危機
『独狼』は、地位とは別の称号のようなものである。特注の制服と武器の所持を許され、命令への拒否権や、単独での行動も許可されている。
その称号を得るためには自力で戦功をあげるほかない。それだけに周囲は畏敬の念を抱き、『独狼』は自身の強さに絶対の自信をもっていた。
だからこそ、『恥を知れ』に手柄を譲られたうえに、敗北したことがシルバには耐え難い屈辱なのだった。
ムウラによって昏倒させられた彼女が次に目覚めたのは、『恥を知れ』の家族らにあてがわれた部屋であった。差し込む日は赤く、時間が経っているようだった。
粗末な部屋であり、運ばれてきた食事も口に合わなかった。彼らに手当までされているのに、偏見によって怒りすら抱いている有様だった。
「むう、私をこんなところへ……」
「こんなところで悪かったっすね」
生身のシェイがたたずんでいるのを認め、立ち上がろうとした彼女は頭に鋭い痛みを感じて座り込んだ。
「それの手当てだって、みんながやってくれたんすよ?」
抹殺せんとするムウラをどうにか説き伏せ、彼は彼女をここへ運び込んだ。
「うるさいのだっ、お前達の手当てが下手糞だからこんなに痛いのだ!」
「……どうしようもないすね」
内心思っていた通りとシェイは愚痴りたい気分だった。『恥を知れ』という面だけで彼らを判断し、聞く耳を持とうとしない。
それは程度の差あれ、ヴァイスタ達やエスケー、カサル国にも共通するものだった。
「みんなに手えだしたら本当に許さないすからね」
「黙るのだ! 今度こそお前を殺してやる!」
「勝手にしろっす」
シェイは背を向けて部屋を出た。
シルバは侮辱されたと感じ、急いでその後を追いかけた。
「あの薄汚い連中もなのだ!」
「はいはい」
研究所へ向かうシェイに続いて、シルバは執拗に脅迫を続けた。
ただ、さすがに彼が研究所の前へたどり着き、ヴァイスタに出迎えを受けると身を引いた。
「喜んでください、新しい任務が了承されました」
シェイは笑顔を見せようとしたが無理だった。帰還から一日も待たずに新しい戦場へ送られようとしている、研究者としては新しい機会を得られただろうが、当人にとってはうんざりするしかない。
「報酬はあるんすか?」
「もちろんです」」
「……今度はどこへ?」
拒否権は存在しない。シルバと、どこからか任務を聞きつけたエスケーらからの敵視を感じつつ、シェイはあきらめて切り替えようと努めていた。