第195話 宴会絶好調 ~ 「粗茶にございます」「えっ!!!!」
1週間ぶりのご無沙汰でございます。
では早速
第195話 をどうぞ。
知矢の新たに移り住んだ屋敷へ親しい者達を招待して行われている宴会。
一応の名目上は
『厄災獣討伐慰労会』
と知矢は銘打っていた。
しかし知矢、そしてニャアラスも理由は何でも良いのである。
気兼ねなく楽しく顔を突き合わせて話をしながら酔っぱらいたいだけ。
本当に知矢と言うのは転移前から変わらぬ良くも悪くも昭和の気質を持ち続けているおやじであった。
そう言った意味でもニャアラスは同じ気質であり知矢と息が合うのも当然のことかもしれない。
食事が、いや宴会が始まり暫く食事と酒が進むと話題はやはりベヒモス・ゾンビの件へ移っていった。
知矢の活躍ぶりを聞きたくてしょうがない使用人たちは同じ宴席の場にいるもののやはり主に対して遠慮をし知矢へ積極的に話しかけることはあまりなかったがその中でも中核商業都市ラグーン、そして知矢の店と使用人たちを警護する意味で都市へ残留した知矢の使用人の中でも武闘派、警護担当の者たちは話を聞いてみたいとうずうずしていた。
そう言った空気を読んだ訳ではないであろうが
「おいトーヤ。肝心の厄災獣の話を聞かせてくれよ」
少し酒が入りいつもの調子を取り戻したEランク冒険者で今の知矢とも年が近いガンツが声を上げた。
使用人たちはその声に色めきだったがさらに
「是非とも我々にもお聞かせ願いたく」
マジェンソン・ボドーも少し興奮気味に同調し声を上げた。
「ああ、そうだよな。多くの方がこの都市を守るために残ってくれていたんだ。気になって仕方がないのは無理もない。
じゃあ話をするか。
さてどこから始めたもんかな」
知矢は隣にいるニャアラスへ視線を移すが当のニャアラスは楽しくお酒を飲みながら隣に座るニーナとの話に夢中だった。
ニャアラスはいよいよ始まった故郷の仲間や若者を大都市へ迎い入れて高度教育を施す取り組みが動き出したことを熱心に語っているようであった。
その件に関しては後日機会があれば書き記そう。
話を進めるにあたって知矢は自分一人の独演会になってはしょうがないと思いニャアラスを頼ろうとしたがそう言ったわけで今はこちらの話に加わる様子が無いので諦めて一人話し出す。
「そうだな、先ずラグーンを出発したのは第一陣、先遣隊とも言われていたが、Aランク冒険者のカスティーヌさんの率いるグループだったのは皆も知っているだろう」
知矢は第一陣の出発後の話から始めるのだった。
カスティーヌは固有行使力、逃がしゃしないをベヒモス・ゾンビに使用しその動向やおおよその距離や位置を把握できた。
その力を使いまずは遭遇した場合こちらが優位になる場所を抑え、いち早く防御陣地を構築し後続の本隊を迎え入れる準備の為に先発を買って出たのであった。
作戦自体は冒険者ギルド長、騎士団そしてAランク冒険者たちが協議を重ね決定したものを管理貴族のアンコールが承認し実行された。
知矢やその他本隊と呼ばれた代2陣は武器や食糧を始め多くの防壁構築資材やテントに調理資材、医薬品に各種ポーション等を満載した後方部隊を始めて運用したことは前述の通りであった。
そう言った流れを話し出した知矢であったがそこに割り込んだ声が
「トーヤ、頼むから肝心のベヒモスとの戦いんとこを頼むよ」
辛抱できなかったのかガンツは背景や準備の話より戦いの場面を欲した。
「ガンツ、せっかくトーヤ様が順序だててお話し下さっているのに失礼ですよ」
つかさずマリノスがガンツを諫める。
「何でだよ。だって皆もそこを聞きたいだろ。なあ騎士団の旦那」
「えっ、いや、あの自分はトーヤ様の話は全てお聞きしたく」
マジェンソン・ボドーは急に自分に話を振られて慌てて口ごもりながら答えた。
「いやいや正直になれよ。なああんたもそう思うだろ」
