辺りでは珍しいです。それにそんな形は、見たことがありません」


 アルノーはギターを見るのは初めてだったが、彼女の言うことは分かる。長く真っ直ぐ伸びたネックに、左右非対称のひしゃげた形のボディ。布を外すまで『アクスのような』と思ったのも無理はない。何よりボディの薄さが、楽器よりアクスの刃を連想させる。


(こんなので、音が出るの?)


 そんな疑問に反して、ランボーが弾くと六本の弦から、太い音や細い音が響いてきた。どこか、楽器本体から響いてくるのとは違った音の響き。アルノーの生まれ育った山間の村では聴き馴染みのない、都会らしさと異国らしさを感じさせる旋律。


「強い酒をジョッキで。割らずに置いておいてくれ」


 ギターを奏でながら、ランボーは声をかけた。なぜだか受付嬢がバーカウンターへ走って行く。


「最初は、聴き馴染みのあるジャンルでいこうか。ひと月前に、アンザルッツの港湾都市に立ち寄った。そこで憶えた歌だが……」


 楽器を奏でながら、ランボーが語る。酒場の皆が耳を傾けているのが分かる。先ほどまで吟遊詩人を嘲っていた冒険者たちが、目を閉じて聞き入っていた。


「若い船乗りの話を歌にしたものだ。故郷の幼馴染の娘が結婚したって噂を聞いて、俺はあの娘が初恋だったんだよなあ……と、思い出を語る歌だ」


 語り口もうまいが、何より声がいい。ギターの音とうまく重なり合っていて、聴いているだけで、惹き込まれていくようだった。話の内容が自分の記憶と重なるのか、座り直す者も出て来た。前奏の音楽も徐々に高まっていき、ランボーが息を吸い込む。周囲の期待も最高潮に高まる中、吟遊詩人は口を開いた。


 ……彼の歌はひどいものだった。


 ♪ボ、エ~ン、ボ~~エエエ~ンンン……トロロ~エエンンンン~


 ……耳を塞ぎたくなるような、雑音が響く。不快な公害と言っていい。酒や食べ物を口にしていた者は吹き出した。酒の回っていた者は表へ駆け出すか、逃げきれずに扉にすがりついて倒れていった。酒を飲まないアルノーすら悪酔いし、気分が悪くなった。耳を塞いでも、先に耳に入った声が頭の中で、グワングワンと反響し続ける。目もチカチカしてきた……。


「やめろおぉぉぉ、下手くそがぁぁぁぁ‼」


 受付嬢が酒樽を抱えて戻ってきて、樽ごとランボーの頭にぶちまけた。歌も音も止み、ランボーは被せられた樽を脱いだ。頭もシャツも、酒まみれだ。


「そんなに下手くそか?」


「……最悪だよ……」


 アルノーが声をかけた。このレベルで吟遊詩人を名乗ってはいけない。いや、人前で歌ってはいけない。しかも当の本人はそれを自覚していないらしい。アルノーは呆れ、乾いた笑いが込み上げてくるのを感じた。


 受付嬢が息を整え、ランボーを見つめて言った。


「ランボーさん、失礼をしましたが、非常事態ですのでお許しください。そして今後、当ギルド内で歌うことは禁じます。いえ、街中で歌うこともご遠慮ください」


「それじゃ、商売にならないんだが……?」


「これで商売になるのですか?」


 受付嬢が辺りを指さす。ひっくり返ったテーブル。倒れた冒険者たち。床に散乱する酒や食べ物、汚物……。なぜだか壁から落っこちた、武具や張り紙たち。


「……歌わなきゃいいのか?」


 ランボーは再びギターを演奏し始めた。先ほどとはまた異なる、穏やかな曲調。優し気な音の連なりが、草原や麦畑の上をそよぐ風を思わせた。

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