第5話 帰りを待つ者(シェーラ視点)
「シェーラ様!ご無事ですかっ!」
ルッシュ様がここを去ってから一分もしない内に、騎士達が現れた。
「えぇ、私は大丈夫です。それよりも今は他の者達を医者にお願いできますか?」
私は簡単に自分の無事を伝えて、すぐに失神している者達や怯えきっている者達を医者に診てもらうように言う。
「わ、分かりました!ジェント様!シェーラ様が見つかりました!」
騎士散々たる状況に少し動揺しつつも、他の騎士に声を掛け、行動を始める。その騎士の中に聞き覚えのある名前を聞いた。
「ジェントお兄様?」
私は思わず名前を呟く。すると、鎧がぶつかりながらもこちらにやってくる騎士が見えた。
「シェーラ!」
そして現れたのは、長身で私と同じ髪色の男性。私の兄、サウナット家次男、ジェント・サウナットだった。
「ジェントお兄様がいらして下さったのですね。ありがとうございます」
私はジェントお兄様に向かってお辞儀をするが、ジェントお兄様は礼儀などを忘れた様子で私に前で片膝をつく。
「シェーラ!、怪我は!怪我は無いね!?大丈夫だったかい?」
ジェントお兄様の動揺具合に私は驚いたが、それ程心配させてしてくれたのだろうと思い、出来る限り笑顔で返答した。
「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けしました。痕が残るような怪我は何処にもないと思います」
「そ、そうか……よかった、よかったよ。ぶじでよかった」
私の笑顔を見てジェントお兄様は、安心したように体の力を緩め、涙を流し始めた。そんな時、多くの騎士が到着し、担架に私と共に捕らわれていた人を乗せて、運び出し始めた。そしてこんな場所で長話をするのは好ましくないと言う事で、やっとの事で涙を止めたジェントお兄様と共に、馬車に乗って本宅へと向かっていた。
「ジェントお兄様は本宅にいらっしゃたのですね」
「あぁ、父上に話があってね。その件でクーナを呼んでしまったんだ。その瞬間にこんな事になるなんて……」
ジェントお兄様があそこまで心配していた内の一つが分かった。なるほど、誘拐された要因の一つに自分が絡んでいたからなんだ。確かに、あの場に私の護衛であるクーナがいたならば、私が誘拐される事はなかった。その確信がある。けれど、だからと言ってジェント兄様に怒るはずがない。それがもしも故意であるならば別だけれど、偶然に起きてしまった事はどうしようもないのだから。
「もう起きてしまった事はどうしようもありませんよ。あの時家に戻る選択肢があったのに、戻らなかったのは私ですから、ジェンドお兄様が悪いと言う訳ではありません」
「ジェント様、シェーラ様、そろそろ到着いたします」
御者の声に私とジェントお兄様は会話をやめて下車の準備をする。ジェントお兄様の顔にはまだ罪悪感の色が残っているが、私はジェントお兄様が悪いのではないと伝えた。これ以上言っても気を使わせてしまうだけで、気持ちを変える事は叶わない。ならばこれ以上この話をするのはやめにしよう。
「「お帰りなさいませ」」
「お帰りなさいませ、ジェンド様。ご無事で何よりです、シェーラ様。夕食後、御当主様が話をしたいとの伝言を預かっております。よろしいでしょうか?」
入口の扉が開くと、数人の使用人が綺麗な礼をして出迎えてくれた。私とジェントお兄様はその間を通ると、少し奥から家令である初老の男、オルドー・フィディアスが深い礼と共に現れ、丁寧な言葉でいつも通りに告げる。
「分かったわ、お父様の書斎で良いかしら?」
別に迷惑を掛けたい訳ではないが、今の今まで誘拐されていたのにまるで何事もなかったように進められると、もう少し労わってくれても良いのでは?と思ってしまう。だが一切顔には出さないよう、顔を力ませながら話を終わらして、この場を後にし、一度自室に帰る事にした。きっとそれを待っている者がいるであろうから。侍女の追従を断って自室に向かうと、扉の横で目を伏せながら侍女服姿の女性、クーナ・フィディアスが、くすんだ水色髪を一本も揺らさずに直立していた。私は、その姿を見て苦笑しながら近づく。そして後十歩と言う所で、クーナは静かに体をこちらに向けた。私は残り五歩といった所で立ち止まり、クーナの顔を見ながら話しかける。
「クーナ、今帰ったわ」
