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呪いのつぼ  作者: Satoru A. Bachman
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第3章 オナーの儀式(Ⅱ)

 第3章 オナーの儀式(Ⅱ)


 「これから行うのは、アメリカ先住民のウロタス族の洗礼、オナーの儀式でございまぁす」

机の上に様々な書物が乱雑に積み上げられた研究室でティムは改まってそう言った。そして彼は引き出しから太く長い葉巻ほどの大きさの棒を取り出した。

「これはアモムの葉を巻いたものでごぉざいます。これに火をつけると不思議な香りがする煙が出てきまぁす。その煙を吸うと、あなたの頭の中に憂鬱も苦難も無いウロタス族の楽園が見えてくるでしょう」

ティムは早速、ジッポーで火をつけた。そして、その葉巻に吸い付く。ティムは口に含んだ煙を花香のほうへふうっと吐き出した。あの動画で見たのと同じだ。ウロタス族の長老も動画の中でティムと同じことをしていた。甘にがい香りの煙が花香の顔に吹きかかる。彼女はそっと鼻で煙を吸い込んだ。

 すうっと意識が遠のいていくような感覚。

自分の体はティムの研究室にあるのに、意識だけが遠くへいざなわれていく。花香の意識は宙を舞い、教室の窓の外へ出て、青い空を舞った。そして、突然、まるでジェット機にでもなったかのように凄まじい速さで北の方角へ飛んだ。ウェストウッドを離れ、ロサンゼルスを離れた。カリフォルニアの海岸線の上空を一直線に進んでいく。西には広大な青い海、東には街や森林が散在する緑と茶色と灰色の陸地。フライト中に飛行機の窓から見えるような景色だ。マリブを超え、オックスナードを超え、ベンチュラを超え、サンタバーバラを超えた。

いったい、私はどこへ向かっているの?

不安と興奮の混じった胸が締め付けられるような感覚。そして、更に意識の中での空の旅は続いた。モントレーを超えると巨大なサンフランシスコ湾とサン・パブロ湾と大きな都市が見えてきた。映画の中で見たことがあるトランスアメリカ・ピラミッドだ!なんだかホワイトハウスに似た市庁舎の建物とコイトタワーも見えた。凄くきれい!花香は興奮した。灯台のような塔と要塞のような古い白い建物があるアルカトラズ島も見えた。あれは刑務所だったか。花香はあまりこの街のことは詳しくなかった。サンフランシスコも越え、更にしばらく飛んだ。

「私をどこへ連れて行くの、ティム?」

花香が聞くと、

「何も考えぇずに旅を楽しみなぁさい!」

とティムは愉快な口調で答えた。


 カリフォルニアの北部のどこか森林地帯に囲まれた小さな街が見えてくると、高度が下がり、花香の意識はその街の外れへ降り立った。白いソルトボックス(塩入れ型の家屋)の家が数件並んだ住宅地の先に針葉樹林が広がり、そこには「ウロタス自然公園へようこそ」という木の看板が立っていた。その通りの脇には舗装工事中のアスファルトがあり、黒と黄色の縞のバリケードが周りに設置してある。そのバリケードには“ウィンストンバーグ公共事業”と書かれている。

どうやらここはティム・バワーズ教授の故郷のウィンストンバーグのようだ。


 花香はウロタス自然公園に足を踏み入れた(正確には意識を)。針葉樹林の先は谷になっていて、大きな吊り橋がかかっている。吊り橋の下には青く透き通った小川が流れている。谷の先には丸太小屋のようなホットドッグ屋があり、その先が先住民保護区のようだ。花香の意識はどんどん公園の奥へと進んでいく。

森の中には木の枝と葉と石でこしらえたテントのような家がある。その先に広々とした芝生の平野があり、青空の下で数十人のウロタス族が燃え上がる焚火を囲んで輪になっている。周辺にはピラミッドや先端の尖ったロケットのような形をした大きな石積みアートが散在している。彼らは両腕を上げ、神を称えるかのように開いた手の平を空に向けて大声で何かを唱えている。長老が出てきて、アモムの葉巻を口にくわえて焚火の火でそれの先端を燃やした。長老は煙草を吸うようにその棒に吸い付き、口を離すと、火を囲んでいるみんなのほうへ煙を吐き出した。煙を吸い込んだウロタス族は力が抜けたように地面に膝を着き、目を閉じて口元を緩ませた。みんな快楽に溺れているような顔だ。長老は骸骨の模様が刻まれたつぼを持って1人1人に歩み寄り、そのつぼの中に呼気を吐き出させた。すると、辺り一面がきらきら光り出す。ウロタス族はみんな踊り出した。大声で歌いだす者や笑い出す者もいた。その肌が浅黒いアジア人に似た人たちはみんな満面の笑みを浮かべている。地面のところどころに花が咲き、温かい光に包まれて、花香の意識の中のウロタス自然公園の景色が真っ白になり、彼女の意識も心地良く温かい光に包まれた。

景色が真っ白になる直前、遠くからこちらを見ている黒い人影が見えたような、そんな気が…。黒いマントを羽織った骸骨の顔をした男。気のせいだろうか。

「君もこんな苦難も憂鬱も無い楽園で暮らしたいかぁい?」

とぼんやりとしてきた意識の中でそう聞くティムの声がした。

「はい…」

と花香は答えた。

「君はこの上ない幸福を感じるだろう。だけぇど、楽園のウロタス族のように苦難、憂鬱から解放されぇると自由になれるけど、人によっては羞恥心も無くなってしまぁう。あと、ある約束を守らないと、大変なことになぁる。後悔しない自信はあるかね?」

「あります」

と花香は答えた。

「では、唱えるんだ。自分が幸せだったときのことを思い出しながら唱えるんだ。『オナーよ、この地を楽園に変えよ、心の地獄を取り除ぉき、つぼの中に封印せよ』とね」

ティムがそう言うと花香は唱えた。

「オナーよ、この地を楽園に変えよ。心の地獄を取り除き、つぼの中に封印せよ」

花香は幸せだったときのことを考えた。

高校の修学旅行で沖縄へ行ったあの3日間…。継母の家から解放されて最高だった。

大学1年のとき、理圭と他の数人の友達とカラオケでオールした夜…。継母の家に一晩帰らないなんて最高だった。

成人式の日の夜に処女を捨てたこと…。春夫くんのおかげでセックスはいいものだと知ったあの夜。

そして、何より、アメリカでの留学が決まった日…。赤坂にあるアメリカ合衆国大使館でVISAの申請をして、とうとうVISAが発行された日。6週間も継母の家を離れることが出来るんだ!と思ったあの瞬間。

ティムは骸骨模様のつぼを持ってきて、メダルのような金色の蓋を外した。壺の口を花香の口元にそっと近づける。花香はその中にふうっと息を吐いた。紫色っぽく染まった煙のような呼気がつぼの中に吸い込まれていった。体が芯から軽くなったような感じがした。そして、遠足前夜の小学生のようなわくわく感。花香はすごく高揚していた。


 花香の呼気を吸い込んだつぼに金色のメダルのような蓋を閉じると、ティムはそれを差し出してきた。

「これを一生、大切に持っていて下さぁい」

挿絵(By みてみん)

花香はその湯沸かしポット程の大きさのつぼを受け取り、

「わかりました。あの、ある約束とは何ですか?」

と聞いた。

「そのつぼの蓋は、何が何でも開けてはなりませぇん!開けると大変なことになります」

ティムは、それ以上は何も教えてくれなかった。




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