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不帰の森・1

「確かに、お兄さんは冒険者ギルドに登録されています」


 ギルドの受付嬢は言った。人間の女性としては背の低い方だが、カウンター越しに向き合っている少年も、彼女と目線の高さは変わらなかった。


「でしょう? だから、助けてほしいんだよ」


 少年はアルノーと名乗った。金髪にそばかす、薄い眉毛に大きな瞳。年齢は十四、五歳といったところだろうか。まだまだ幼さを残した顔立ちだ。


 彼の兄は『鼻利きノエル』と呼ばれる、雇われ冒険者だ。罠にはかからないしお宝は見つけるし、と冒険者からはひっぱりだこだ。さらに未発見のダンジョンや墓所などを見つけては、その情報を他の冒険者に売ったりもしている。


 それが十日前に探索へ出たきり、帰って来ないから探してくれと言うのだ。


 受付嬢は、少年の目を見て言った。


「ギルドが紹介した依頼で行方不明になった場合、我々に捜索の義務はあります。ですが今回、お兄さんに依頼をした記録はないんです。ギルドを介さずに依頼を受けたか、ご自分の考えで出かけられたか、ではないでしょうか? どちらにしろ、ギルドに捜索する義務はありません」


「どこで依頼を受けたのかは、知らないよ。僕は村から出てきたばかりだし。兄さんとは五年ぶりに会ったんだ。『数日で戻るから、待ってろ』と言って、それきりだよ」


 受付嬢はため息をついて、しょぼくれた様子のアルノーを見た。


 ショートソードを提げてはいるが、鞘は真新しく、ベルトは調節した様子もない。皮の胴着はお下がりらしく、使い込まれているが、細い身体では持て余すようだった。どこから見ても立派な、新米冒険者だ。


「行った先が『不帰(かえらず)の森』ですか……」


 初めて来た街に一人で放り出されて、気の毒には思う。


「もうしばらく、待ってみてはいかがですか?」


「冒険者同士、助け合いも必要じゃないの?」


 少年はさらに食い下がる。受付嬢は姿勢を正して、きっぱりと言った。


「冒険者は自分の命を対価に、危険な依頼を請けているのです。どうしても捜索を希望されるなら、正当な報酬を支払って、依頼してください。」


 真顔で言われて、少年はうろたえた。


「……そんなお金は、ないよ……」


 小さく言って、うなだれてしまった。だが諦めきれないのか、カウンターの前を立ち去ろうとしない。


 もう、何と言って立ち去らせようか。

 受付嬢は少年から目線を外した。ギルド内には酒場があり、冒険者たちが飲食や雑談をしている。壁にはダーツや依頼の案件文が貼られ、販売用の武器や防具の棚が並んでいるのも見えた。


「そもそも『不帰(かえらず)の森』というのも……」


 ガランガラン……


 賑やかな打ち鐘と共に、入り口の扉が開いた。受付嬢もアルノーも、酒場の冒険者たちも、一斉に扉へ目を向けた。


 男が立っていた。黒いマントを羽織った、長身の男だった。

 つば広の帽子も、腰に提げた袋も、マントの隙間から覗けるシャツやズボンも、襟首に結んだスカーフさえも、みんな黒だった。


 そして、そのどれもが埃や砂にまみれて、白く光っていた。


 背中には大ぶりの武器を――アックスか何かだろうか――背負っているようだが、黒い布が巻かれて中身は見えない。


 男は受付嬢と目が合うと、まっすぐにこちらへ向かってきた。その佇まいや足取りは、この酒場にいる冒険者たちとは異なる空気を感じさせる。酒場の冒険者たちも、同じことを感じるのか、目を離さないでいた。


(巡礼騎士さんかしら?)


 受付嬢は首を傾げた。聖地を巡礼する者が、この街道を使うのは珍しいことだ。


「アルノーさん、あちらの方をお迎えしなければなりませんので」


 カウンターの前の少年を追い払うには、いい口実だと思った。


 だがアルノーも、近づいてくる男から目が離せないでいた。この場の誰よりも経験は少ないが、男の異質な空気は感じていた。


 やがて男がカウンターの正面に立つと、アルノーは慌てて飛び退いた。だがそのまま、カウンターの脇で男を眺めている。そんな少年を無視して、受付嬢は男に笑顔を向けた。


「ようこそ。ガルドランの街は、初めてですか?」


 ここガルドランの街は、大陸横断道から沿岸部へ向かう、枝街道が通る街だ。この先にも多くの街や村があって、人の往来は絶えない。


「……初めてだ。しばらく逗留する」


 低く、よく通る声だった。帽子を脱いだ男の顔は若く、よく日に焼けていた。


 受付嬢は滞在簿のサインを見た。ランボー、と書かれてある。西方の名前だろうか。


「ランボー……さん。ご職業は?」


「吟遊詩人だ」


 酒場の冒険者たちから失笑が漏れた。誰もが肩透かしを食らった様子で、舌打ちする者もいた。受付嬢はランボーに同情したが、当人はこうした反応には慣れているようだった。


 吟遊詩人は冒険者の職業の一つだが、冒険者パーティに加わる者は少ない。まず、受け入れられない。中途半端で使えない、そういう評価なのだ。


 そのため、音楽や詩歌といった能力を活かして働く者が多かった。地方領主や貴族に雇われ、高い地位に就く者もいる。


 だがそれはごく少数だ。ほとんどは単独か複数で、村や街を巡業する。祭りなどでは歓迎されるが、住民の多くは彼らを『定職に就かない流れ者』と見下していた。ランボーはそうした、一人旅の吟遊詩人らしかった。


「宿は……二階の部屋がとれます。荷物を下ろして休まれますか?」


「何か食べるよ、腹が減っているんだ」


 酒場へ向かうランボーを、アルノーが追って行った。

 受付嬢は止めようとしたが、やめた。さっきの問答を繰り返されてはたまらない。

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