第63話 父と娘 ~ザイード「ああートーヤ様!!」
だらだら長い話ですが
何となく決着しました。かな?
では今夜も、第63話 ご覧下さい。
「じゃあ、ご希望通り刀を使わせてもらうとするか。ただしこの刀は剣と違い・・・斬れるぞ!!」
軽く足踏みを開き腰の左側へ携えていた刀の鞘に左手を添え親指で鯉口をゆっくり切る知矢。
軽く柄に添えた右手の親指と小指を軽く締めゆるりと抜刀し切先をすいっとマリエッタへ向けると彼女は息を飲んだ。
先反りの刀は切先が陽のひかりに輝き鋭く光る。
西洋の両刃の剣とは異なり薄く鍛え上げられ研ぎ澄まされた日本刀には凄みが宿っている。
知矢の気と日本刀が放つ気にマリエッタは無意識に後退をしてしまうのであった。
無言のうちに切先を向けながらマリエッタへ歩を進める知矢。
仮とはいえ闘技場の区割りとした石畳の戦を踏み越えたのも気が付かずじわりじわりと己に向かってくる知矢いや切先、それだけでマリエッタは言いようのない恐怖を覚えたのか冷たい汗を滴らせその顔は苦しく歪んで見える。
ふとその歩を止めた知矢、同時にマリエッタの後退も止まる。いや既に後退すべき場所が後背には残されていなかった。
仮の闘技場の区割りから大きく後退していたマリエッタの背後には庭木が迫っており周囲で見守っていたアンコール伯爵を始め騎士団の者もそれを解ってはいたが口にする事の出来ない緊張感に動く事も出来なかった。
「おい、そこからどうするんだ。俺をぶった切るんじゃなかったのか」
知矢は刀の切先を下げ一度鞘に納刀しながら問うた。
刀の呪縛から解き放たれたように我に返るマリエッタはようやく自分の位置を認識したように周囲を見回し
「何!なぜこのような!きっ貴様がまた何かを!」とまた知矢へと疑念をぶつけようとしたがそれを遮った者がいた。
「いいえ、マリエッタさん、彼は魔法などこれっポッチも使ってませんわよ。貴女は彼と彼の剣の気迫に押され一人で下がったのです。」
冷静な口調でそれを指摘したのは大魔導士と称されていたモンゴミリアだった。
モンゴミリアを驚愕の顔で振り返ったマリエッタは未だ信じられず
「そんな馬鹿な!剣を向けられただけでこの私が下がるわけがない何か魔法以外の、そうだ聞いた事が有る催眠誘導の呪いのような物を使ったに違いない。貴様そうであろう!」
マリエッタの繰り返される言い訳じみた反論にその場で見ていた者達全てが落胆しそれを越えて怒りを浮かべる者さえいるように見える。
「マリエッタ!」とついに怒りの声を上げたアンコール伯爵の声を遮る様に
「いつまで甘えた醜態をさらせば気が済むんだこのバカ娘!いい加減にしろ!!」
バシーン!!
声の主モンドールは罵声を浴びせた勢いでそのままマリエッタの頬を素手で打ち払った。
「キャッ」と小さなまるで女の子のような声をあげ倒れ込むマリエッタは信じられない物を見るような目でモンドールを見上げジンジンと痛み出す己の頬に手を添え痛みを確認した。
「・・・」唖然とし声の出ないマリエッタにモンドールは続ける。
「貴様は何度相手を蔑み己の未熟な力を認めず同じことを繰り返すのだ。魔法だ!催眠誘導だ!たわけたことを抜かすな!
私だけでない、騎士団の皆も何度も観ている。
トーヤ様の剣技は素晴らしい!我々が束で掛かっても絶対勝てないだろうそんな事も解らない貴様は全てにおいてトーヤ様に劣っている。
剣技だけでは無い、心も、思考も何もかもすべてだ!
それを一つでも認められないお前は最低の剣士だ!
騎士団は花嫁修業の遊び場ではない、皆が帝国の為、市民のために命を懸けている場だ。
じゃじゃ馬バカ娘のお遊びに付き合うのはもうごめんだ!