今度は奴隷取引商会長ザイード・ギムベルグへ話を向ける。
「いやはや今度は私ですか。
確かにそちらの騎士団の方が言うように全てのお話を聞いてみたくはございます。
ですが残念なことに時間も限られておりますれば、トーヤ様。そちらの冒険者の方のご意見もごもっともかと。
私も日頃はそう言った事に縁のない身。是非とも厄災獣との戦いの模様をお聞かせいただけませんか」
こちらも話を急に振られたが流石に年の功、そして商会長を務めるだけの事はある。
僅かに苦笑いを浮かべながらうまい具合に話の流れをそちらの方へ誘導し知矢へ促す。
「ああ、もっともだ。ガンツ、それじゃあ戦いの様子を話そう」
「よっ!待ってました!」
気持ちよく酔いが回り始めたのかガンツが合の手を入れるとすぐにマリノスが諫めようとするが聞きやしなかった。
「先遣隊の作った防御陣を頼りに土魔法の使える者たちが総出でポーションをがぶ飲みしながら必死に土堀を作ったことだけは先に言っておく。
俺も参加したがやはり肉体以上に精神的にきつかった。だがそれがいざ相手と対した時、かなりの成果を発揮したんだ」
知矢はその様子から話し始めた。
そして斥候からの情報とカスティーヌの行使力で迫りくるベヒモス・ゾンビがもうそこまで迫っていた時の緊張感を語り、
「確かにAランクに指定される魔物だ。強大な力と強固な外殻を持っているのは解っていたが今回はそれにも併せて我々が恐れそして恐怖したものがあった」
そう言いながら知矢は深刻な顔で眉間にしわを寄せながら周囲を見回す。
残留していたその場で聞いていた全員が唾をのむように聞き入っている。
「その恐れていた物とは・・・」
知矢が再び話を切る、すると
「あの臭いは臭くて臭くてたまらニャーーーイ、ニャア!!!!」
突然隣でニーナを相手に別の話をしていたはずのニャアラスが声を上げた。
「何がたまらニャいってもうあの臭いは金輪際だニャ! まだ臭う気がする程だニャ!!!」
ニャアラスは余程ベヒモス・ゾンビが撒き散らしたその身に纏う腐敗した何かが身に染みた、いや鼻に染みた様で思わず立ち上がると両手を万歳させて二度と嗅ぎたくないと熱弁を振るう。
周囲でその具体的な体験を聞かされた方もたまったものではない。
ましてや今は宴の真っ最中。
話のきっかけを作った知矢にも問題はあったが知矢は一応気を使い言葉を選んで話すつもりであった。
「ニャアラス!その辺にしておいてくれ。大変な目にあったことはもう全員が十分理解したと思うぞ」
そう言いながら周囲を見回す知矢に目には誰も彼もがまるで棒日曜夜のアニメの小学生の様に顔に縦線を数本浮かび上がらせている様に見える。
「アハハハッ・・・・・」ガンツも引き気味であった、
「フフフフフッ・・・・」ニーナも敢えて口にはしなかった。
知矢はニャアラスから話を引き取り先を続ける。
「まあそんな相手だったんだが実際の戦闘になるとそんな事を言う奴は一人とていなかった。それだけ相手の力を十二分に感じていたという事だ。
相手は魔物ではあったがゾンビ化のせいなのかその挙動は遅かったのは幸いだった。
だがイザ接敵し先ほど話した土魔法で作った土堀へ到達した奴は堀に下半身を取られ一見身動きができないように思えたがやはり高位の魔物だ。
土堀を鷲摑みにするようにしながら強靭な腕力でいとも簡単に這い上がろうとする兆候が見えた。
しかしその先には先遣隊が築造した防壁がありその動きを見事に滞らせることに成功した」
知矢は一度話を切りテーブルに置いてあったビールのコップを手に取り喉を潤わせた。
「その時だ、今回の討伐隊の指揮官でもあった鬼神モーリスの檄が飛ぶ
『合図で一斉に放て!! 5・4・3・2・1・今!!!!』
その合図で前線から少し下がった場所に待機していた魔法使い達が練りに練ったそれぞれの最大攻撃魔法を一斉に放った!
