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薄いグラデーション

作者: ニシデイニ

 頭が痛くて目が覚めた。デジタル時計は7時32分を映していた。砂漠ぐらい口が乾燥している。とりあえず体を起こして歯磨きをしながら、昨日のことを思い出そうと思う。歯磨き粉をたっぷりつけて、電動歯ブラシのスイッチを押した。ガガー


「一時停止の標識が天一の看板に見え出したら終わりだな」

 車を運転しているケイが笑いながら話しかけてきた。僕たちは正午前に集合してそのラーメン屋に向かっていた。

「この前マルから聞いたんやけど」

 マルは僕たちの共通の友達だ。

「なになに」

 ケイがこちらを向いた。

「マルが乗ってる車に標識を自動で認識して止まる機能があるんやって。で、その車が天一の看板の前で勝手に止まるらしいよ。それで、あいつほぼ毎日ラーメン食ってるみたい」

「え、その車が一時停止の標識と間違えて停止するってこと。でも止まっても車から降りんでいいやろ。もう一回発進したらいいやん。あほやなマル。」

 ケイは僕の話にいつも笑いながらのってくれる。

「それが、ラーメン食って息をハンドルに吹きかけんと動かんらしい」

「嘘やろ。でも、マルの息を吹きかけられるなんて可哀想やその車が」

「でもその車がそうさせてる訳やし」

「変な車やな」

「まだローン残ってるから買い換えれんらしい」

「ラーメン屋と車会社の陰謀かもな」

「信じるか信じないかはあなた次第です」

「誰が信じるか」

 笑いながら大きい声でそう言った。ケイの口から唾が飛び出した。唾がハンドルについた。車はエンストした。ガガー。可哀想な車。僕はくだらない嘘をつくのが好きだ。

 

 ラーメン屋についた僕たちは、テーブルに座りいつも通りの注文をした。ケイはラーメンに酢やラー油など、テーブルにある調味料で必ずカスタマイズをする。辛いものが苦手な僕は、出されたままのかたちで食べる。

「絶対入れたほうがうまいって」

 ケイは必ずカスタマイズを進めてくる。22回目だ。辛いものが嫌いになった理由を説明するのが面倒だからいつも無視をする。無視されたことが気にならないほど美味しいのか、穏やかな顔でラーメンを食べている。ほとんど同じタイミングでラーメンを食べ終えた。

 僕たちの休日はなかなか合わない。二人とも日曜休みではない会社で働いているからだ。2、3ヶ月に一回遊べればいいほうだ。ラーメンを食べてサウナに行く。それが僕らの遊びのルーティンだ。ラーメン屋の後にコンビニに行ってタバコを吸うなどの細かいルーティンもあるが、それを書くと話が進まないので省かせてもらう。僕は大雑把だ。

 

 ケイはいつもバッグを持っている。バッグには財布やタバコなどいろんなものが入っている。と思う。実際に中を見たことはないし、見たいとも思わない。僕は財布をジーンズのポケットにタバコを胸ポケットに入れている。荷物が増えるのが嫌いだからだ。そのせいでシャツを選ぶポイントに胸ポケットがついていることが追加された。しかし、それを差し引いてもバッグを持つほうが嫌いだ。僕の中でバッグを持つことはトマトの次に嫌いだ。幼稚園の頃に、お泊まり会でトマトを食べた後に嘔吐したことがある。幼少期の数少ない記憶にその嫌なエピソードが鮮明に記録されている。嘔吐をして、横になっている僕を可愛らしい保育士が心配していた。トマトのせいで、いつもにこやかな保育士の顔が、何かを恐れた顔に変化した。かわいい保育士を奪ったトマトが嫌いだ。

 

 サウナの入り方にはルールがある。まずサウナに8分入る。その後に水風呂に1、2分入る。そして外気浴をする。これを3、4セット繰り返す。真夏でも真冬でもこれは変わらない。ケイとはこのルールが合う。お互いに無理をせずにサウナに入れる。これは友達を選ぶ際に重要な問題だ。これが合わない人とは、心から話せないだろう。そのぐらい僕にとって重要だ。

 

