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呪いのつぼ  作者: Satoru A. Bachman
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第1章 充実のキャンパスライフ(Ⅲ)

 第1章 充実のキャンパスライフ(Ⅲ)


 みんなが頑張って聞き取った単語を書きとっている間にもティムは一輪車で教室中を走り回っている。

 英語のナレーションによると動画の中で焚火を囲んで行われていることが『オナーの儀式』というそうだ。長老と思われる長い白髭の爺さんが出てきて、葉巻のような長く太い茶色い棒を口にくわえて焚火の火でそれの先端を燃やした。

ナレーションによるとそれはアモムという葉を巻いたものだそうだ。

長老は煙草を吸うようにすうっとその棒に吸い付き、口を離すと、火を囲んでいるみんなのほうへ煙を吐き出した。煙を吸い込んだウロタス族は力が抜けたように地面に膝を着き、目を閉じて口元を緩ませた。快楽に溺れているような顔だ。長老は骸骨の模様が刻まれた壺を持って1人1人に歩み寄り、その壺の中に呼気を吐き出させた。


「こうして、彼らは苦難や憂鬱というものから解放され、幸せに暮らしているのです」


ナレーションと動画が終わり、画面が暗くなった。ティムは教室の電気を付けた。

「危ない民族だなぁ。あれってドラッグじゃないのか」

とヤリが言うと春夫や周りの男子学生が笑い出した。


「ドラッグじゃないでぇす。アモムの葉には快感物質が含まれているのでぇす。さあ、みんなはいくつの単語を聞き取れまぁしたかぁ?」


陽気に言うティム。

苦難や憂鬱から解放された人生を送れる。そんな儀式が本当にあったらいいなぁ。動画のウロタス族の儀式のことなんて半信半疑でありながら花香はそう思った。


 講義の最後はお決まりのティムのミュージックセラピーだ。ヒットソングや有名な映画音楽の替え歌をティムはアコースティックギターで弾き語りをする。皆を元気づける歌詞だ。昔、病弱でうつ状態だったティムは高校から大学時代にかけて陸上競技で体を鍛え、少しずつ身も心も丈夫になっていった。自身の経験から、ティムは教授でありながら人を癒すためにセラピストもやっている。



 午後3時に講義が終わり、学生たちがテン・テンから出ていく。赤毛で青白い顔をした警備員のタムが

「また明日~、バーイ」

と目をかっと開いて口をタコのように尖らせて変な顔をしながらみんなに手を振っている。

花香、春夫、ヤリ、レオン、理圭もテン・テンを出て、タムに挨拶をした。

「さよなら(See you)、タム!」


 5人は寮への帰り道にCVSというスーパーマーケットに寄って、ペプシとドリトスとレイズのポテトチップスを買った。花香はハーシーズのチョコレートバーも買った。5人で仲良くウェストウッドの街をてくてく歩いてリーバーホールへ戻った。

 

 ディナーの時間まで春夫と花香とヤリはキャンパス内のプールへ行った。

理圭は1人で寮に残って「デイ・オブ・ザ・デッド」というゾンビ映画を観ている。レオンはまたブルイン広場のほうへ“ビラ配り”に出かけた。彼は宗教のことしか頭に無いようだ。


 春夫とヤリがプールで泳いだり、男2人ではしゃいだりしている間、花香は日焼け止めを手足や顔に塗り、プールサイドチェアに座って日向ぼっこをした。真っ青な透き通った空を見上げてリラックスした。からっとした空気とそよ風が気持ちいい。ロサンゼルスの気候は、湿気が無いから少しでも外で体を動かすと喉がすぐにからからになる。

「花香もプール入ればいいじゃん!」

と春夫が呼ぶ。

「私はいいの。疲れちゃった」

花香はゆったりとしながら目を閉じた。その数秒後、彼女は今自分が、男子2人が遊んでいるプールの方へ足を向けて座っている状態であることにふと気づいた。びくりとして体を起こし、ミニスカートの裾を引っ張り、腿を出来る限り覆うようにした。そして、何事も無かったかのようにまたゆったりとプールサイドチェアに寄りかかって目を閉じた。


大丈夫、きっと見られてない。彼女の服の下の秘密を。

そんなちょっとした心配事はすぐに頭の中から振り払った。


こんな歳にもなって、おむつをしているのがバレてしまうのではないかとヒヤリとすることはよくある。

 そして、目を閉じたままティムが講義中に見せてくれた動画のことを考えた。

オナーの儀式…。

苦難や憂鬱から解放される…。

いいなぁ、私もそんな洗礼を受けてみたい。

UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)での滞在期間は半分を切った。まだまだ日本には帰りたくない。



 午後7時。

花香は春夫とヤリと3人でリーバーホールを出て、白い壁の寮の建物が並ぶパームツリーの並木の通路を通って、小高い丘になっているそこから階段を降りた。そして、広場に出てその先にあるコヴェル・コモンズという食堂に入った。建物全体も照明の配置も円を描くような形の綺麗な食堂だ。

 ディナーもビュッフェだ。ペパロニピッツァ、ミートソースのかかったマカロニ、チキンサラダ、ハンバーガー、苺、ヨーグルト。ミニッツメイド、ペプシ、ルートビア、アイスティなどが揃ったドリンクバー。みんなトレーと皿を取ると好きなものを食べたいだけ皿に盛り、氷を入れたコップにジュースを注いだ。3人は先に食堂へ来ていた理圭とレオンとエレナと合流し、食事を楽しんだ。

「ティム爺さんは全くクレイジーだ。今日も一輪車に乗ってジャグリングしてたな、教室で」

ヤリが笑いながら言った。

「ああ、あんな教授、初めて見たよ。日本にはいないねぇ」

春夫がそう言うと、隣でうんうんと花香が頷いた。

「いやいや、アメリカでもティムは変わってるほうさ」

とレオンが人差し指を立てて振りながら言った。

「今日のアメリカ先住民の動画、あれ凄くなかった!?」花香が言った。

「オナーの儀式だっけ?あれって、ドラッグじゃないのか」

隣の春夫が疑わしそうに言った。

「苦難も憂鬱も無くなったらいいじゃん!私もアモムの葉、吸ってみたいなぁ」

花香がそう言うと、

「ならスキッドロー(ロサンゼルスの商業地区にある治安の悪い地域で、麻薬常習者も多い)へでも行くがいい」

とレオンがブラックジョークを飛ばした。

 ディナーの後は春夫とヤリが滞在しているリーバーホールの517号室にみんなで集まって、先ほど買って来たドリトスとレイズのポテトチップスを広げて食べながらトランプやモノポリーをやった。しばらくして、レオンがこっそり持ってきたバドワイザーで春夫とヤリは少し酔っ払ってしまい、腹を突き合ってじゃれ合い始めた。賑やかな男子寮で楽しんだ後、花香と理圭とエレナは407号室へ戻った。


23時過ぎ。理圭はまだ寝ないようで電気が消えた部屋で机の照明をつけて、また「IT」を読んでいた。

「寝る前にそんなの読んで怖くないの?夢にピエロ出て来ちゃうよ」

と花香が言うと、

「この物語に出てくるIT(それ)はピエロじゃなくて、人の内面の恐怖なんだよ~…」

と理圭がトーンの低い声で言った。

「ふーん」


花香はベッドで目を閉じて考えた。

セラピストであるティムに色々と話を聞いてほしい。彼女の悩みやアメリカへ来た理由とか。それから花香もティムに聞きたいことがあった。「オナーの儀式」を受けてどうなったのか。明日はスラングの授業だから次にティムに会えるのは明後日か。

花香は眠った。


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