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キミの秘密も愛してる  作者: シェリンカ
第四章 どうしても惹かれる気持ち
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1 キミがいない日々

 宣言したとおり、海君は本当にその次の日から、私のところに来なくなった。


「私はどうってことないよ」という強がりと、「少しは一人でもがんばらなくちゃ」という独立心から、私は海君がいない間に引っ越しをした。

 

  手伝いに来てくれたみんなには、「あれっ? 海君は?」と散々聞かれたけれど、「何か用事があるみたい」となんでもないようにさらっと答えた。

 

「女の子から電話がかかってきて、どうやらその子のところに行ったみたい。しばらく私のところには来れないんだって」


 なんて、絶対に言えない。

 

 可哀相なんて思われたくなかったし、自分だってそう思いたくなかった。

 貴子に、「そんな男はやめておけ!」と叫ばれたくもない。

 

 でも、これまで毎日一緒にいた海君と会わないということは、寂しいというよりも、不満というよりも、なんだか不思議な感じだった。

 

 朝、大学に行こうと思って玄関のドアを開ける。

 ――道の向こうに、海君の姿はない。

 

 大学から帰る時、正門の前で、思わず明るい色の少しクセがかった髪を探す。

 ――やっぱり、海君はいない。

 

 思わずため息が出てしまうほどの、喪失感。

 

(このまま、もう会えなかったりして……)


 根拠の無い不安でさえ、打ち消すことができない。

 

(だって私たちには、確かなものなんて何もないんだもん……)


 改めてそのことを、思い知らされたような気分だった。



 

 前期も終わりに近づいた大学の講義は、そろそろまとめの時期に入っている。

 半分以上講義に出ていなかったんだから、こんな時こそしっかりと遅れを取り戻さないといけないのに、私の頭の中には常に海君のことしかない。

 教授の声は頭のどこかを素通りしていくばかりで、私は気がつけばいつも、窓から空ばかりを眺めている。

 

(あーあ、悔しいな……)


 ペンを持ったままの右手で頬杖をついて、軽く頭を振る。

 ――払っても払っても浮かんでくるのは不安な気持ちだった。

 

 誰がどれくらい誰のことを思っているのかなんて、結局は比べようもないから、安心もできないし、油断もできない。

 

(私が思うくらいに、海君は私のことを好きなのかな? ……本当はもっと好きな相手が、他にいたりしないかな?)


 考えれば考えるほど、何の根拠もない不安はあとからあとからからどんどん湧いてくる。

 

(こんなはずじゃなかったのになあ……)


 講義に集中しようとするけれど、頭の中では、情けない思いばかりが大きくなる。

 

 これ以上頭と体が別々の作業を続けることに無理を感じて、私は諦め、ペンを机に置いた。

 もう一度、講義室の窓から見える青い空を見上げてみる。

 

 海君がいない間に、空は日一日とその色を濃くしているようだった。

 

(もうすっかり夏だな……)


 二人で行ったあの初夏の海は、今頃たくさんの人でごった返しているんだろう。

 

(もう一度、二人で行けるかな……? 今度はあの砂浜を、手を繋いで歩けるかな……?)


 私をふり返る海君の笑顔を思い出すだけで、胸が締めつけられるように痛くて、どうしようもなかった。

 

(誰かを好きになるって、こんなに大変なことだったかなあ……?)


 目を細めて、太陽を見上げる。

 私にとって海君は、この光よりも眩しい存在。

 

 頭をひねって、いくら記憶をたどってみても、こんなに大きな想いを抱えたことは、今までなかった気がする。

 

(まさか、『こんなに好きになったのは初めて』なんて嘘っぽいセリフ……本気で頭に浮かぶ日が来るなんて、思わなかったよ……!)

 

 自嘲するように、降参するように、私は講義そっちのけでいつまでも空を眺めていた。

 その向こうに思い出す海君のことをいつまでも考えていた。



 

「ねえ……やっぱりおかしいって……!」


 アイスコーヒーのグラスをストローでかき混ぜながら、愛梨は組んでいた足を左右組替えて、声高らかに主張する。

 

 かなり丈の短いそのスカートを、眉をひそめて見ていた貴子も、チラリと私に視線を流しながら、うんうんと頷いた。


「私も同感だ」

「でも……何かわけがあるのかもしれないでしょ……?」


 私の代わりに返事してくれる花菜は、今日もみんなのお皿におかずを取り分けている。

 昼食時のお給仕役は、もう彼女以外には考えられない。

 

「だってあんなに毎日来てたんだぞ?」

「それがパッタリって……ねえ?」


 花菜のフォローも虚しく、それでも貴子と愛梨は私に問いかけるような視線を向ける。

 

「絶対おかしいって……!」


 確信するように頷かれて、私は正直、たいへん困っていた。

 

 いつものカフェテリア。

 私が作ったお弁当にプラスコーヒーという形で、私たちは四人は今日も遅めの昼食を取っていた。

 

 近くなった試験の話や、私が急いで詰めこまないといけない講義の内容。

 今年はもう諦めるしかなくて、来年にまわさないといけない単位の話。

 ――話題はたくさんあるはずなのに、なぜかみんなの話は、すぐに海君のことへと流れていく。

 