 サウナ内のテレビでは高校生の駅伝大会が放送されていた。知らない高校の知らない人が、ゴールを目指して一生懸命走っていた。

「速いな。あんなに早く走れたら。気持ち良いだろうな」

 汗だくのケイがテレビを見ながらそう言った。

「最近、走ることないもんな」

 僕たちは同じ高校の同級生で野球部に入っていた。強くもなく弱くもない、いわゆる普通のチームだった。僕はキャッチャーでケイはショートを守っていた。ケイはエラーをすると、帽子を触ってその後に股間を触る癖があった。何年か前に当時の野球部のメンバーで集まり、最後の試合の映像を見る機会があった。8体7で負けたが、いい試合だった。点を取られては取り返し白熱した試合だった。ケイは4打数4安打の活躍で次の日の新聞に写真付きで載った。しかし、僕たちがその映像で一番盛り上がったのは、ケイのエラー後の癖だった。笑いながら何度も巻き戻して、また笑った。何人かは涙を浮かべながら笑っていた。ケイはサウナを出た後に水風呂と間違えて、普通の温泉に入った。間違えたことに気づくと、被ってもいない帽子を触った後に、股間を触った。ケイはあの頃と何も変わっていなかった。

 

 風呂屋を出ると、スーパーマーケットに付属している喫茶店に入った。初めて行くその喫茶店では、まだ外が明るいというのに、おじいさんが一人でビールを飲んでいた。そのおじいさんもテレビで駅伝を見ていた。一人で笑いながら見ていた。その人なりの駅伝の楽しみ方があるのだろう。駅伝を見ているだけで幸せそうなおじいさんが、少しだけ羨ましく見えた。あと一口で終わるビールぐらい少しだけ。

 その喫茶店で出されたアイスコーヒーの氷は、スーパーファミコンのアダプターぐらい大きくて飲みにくかった。やっとそのアイスコーヒーを飲み終えると、おじいさんのせいで僕たちはビールが飲みたい口になっていた。会計をして喫茶店を出た。

 

 僕たちは居酒屋に入った。予約もしないで入ったが、席が空いていた。僕とケイは予約の電話が嫌いだ。散髪をする時もネットで予約をできる店を選ぶ。しかし、たいていそういう店の店員は散髪中に、機関銃のように話しかけてくる。僕が3発目で力尽きたことに気づかない。散髪に行くといつもくたくたになる。それから僕は、電話予約してでも静かな散髪屋を探すようになった。結局隣町まで行くことになったが、その店の店主は、髪型を聞くだけで後は、ハサミの音だけしか発さない。このような散髪屋はもっと評価されるべきだと思う。

 その居酒屋では、4、5杯のビールやハイボールを飲んだ。酔いが回ってくるとケイは誰かにメールをする。この後に行く、お気に入りの女性がいるバーだ。ケイはやっぱり電話予約が嫌いだ。


 夜の街の中を歩いてバーに向かっている。12月で少し肌寒い。しかし酔っていて温度計がバカになっている僕たちは、4月ぐらいの顔をして歩いていた。バーの名前は「アルトルイスト」といった。結局のところ僕たちは、ラーメンやサウナを口実にアルトルイストに行きたいだけだ。僕とケイの「ラーメンとサウナに行こう」はアルトルイストへ行く合図なのだ。 


 バーに入るとアサコさんから暖かいおしぼりを受け取る。手の毛細血管が暖まり一瞬でリラックスする。

「人間の血流の速さにいつも驚かされる」

 と僕は言った。

「変な人」

とアサコさんが言った。


 キープしているボトルには僕とケイの名前が書かれている。アサコさんがその焼酎で炭酸割りを作ってくれる。それを飲みながら3人で話しをする。酔いが周りすぎて何を話したのか、いつも思い出せない。多分、ラーメン屋に行ったことやサウナに行ったこと、喫茶店に行ったことを、嘘を交えて話しているだけだろう。僕たちが何故、アサコさんに惹かれているのか、そんなことはどうでもいい。アサコさんの「変な人」を聞くだけでいいのだ。と思う。


 気付いたら朝だ。歯磨きをしながら回想をする。22回目だ。ガガー




 

 

 

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