青い稲妻
基地の四方には、教会の残骸や石、刈り取った草を魔法で強化したバリケードが重なり合っていた。ニキン兵はその隙間から矢や魔法を放ち、迫るカサルを打倒してきた。
『鬼堕ち』のシェイには、それでも容易く破壊し飛び越えられる壁に過ぎない。問題なのは、ニキン兵が準備万全で待ち構えていたことだった。
「化物だ!」
「ひるむな! 集中して攻撃しろ!」
矢と魔法、石が雨となってシェイへ注いだ。一旦退却しつつ、彼は間違いなくこの襲撃が予期されていたと判断した。
「戦ってください!」
「また逃げる気か『恥を知れ』!」
後方で監視しているヴァイスタと、護衛役のエスケーたちの叫びが聞こえた。
シェイは、誰がそれを知らせた(・・・・)のかを探ろうとしたが、火の魔法が胸に連続して直撃したために、それよりもこの戦いを決着させるのが先だと判断した。
常人ならば即死するほどの威力の攻撃でも、変身した彼ならばまたたくまに治癒してしまう。かといって不死身ではないとシェイ自身が一番理解していた。
真正面から向かっては死の危険がある。彼はひとまず後退し、不意をうって攻撃を再度攻撃を加えようとした。
「死ぬのだ!」
「うわ⁉」
そこへシルバが飛び掛かってきた。思いがけない攻勢に彼女への注意を薄めていたシェイは、双剣をまともに肩へと突き刺されていた。
「今日こそ、その首を―」
「いたたたた!」
この時シェイは動揺と痛みで、それまで彼女にしていた丁寧な(・・・)対応がとれなかった。腕を払って彼女を吹き飛ばし、大地へ強かに叩きつけていた。
「な、なんだよ急に⁉ 状況を見ろよ⁉」
「う、うるさいのだ! 私は貴様をー」
立ち上がろうとしたシルバだったが、肩を矢で貫かれ再度倒れ伏した。
ニキンには、人一人が増えた程度では攻撃を中止する理由にはならない。ましてシルバは特徴的な『独狼』の鎧をまとってる、敵には違いないのだた。
彼女もさる者で、すぐさまに矢を折り転がりながら退避しようとした。しかし、雨粒を一つも浴びずに進むことはできなあった。投石が側頭部に直撃し、矢が首の後ろをかすりべろりと皮を剥いた。
「……もう!」
それはシェイが自身へ抱いた不満が声になったものだった。
シルバを抱え助け出し、剣を引き抜くと、彼女を守りながらヴァイスタらの陣取る場所まで運んでいった。
「ちょっと、なにしてるんです?」
かけよってわめくヴァイスタに、シェイはシルバの首の傷を見せつけた。
「治してやって!」
「なんで? それより戦ってください!」
シェイは、彼女を殴りたい衝動にはじめてかられた。『恥を知れ』でない友軍であるのに、彼女はそれが目に入ってすらいない。とにかく、シェイの力を見たかったのだ。
シルバの傷は今すぐに命を奪うほどではない。しかし、放置しておけるほど浅いものでなく、失神もしていた。
彼自身お人よしなのを呆れながら、彼女を無視はできなかった。
「戦いはするっす! だから治療を!」
「だめ! 物資は実験に使うんです!」
「そうだぞ『恥を知れ』」
「さっさと戻りやがれ!」
「死ね化物!」
ヴァイスタの叱責とエスケーらの罵倒。シェイは彼女たちはもちろん、彼らを疎んでいる現地兵へ頼んでも治療は受けられないと悟った。
となれば、後は『四つ葉』へ戻るしか彼は考えつけなかった。他に当てはない。
だがどうやって? 数日かけて戻るのは現実的な考えではない。
「早くいってください!」
「化物!」
「おい!」
「‼ うるさいっすよ! どうして治してくれないんすか⁉」
激しい感情がシェイを叩いた。
最初に、ヴァイスタがそれに気づいた。シェイの赤い鎧が青へと変わり、筋肉が引き締まり細身へと絞られていく。呆気にとられる彼女らの前で、彼もそれに戸惑いながらもある言葉が脳裏を何度も木霊しているのに気づいた。
跳べ。
跳べ。
跳べ。
ヴァイスタたちは吹き飛んだ。攻撃を受けたのではない、シェイの跳躍による風圧に押し飛ばされたのだ。
大地へ巨大な痕跡を残して、シルバを抱くシェイは空を駆けていた。たった一つの跳躍で、多くの山々を越えていた。
軽やかな着地を成功させ、彼は己の変化に驚くと共に希望を見出していた。このまま進めば、数回の跳躍で『四つ葉』へと辿り着ける。