 海君が私のところに来なくなってから、十日が経っていた。

 

 それまでが毎日毎日、正門の前で私を待っていてくれただけに、みんなの疑問が尽きることはない。


「ねえ……なんで海君来なくなっちゃったの?」

 

 いくら聞かれても、自分自身その答えを知らない私には、小さく首を傾げて、「さあ……」と答えることしかできない。

 

 みんなは私が何かを隠していると思っているのかもしれないが、本当に私には、「わからない」としか答えようがなかった。

 

「ま、いいさ。真実のことだったら、私がちゃんと守るし……」


 引っ越しして、同じアパートの住人になった貴子は、長いサラサラの髪を耳にかけながら、わざと意味ありげな含み笑いをする。

 

 貴子の真正面に座っていた愛梨は、綺麗に手入れされた眉をほんの少しだけ上げて、同じく意味深な言い方をした。


「へえ……ひょっとしてそうじゃないかと思ってたけど、やっぱり貴子ってそうだったんだ……」


 私はわけがわからず、隣に座る愛梨の顔をのぞきこむ。


「どういうこと?」

 

 でも愛梨はニヤニヤと笑っているばかりで、何も答えてくれない。

 貴子も同様。

 首を捻るばかりの私を見かねて、花菜がそっと耳打ちしてくれた。


「つまり……貴ちゃんは、真実ちゃんが好きってことよ」

 

(…………?)


 私だって貴子の事は大好きだ。

 それをどうしてこんなに、こそこそと話さなければならないんだろう。

 

「それが……どうかしたの?」


 首を傾げながら言いかけて、ようやくみんなの何か含みのある表情の原因に思い当たった。

 

(え? でも、まさか……?)


 疑惑の思いで目を向けた貴子は、なんとも言えない真剣な表情で、私のことを見つめている。

 

「ええええええっ!?」


 悲鳴を上げて、椅子を倒しながら私が立ち上がった瞬間、三人は申しあわせたように、お腹を抱えて大笑いを始めた。

 

「嘘だよ。嘘」

「もう……冗談に決まってるでしょ!」

「真実ちゃんダメだよー。そんなに簡単になんでも信じちゃー」

 

 楽しそうに笑い転げる三人を前に、私は真っ赤になって叫んだ。


「もうっ! 私はみんなのおもちゃじゃないのよっ!」

 

 こぶしを握りしめて叫んだ途端、私をからかってばかりいた海君の顔が、一瞬、チラッと頭をかすめた。

 

 悪戯っ子みたいな顔。

 私を見つめる笑いを含んだ瞳。

 嬉しそうな満面の笑顔。

 

 悔しいくらいにあまりにも脳裏に焼きついていたから、私はぶるぶると頭を振って、その面影を追い払う。

 

(別に平気だもん……海君がいなくっても、私はどうってことない……!)

 

 わざわざ自分に言い聞かせているあたりが、もう全然平気ではないのだけれど、私はそれでもまだ、強がりを貫きとおす。

 

(……負けないもの!)

 

 海君の秘密にも。

 彼を恋しがる自分自身にも。

 ――その強がりがいったいいつまで持つのかは、もはや微妙な段階だった。



 

 大学からの帰り道。

 みんなと一緒に買い物に行った時、一度だけ海君によく似た人を見かけたと思った。

 

 歩いていた私たちと、すれ違うように反対向きに走り抜けて行ったタクシー。

 初めて会った夜に、海君がタクシーから降りて来たことを思い出して、私はドキリとした。


(……まさかね?)

 

 一瞬だけ見えた、後部座席の人が海君に見えた。

 

 でも、背もたれに体を預けるようにして寄りかかる姿。

 堅く閉じた目。

 透きとおるほどに白い顔。

 ――その全てが、私の知っている海君とはあまりにもほど遠い。

 

(そんなわけないか……)


 そう結論づける。

 でも何かが心に引っかかる。

 

(あれ? ……でもあんなふうに、あまり顔色のよくない海君を……私、どっかで見たことなかったっけ?)

 

 細い記憶の糸を必死にたどろうとした。

 その時――

 

「真実ー、何してるの? 置いてっちゃうよー?」


 私を呼ぶ愛梨の声がした。

 

 さっきまで四人で並んでいたはずなのに、気がつけばいつの間にか、私だけが取り残されている。

 慌てて追いかけ始めたら、考えごとは中断せずにいられない。

 

「ははーん。あいつのことを考えてたな?」


 貴子がわざと意地悪に、唇の端をほんの少しだけ上げるようにして笑うから、それに対抗するように、答えずにはいられない。


「そっ、そんなことないわよ……」

 

 海君について考えることを、放棄せずにはいられない。

 

「本当かー?」

「本当だもん!」


 大急ぎで走ってみんなに追いつく。

 

(本当に私は平気なんだから! 海君がいなくたってどうってことないんだから!)

 

 私の虚しい悪あがきは、自分だけじゃなく三人にもきっと、もう筒抜けだった。


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