第四話 マグロのカルパッチョ
兎にも角にも梅雨。長引く梅雨に梅の実も顔を真っ赤にして怒ってらっしゃる。こんなにもジメジメとした季節はさっぱりとしたものが食べたくなる。
「パーッチョパチョパチョ。」
後ろの席ではジャスティス君が今日も陽気だ。
「こんなにもジメジメとした季節はさっぱりしたものが食べたくなるパチョねー。」
語尾が変な人に思考の言葉尻を取られたかのような独り言をされる。とても怖い。
「よーしこんな時はおやつにマグロのカルパッチョを食べるパチョ。」
流石ノルウェーと日本のハーフ、おやつですら魚介類を食べるのか。
カショッ。プシュッ。
マグロのカルパッチョをつくるには似つかわない音が二つ鳴り響くき、私は後ろを振り返る。振り返り美人だ。
「持木さんも食べるかい?」
開いた扇子のような笑顔で教室には相応しくないものを両手に持つジャスティス君。落ち着いて一つずつ紹介していこう。右手にはツナ缶。カショッの音はツナ缶を開けた音だろう。続いては左手、レモンスカッシュ。プシュッの音は炭酸の音だろう。
「ジャスティス君は何をしようとしているの?」
何を作ろうとしているの?とは聞かない。何か作ることができる素材では無いからだ。もしなにか作れるとしたら、夏休みの工作ぐらいだろう。
「マグロのカルパッチョだよ。」
私の予想に反して彼は食品を生み出そうとしている。恐らく彼は、ツナ缶とレモンスカッシュが余っている世界線のSDGs担当大臣であろう。偉大だ。
「持木さん。マグロのカルパッチョってどうやって作るか知ってる?」
ジャスティス君は有能家庭教師ばりに一つの疑問が解決すると同時に新しい疑問を投げかけてくる。
「えーと。私は、オリーブオイルとレモン果汁と砂糖で作ったソースをマグロにかけて、最後にブラックペッパーをかけて作るかな。」
当たり障りの無いレシピを有能家庭教師ジャスティス先生に回答する。
「greit。」
ネイティブの発音で褒められる。嬉しい。
「では、ジャスティスお手製マグロのカルパッチョを披露してあげよう。」
そう言うと、ジャスティス君は手に持っていたレモンスカッシュをツナにかけはじめた。
「最後にブラックペッパーを振ってと。どうぞご賞味あれ。」
ツナにレモンスカッシュと黒胡椒をかけたものを提供される。愛しのジャスティス君の手料理だ。たとえ自己免疫疾患に罹ったとしても食べるしかない。意を決して一口食べる。う、うまい!これはツナの油がオリーブオイルの代わりになっていて、レモンスカッシュがレモン果汁と砂糖を担っている!そしてツナ!もちろんこいつがマグロだ!原材料が同じなのだ!至極真っ当な料理だ!今まで私は安くないお金を出してマグロやオリーブオイルやレモンを買っていたことを後悔した。ブルーになった。感情が無くなった。そして恐らく今晩はジャスティス君に抱かれてもマグロのように振る舞うだろう。