第3章 オナーの儀式(Ⅰ)
第3章 オナーの儀式(Ⅰ)
8月29日、水曜日。
「実のママとパパは、私が4歳のときに交通事故で死んじゃったから、私は継母に引き取られたんです。両親が交通事故で死んだと知ったのは15歳のとき。ママとパパはずっと休暇旅行に行っていると聞かされていたので。
何不自由ない生活をしていたから、自分が不幸だと思ったことは無かったです、少なくとも小さいときは…。
義妹の郁美は私の5つ下で重度の自閉症で…。
いつも同じテーブルと同じ椅子で同じ食器で食事をさせたり、寝る部屋の布団も一切、ずれが無く同じ位置に敷いてやらないと大暴れするんです。今まで何度ひっぱたかれたり、髪を引っ張られたりしたことか。
そして、彼女は…いくつになってもおねしょやお漏らしが治らなくて。
面倒を見るのが本当に大変でした。でも、郁美が継母にご飯を食べさせてもらったり、色んなお世話されたりしてるところを見て、私は羨ましく思っていました。
なぜなら、私は実の親にお世話してもらっていたのは4歳までで、あんまりよく覚えてないんです。保育園でママとパパが迎えに来るのをずっと待ってたけど、いつまで経ってもママとパパが迎えに来なかった日のことはよく覚えてます…。寂しかったです…」
涙をこらえる花香。そんな花香を真剣に見つめるティム。彼はそっと花香の肩に手を置いて優しく微笑んで頷く。
花香は続けた。
「義兄の成亜は小さい頃はいいお兄ちゃんでした。よく一緒に鬼ごっこやかくれんぼをした…。でも、皮膚病を患っていて、それが原因で彼は小学校でいじめられて…不登校になったんです。成亜の肌はぼろぼろで身体中に吹き出物のようなものがたくさん出来ていて、髪や眉毛がはげてきて、見てもいられないくらいかわいそうでした。彼は家にひきこもってしまい、すごく太ってしまいました…。彼は中学生になっても家にひきこもって学校に行かなかったんです。成亜は15歳になった頃からなんだか、人が変わっちゃって…。私にセクハラをするようになったんです…。毎日のように…。そして、私が20歳になった今でも…」
そこまで話すと花香は顔に嫌悪を浮かべ、溜め息をついて俯いた。勉強のためというよりも開放感を求めてアメリカへ来たこともティムに伝えた。とにかく家を離れたかった。恋人の春夫が一緒に留学しようと誘ってくれたのだった。
「そぉれは、つらかったね。かわいそうに」
と同情を寄せるティム。花香はとうとう泣き崩れた。
「おいで…(Come on)」
とティムは両腕を広げてささやいた。花香は彼の胸に飛び込んだ。ティムは花香をきつく抱きしめた。
「これを飲みなさぁい、気分がよくなぁる」
ティムがテン・テンのそばのスターバックスでコーヒーを買ってきてくれた。ありがとうと礼を言い、花香は味の薄いアメリカのコーヒーをちびちび味わった。
気分が落ち着くと、ティムに気になっていたことを聞いた。
「あの…こないだの講義で見たウロタス族の動画、私すごく興味があって。あの儀式でバワーズ教授は苦難や憂鬱から解放されたんですか?」
「ああ、オナーの儀式かぁい?そうとも、私はウロタス族の土地に足を踏み入れ、あの洗礼を受けた」
とティムは答えた。
私も受けたい。こんな願いは叶うのだろうか。
「もし出来るなら、私も…そのオナーの儀式を受けてみたいです。ウィンストンバーグという街にウロタス族の土地があるんですか?そこへ行けば、受けられるんですか?」
花香は思い切って聞いた。
「ほほう、君も儀式を受けぇることを望むんだね。私の研究室にアモムの葉とオナーの儀式に使われる壺がありまぁすよ。受けてみたぁいですかぁ?」
ティムのまさかの返答。
「えっ!?ここで受けられるんですか?本当に受けられるんですか…?」
「もちろぉん!」
「じゃあ、お願いします」
「ついて来なさぁい」
ティムはそう言い、花香をキャンパス内の研究室へ連れていった。