「風よ嵐よ雷よ!!サンダー!!!!」
「貫け!サンダーアロー!!」
「爆炎を伴い焼き尽くせ ファイヤーボム!!」
「喰らいなさい! ストーンバレット!!!」
「漆黒より出でよ 黒龍!!」
「ウウウウウウウウウッ メテオ(小)!!!!!!」
「切り裂け エア・カッター!!!!」
十数人の最大攻撃魔法が一斉に放たれたんだ。その場はもうありとあらゆる光と激震や波動で埋め尽くされ激しい暴風も吹き荒れるまさに地獄絵図の様な状態だ。
その中を最前列にいた剣技や肉弾戦を得意とする者たちは大楯に身を伏せ必死に耐えていた。
そしてその全力攻撃を受けたベヒモスのいた場所は水蒸気や飛び散る土だか木々だか何や何だか解らない視界がゼロの状態だ。
そこに突如誰かの魔法によって突風が巻き起こると全てを消し去りそこに立ち尽くす無残な状態のベヒモス・ゾンビが未だその形を何とか維持し立っていた。
誰かが呟いた
「外側は吹っ飛んだが」
「くっそまだ生きてやがる」
「まだまだ!次だ!」
そこで再びモーリスの指示が飛ぶ。
すると大森林側の森の中に待機していた数百にも及ぶG・D・S達が一斉にその口腔から得意の糸を無数にベヒモスへと絡めさせたんだ。
巨体を誇り剛腕を振り回すベヒモスだったがさすがの奴もG・D・Sの鋼のような糸、しかも数百本にも及ぶそれを全身に巻き付けられては襲い掛かるどころか身動きさえできない状態だ。
それを確認したモーリスは三度叫ぶ
『よし全員抜剣!!!! 突撃!!!!!!』
大楯の中でベヒモスの接近と魔法による蹂躙に耐えてきた冒険者たちが一斉にそれぞれの獲物を抜き放つとG・D・Sの糸で雁字搦めのベヒモスへと最後の突撃を敢行した!
「「「「「ウオーーーー!!!」」」」
咆哮を上げ突進する冒険者たち
「この野郎、くらえ!!!!」
「まだまだ若いもんには負けんぞ、鬼神斬!!!」
「水明死剣!!」
「喰らえこの!!ウォーアタック!!!」
次から次へを冒険者がその自慢の剣技や最高の技をもってベヒモス・ゾンビへ攻撃を加えていったんだ。
冒険者の剣が槍が振るわれるたびにベヒモスは苦痛の雄たけびを上げたが未だ動きを止めない。
さらに皆の剣が何重と振るわれ続けるとやっとその動きに変化が訪れようとしていた。
しかし何度剣で切り裂こうと奴はすでに生を失ったゾンビだ。
これでは際限がない。
しかしその時だ
『カーネタリア様!!今ニャ!!! みんな!!引くニャアアア!!!』
大槍を振り回し果敢に攻撃を繰り返していたニャアラスが奴の様子を見極め控えていたカーネタリア様へと合図を送った。
その合図で一斉に身を引いた冒険者を確認するとカーネタリア様が聖なる魔法を行使する。
すると眩しい光の玉が上空よりゆっくりと舞い降りるとベヒモス・ゾンビを優しく優しくまるで何かをいたわり癒す様に包み込んだ。
そこにいた者はその聖なる光を目の当たりにして皆が「オオオオッ!!!!!」とその光景に目を奪われながらも感嘆の声を発していた。
そしてG・D・Sの糸に絡み取られもがいていたベヒモス・ゾンビはその動きを急に停止し光球の中でまるで呆然と立ち尽くす様に上空を見つめたまま動かなくなった。
その光は眩しく光を発していたが次第に淡く優しい光へと変化を始めた。
