怪物の凱旋
シェイは己の悲惨な現状を認識しつつも、要塞で待ち構えるニキン兵たちを倒すべく動いた。
作戦遂行の見返りは必要であるし、兵士として生きてきた経験が、使われる側はそうしたほうが得であるという現実的判断を与えていた。
ニキン兵たちは、基地奥へシェイを抵抗なくおびき寄せると、そのまま隠していた兵を用いて彼を包囲した。
「放て!」
同士討ちと基地への被害を避けるべく、時間差を置いて魔法と矢を放ち、突撃隊が槍を突き立てた。
シェイは素早く矢を一本掴むと、青い鎧へ変化して、天井を突き破り空高く飛び上がった。
「空なら身動きが取れないぞ! 落ち着いて狙えー」
そう叫んだ部隊長が弾け飛んだ。
彼の手から叩き込まれた矢がすさまじい威力を発揮し、一瞬にして密集していた兵たちを基地の一画ごと吹き飛ばしたのだ。シェイは手にした武器を強化する力を得ているが、その威力に武器自体が耐えきれず崩壊してしまう。投てきが最も効果的だと彼は判断していたのだ。
追撃なく着地を果たしたシェイだったが、すぐさま補充兵が現れて彼へ魔法を打ち込んできた。雷が太刀魚の形を模し、一斉に彼へ突進していく。
シェイは、すぐさまに銀色に体色を変え雷を受け止めた。そのうちの一つを矢と同じく掴んで握りつぶすと、雷は武器の際のように反応し、激しく弾け飛び兵士を貫いていった。
魔法すら操る、その事実はニキン兵達を驚愕させ、それまで高かった士気に陰りが見えた。
「怖いっすね……」
シェイは呟いた。実験台として殺人を多数こなしてきたが、今回のような虐殺を自らの手で行うのは初めてだった。
『奥底の鬼』も強力ではあったが、苦戦を強いられることも多々あり、工夫を凝らさぬ限り一方的な勝利は得られなかった。
しかし、これは違う。対応能力の高さが様々な選択肢を可能にし、火力も武器を生成する力で十分に補える。向かってきたニキン兵に咄嗟に繰り出した蹴りが、腹を貫通してしまった。
「引け! 引け!」
「重傷者の退却を援護しろ! 基地は放棄! 繰り返す! 放棄でよい!」
犠牲が三桁にのぼらんとした頃、とうとうニキンは撤退を発令した。基地を奪取し要塞化するまで、多大な犠牲と労力を要したため後ろ髪引かれる思いはあったものの、勝ち目が見いだせないと判断したのだった。
入れ違いにリッチイン隊が突撃し、基地の掌握を図った。役目を終えて、ヴァイスタらの待機場へ進むシェイには、反感と恐怖の目が送られるのみだった。
足の後遺症から『鬼堕ち』を解除して進むこともできず、怪物は独り歓声を上げる友軍を背にしていた。
「素晴らしいですね!」
ヴァイスタはシェイを出迎えて、満面の笑みとして拍手をした。
「これは間違いなく将来有益な研究になります。あなたも『恥を知れ』から抜けれるかもしれません」
エスケーらは驚愕し、かつシェイを激しく憎んだ。断じて認められないことであった。その資格があるのなら自分たち、根拠なき思い込みが刻み込まれていたのだ。
「……『四つ葉』の人たちもすか?」
「はい?」
「……なんでもないっす」
ヴァイスタの答えが悪意でなく、困惑によってなされたものであることにシェイは絶望した。それほどの功績をもっても、汚名を晴らすのが最大の報酬とみられている。
つまりは、家族らが救われることはほぼあり得ないと明言しているのだった。