「はい。お帰りなさいませ、シェーラ様」
これは重傷だわ……。私はそう思いまた苦笑した。クーナは外での表情があまり豊かではないが、今回はいつも以上に表情が無い。堪えていると言うよりは、疲れ果てているといった風であった。きっと私がいない間、捜索に明け暮れていたのだろう。ジェントお兄様の話では、騎士団から私の情報を最初に得たのは所属しているジェントお兄様ではなく、クーナであったと聞く。
「取り敢えず一緒に部屋へ入りましょう、クーナ」
「……はい」
クーナは数瞬思案しながらも、扉を開けてくれる。私はその扉をくぐり、自室に入る。クーナはまだ部屋に入ることを考えていたようであったが、私が腕を掴み、強引に部屋に引き込んだ。そして扉を閉めると、私はクーナに向き合う。するとクーナは、私が何を言おうとしているのかが分かっているかのように、私より先に言葉を発した。
「シェーラ様!私は、貴女様をお守りする事が出来ませんでした。お見つけする事が出来ませんでした。お助けする事が出来ませんでした。それでも、シェーラ様がご無事で見つかったと聞き、会いたいと、思って、何も出来なかったのに、シェーラの前に、出てしまった。シェーラを守らないといけなかったのに、何も出来なかったのに、まだシェーラの護衛として、シェーラに、会いに来てしまいました。……本当に、ごめんなさい」
クーナは最初こそ体裁を保っていたが、次第に涙を流し、足を震わせていた。それは心からの謝罪であった。私は、クーナが悪いと欠片も思っていない。クーナはフィディアス伯爵家からサウナット公爵家へ奉公に来ている為、お父様に呼び出されたら断れるはずがないのだ。けれどクーナにそう言った所で何の意味もない。だからと言って形ばかりの怒りや罰を与える気もない。確かに表向きの関係は、主人の令嬢と護衛兼侍女、公爵令嬢と伯爵令嬢。でも、私にとっては数少ない心を許せる相手で、大切な親友。二人だけの空間で、主人の令嬢として何かする気はなかった。
「クーナ。私はクーナが悪い何て少しも思ってないわ。まだ家へ帰らないと言ったのは私だもの。それにジェントお兄様の話では、私の場所の情報を最初に得たのはクーナらしいじゃない。ずっと探していてくれたのでしょう?とても嬉しいわ、ありがとう」
「ですが、私は……」
「ですがも何もないわ。貴方、私に会った後、ここを出るつもりだったでしょう?」
「どうして……」
「見れば分かるわよ、そんなことぐらい。何年の付き合いだと思っているの?……私はクーナと離れたくないわ。気軽に、楽に話す事が出来るのは貴方ぐらいよ。私は少しわがままだから、クーナが多少嫌がる程度じゃ離さないわよ」
「……シェーラ」
「クーナ。私の護衛で、侍女で、親友のクーナ。まだ、私と一緒にいてくれないかしら」
私は最後に少し多めに息を吸って、クーナの顔を見る。ここまで言ったが、正直クーナがこのまま残ってくれるかは分からない。少し怖くなって、多少なら離さないと、保険もかけてしまった。親友として話すつもりであったのに、最終的には主人の令嬢の圧に近かったかもしれない。でも、クーナには離れて欲しくなかった。私の視線の先のクーナは、私の言葉をかみしめるように瞼をギュッと閉じていたが、やっと瞼を開けて、こちらを見てくれた。その瞳は涙に濡れながらも、とても強い意志を帯びていた。
「シェーラ。こんな私に、離れて欲しくないなんて言ってくれてありがとう。……私もシェーラから離れたくない。だから、私は今度こそ、護衛として侍女として、そして親友として、シェーラを守るよ」
「クーナ!」
私は感極まり、クーナに飛びついた。クーナはそれを受け止めてくれたが、足に力が入っていないからか、簡単に私に押し倒された。
「シェーラ、ありがとうございます」
「クーナも、離れないでくれてありがとう」
私達はそのまま数分間抱き合ったが、体に力が入るようになったのか、クーナが突然私を抱えたまま立ち上がった。
「わっ!クーナ!?」
「私もシェーラの侍女に戻ったのだから、しっかりと働かないと!まずはシェーラ様は湯あみをしましょう。……臭いですよ?」
「なっ!」
私は、泣いた事で赤くしていた頬をより濃く染めた。
「ク、クーナ!言い方って言うものがあるでしょう!?」
「匂い立つ?」
「も、もう!クーナのばかぁ!!」