今すぐその剣を捨てて嫁にでもなんでも行くが良い二度と剣を握るな!」
ハアハアと肩で息をするほど興奮してマリエッタへ思いをぶつけたモンドールは主であるアンコール伯爵の前に進み出で膝を付きこうべを垂れた。
「アンコール伯爵様、貴族の娘たるマリエッタ様への暴言、この罪はいかような裁きもお受けいたします。この場で騎士の職も辞します、大変申し訳ございませんでした。」
と血でも吐くかの様な声を振り絞り石畳に頭をこすりつけながら詫びるモンドール。
信頼する配下を目の前に暫し黙って見下げるアンコール。
辺りに沈黙が支配するなか重く口を開いたアンコール
「わしは良い部下に恵まれて幸せだな・・・モンドールよ、お前までわしの元から去っては騎士団はおろかこの都市、アンコール家も立ち行かぬ。
貴様に責任は無い。あるのは親として娘を教育できなかった不甲斐ないわしだ。
モンドールよ顔を上げて欲しい」
とモンドールの前に膝を付き両手をついているモンドールの手に手を添えて懇願する。
無理やり立たせたモンドールの手を握りしめたアンコールはそのまま皆を振り返り
「皆の者、醜態とつまらない出し物を見せてしまったな。申し訳ない」と軽く頭を下げ配下に詫びる。そして
「皆もみての通りだ、わしの不徳の致すところであるが娘、マリエッタは騎士としての根幹をなしていない。
その様な者を騎士として取り立てたのもわしの責任である。今まで皆に迷惑をかけたが許してほしい。
そしてトーヤ殿。
一太刀で切り捨てる事が出来るほどの力の差がありながらどういう決着をつけるべきかと悩ませてしまったであろう。散々こんな茶番に付き合ってくれて感謝する。」と知矢にも頭を下げるのであった。
知矢にとって貴族の権威など微塵も感じていないがこの世界の仕組みは理解しており貴族が配下に頭を下げる・詫びをする。平民に頭を下げるところを配下に見せるのは有り得無い事だと解っているからこそこの貴族は信の置ける人物であるとよく理解できた。
そんな彼の子がこんな無様な醜態をさらす様に育ったことが(子供の教育とはどの世界でも難しい)と痛感した。
かくいう知矢も子供の教育では散々苦心した記憶はまだそれほど薄れていないのだから。
「皆の者よ、モンドールに責を負わせる事は無い。今後も皆を率いて帝国の為に尽力してもらいたい
そしてこの先の始末は親としてわしが付ける。よって皆にはここで解散を告げる、ご苦労だった。」
モンドールを見つめながら固く手を握り配下へ告げたのであった。
少し小声で何か言葉を交わした後モンドールは強くうなずきアンコールの手を離し部下たちへ向き直った。
「聞いたであろう。皆ご苦労であった。今日はここで解散する。明日からは通常通り。
では解散!!」
アンコールの言葉とモンドールの命を受けた騎士団の者達は背を正し敬礼しその場から整然と退席していった。
大魔導士モンゴミリアも頭を下げ静かに去って行った。
その場に残されたのはアンコール伯爵、第1騎士団長モンドール、知矢そして未だ膝を付いたままのマリエッタだけである。
執事と奴隷商会長のザイードは少し離れたところで控えていた。
知矢は結局剣技で勝敗を付けられなかった事が良かったのか悪かったのか、アンコールの出方を待つこととし黙って見守る。
「マリエッタよ、まだ其方は勝負がついていないと考えるのか」
静かだが低い声でマリエッタへ問うアンコール。
「・・・・・お父様・・・・私は・・私は・・・・・戦う以前、剣を交える前にすでに負けていたのですね。
正義を標榜していた私の目には耳には心には何も聞こえず何も見えず何も響いていなかったのですね・・・お父様・・・」
「ああ、それもこれもワシや息子たち、そして周囲の者のお前に対する教育と導き方を誤ったせいだ。
マリエッタ済まなかった。」
マリエッタの元へ歩み寄ったアンコールはマリエッタの肩を抱く様に、手で優しく包むように背を撫ぜ強く抱きしめながら声もなく涙を流していた。
マリエッタも父の温かみを感じながら涙を流すのであった。
暫し親子が涙を流しながら話をするのを距離を置き控えていた知矢とモンドール。
どれほどの刻が過ぎたであろう。
ゆっくりと互いに手を携えながら立ち上がったアンコールとマリエッタは知矢の前に歩み寄るのではなくモンドールへと近寄って行った。そして
「モンドール団長、今まで申し訳ございませんでした。この剣はお返しいたします。」
と頭を下げながらモンドールへ自ら剣を両手で捧げる様に差し出すのであった。
「・・」何か言おうとしたモンドールだが黙って剣を受け取ると顔前に捧げ踵を打ち付け騎士の礼を捧げたのだった。
そしてマリエッタはその例に対し敬礼をもって返礼すると一歩下がり向きを変え知矢の方へ歩み寄った。
「トーヤ殿、今まで数々のご無礼大変申し訳ありませんでした。」
と腹の底から出し得るだけの声をあげ腰を折り頭を下げた。
そのまま不動のマリエッタを見つめる知矢。さてどうするかと思案していると横から
「トーヤ殿、マリエッタと話をした。先の契約通りマリエッタは貴殿の奴隷となり奉仕する事に同意をした。受けてやってくれ。」と軽く頭を下げる。
そして遠くに控えていたザイードを呼び寄せる。
「ザイード、待たせたな」
「いえ、私の事はお気になさらず」とこれがこの状況を見ていたザイードが口にできる最大限の言葉だった。
「うむ、では当初の契約に基づきマリエッタを敗者と認めトーヤ殿の奴隷とするのでな手続きを」
と何か吹っ切れたか諦めたかのようなアンコールがザイードに奴隷契約の行使を命じた時
「待ってくれ伯爵様よ!」
知矢が割って入る。
「トーヤ殿、気持ちは嬉しいがこれは配下の者もみておったしマリエッタも承知した、何も貴殿が気にする事ではない。」
と知矢が娘を奴隷にすることに待ったをかけたとアンコールが気にしたが
「勘違いしないでくれ、俺が情けをかけて止めた訳では無い。
契約内容の行使が不完全だと言いたいだけだ。」
と奴隷契約の内容に異議を唱えた。
「トーヤ様、それは如何なることで。」
奴隷契約書を作成したザイードが怪訝な顔をする。
アンコール伯爵もなにを言っているのかわからない様子だ。
「俺は契約書の条項に書き記したはずだ、『剣により互いの雌雄が決着した暁に』とな。
結果剣を交えず、まあ確かに俺の殺気や精神的太圧力に屈したのは事実だ、よって勝負は俺の勝ちだと言わせてもらう。だがな契約条項の完遂無くして個の奴隷契約は発行しないのではないか、ザイード」
一見知矢のマリエッタに救いの手を差し伸べるような言葉にモンドールは驚き契約内容を見直したのであった。
「・・・確かに、そう記載されております。この条項はトーヤ様の申し出の内容で作成されておりますが私も奴隷商会長として契約に不備が無いよう精査させて頂いておりましたが・・いやはやこれは私のとんだミスでございます。
トーヤ様の言う通りこの契約書は無効でございます。大変申し訳ございませんでした。」
と素直に契約内相の未完遂を認め深く詫びたのだった。
(トーヤ様の人を見る目、鑑定能力のすばらしさに目が言っておりましたが商契約に関しても何枚も上手でございましたな。いやはやもっと見習わなくてはいけませんね、素晴らしすぎます!)
と更に知矢へ心酔するザイードであった。
「嫌だが、しかし・・」
契約無効を確認され困惑するアンコールである。
「そう、だがしかしだ! 伯爵様よ、あんたもこのままこのじゃじゃ馬を無罪放免って訳にもいくまい。何たって配下の前で見せてるからな。
だから、おい!マリエッタ」
と話についていけないマリエッタに声をかける。
「何でしょうか・・ご主人様」
短慮で馬鹿なマリエッタは既に奴隷になったような口調で答える。
その言葉に一瞬ガクッとした知矢だったが気を取り直し
「お前、伯爵家を出て俺の元で働け。他の使用人は皆奴隷だが扱いは同じとする。
給料も出すが今までのお姫様の生活とはかけ離れた単なる庶民の収入だ。食べる物もだし屋敷に住むのではなく皆と同じ大部屋で共同生活だ。
だがお前は奴隷契約に縛られていない、逃げ出す気ならいつでも逃げて伯爵家に戻れるがどうする。
正直すべてがきついぞ。皆共同の食事の支度、掃除洗濯、俺の所は商店だから平民に頭を下げて接客もする。
それで寝るのは板敷きに布団の敷いただけのベットとも言えない物だし、冬は寒く夏は暑い。
奴隷の総支配人には頭を下げてその他の先輩使用人の奴隷たちの言う事も聞かなくてはならん。
それでよければお前の身を俺が預かる。どうだマリエッタ。」
「・・・・・ご主人様の元で働かせてください。・・もう伯爵の娘マリエッタではございません。」
「そうか、そこまで言えればよし!お前をこれからはマリーと呼ぶ。マリエッタ・アンコールでは無くただのマリーだ」
「マリー・・マリー、私はは今日からマリー。分りましたご主人様」と腰を折り知矢へ頭を下げるのだった。
推移を呆然と見守っていた伯爵は「うんうん」と頷きながら娘の無事を心で祈りつつまだやり直せると心の中でつぶやくのだった。
「よし、そういう訳だ伯爵さんよ。これで良いな。なら里心が付かない内にさっさとこの屋敷を出よう。
おいザイード」
「何でございましょうかトーヤ様」
知矢に声をかけてもらってうれしそうなザイードである。
「お前、馬車か、なら済まないがおれたち二人を乗せて行ってくれ。こんな格好で歩かせるわけもいかないしましてや伯爵家の馬車って訳にもいかないからな」
と訳を話すと「はい、どうぞお乗りください。お店でございますね、お送りさせて頂きます」と嬉しそうに頭を下げるのであった。
再度伯爵と別れを告げるマリエッタとアンコール。
言葉を交わすマリエッタとモンドール。
泣きながら見送る執事。
皆に見送られながら伯爵家の裏口に寄せられたザイードの馬車に乗り込み生まれ育ったアンコール家の屋敷を後にするのであった。
少しだけ遠ざかる屋敷を見ていたマリエッタだが向かいの席に座る知矢へ
「ご主人様、今まで無礼の数々申し訳ありませんでした。これからは配下の1人として如何様にもお命じ下さい。」
と頭を下げる。
「ああ」とだけ答えた知矢は
(まいったなあ、正直こいつ何にもできないしな。
教育ったって・・リラレットに丸投げだな)
と再び総支配人へ託す知矢であった。
2020/9/67
台風一過、各地に甚大な被害をもたらしました。
被災された方々が早く生活を取り戻せます様お祈り申し上げます。