そして淡い光の中でだんだん中のベヒモス・ゾンビが霞むようにゆっくりとゆっくりと見えなくなっていく。
そして・・・・・
淡い霞むような光が次第に弱く薄くなってしまいには消えていった。
ベヒモス・ゾンビが浄化され消えていった瞬間がそれだ 」
戦いの終焉迄話し終えた知矢は再びビールを口にすると残っていた物を一気に飲み干した。
コトリとコップをテーブルに置いた知矢は周囲を見回しながら
「とまあこんな感じで皆が最善を尽くしベヒモスへと挑んだってわけだ。いやあ最後はカーネタリア様が浄化してくれて助かった。あれが無けりゃ戦いはいつまで続いたか。怪我人は多くいたが死者を一人も出さなかったのは皆の力であり作戦がうまくいった結果だがやはりカーネタリア様。あなたが浄化してくれたおかげです。
ありがとうございました」
知矢は隣でニコニコとしたしわくちゃの顔を見せている老人へと向き合い腰を折り頭を下げた。
すると場内から
「パチパチパチ!」
誰かの拍手が聞こえると瞬時に皆へその気持ちが伝播した様子で
「パチパチパチ!」「パチパチパチ!」
「パチパチパチ!」「パチパチパチ!」」「パチパチパチ!」
「パチパチパチ!」「パチパチパチ!」」「パチパチパチ!」
「パチパチパチ!」「パチパチパチ!」」「パチパチパチ!」
「ありがとうございますカーネタリア様!」
「冒険者たちの力の結集を見させていただきましたわ」
「キャー」
「ご主人様ありがとうございます」
「すっげーな!ちくしょう俺も行きたかったぜ」
宴の場は全員の喝さいで埋め尽くされていった。
気が付くと今日の担当使用人たちもパントリーから大勢姿を見せいつのまにか話に聞き入っていた様子で皆が興奮気味に喝采を送っていた。
拍手を送られている知矢やニャアラス、そしてカーネタリア。
知矢はわずかに微笑む。
ニャアラスは皆に大手を振ってこたえる。
カーネタリアはいつもの様に酒を飲みながらしわくちゃの笑顔であった。
大雑把にではあったが厄災獣との戦いをダイジェストで語った知矢。
知矢は椅子へ腰かけると話はこれでお終いと皆に宣して 「さあまだまだ食べて飲むぞ」 と周囲へ声をかけた。
「まあ後始末などはまだまだ続くが戦いの場面は以上だ。ガンツ、お気に召したか」
同じテーブルのはす向かいに座るガンツへ知矢は問いかける。
「ああ十分臨場感を味わったぜ。くーっ、しっかしやっぱり俺たちもその場に立ち会いたかったぜ。マリノス、マジコ。頑張って早くギルドランクを上げようぜ。
次の厄災獣討伐は絶対参加するからな」
「ガンツ、そう度々厄災と呼ばれるような魔獣が現れては困ります」
マリノスは半ば呆れるように夢を語るガンツを見ながら正論を吐く。
「だああ!お前はまたそんな事を。夢を持て夢を。さっきのトーヤの話を思い出せ。そしてその最前線に立つのは伝説の魔剣を構えた俺様だ。
その後ろから俺を絶対防御の支援魔法で強化するマリノスと俺の魔剣と同様に帝級の魔法を行使するマジコ!
絵になるじゃねえか」
「帝級・・・いつの日か・・・」マジコは俯きながらもこぶしに力を込めて誓うのだった。
しかしそうとう酔いが相応回ったのかガンツの夢はまだまだ続きそうであった。
(帝級の魔法?)
知矢はその言葉を耳にしたとき日本にいた頃熟読したさる ※1 異世界転生の物語を思い出し
(この世界にも実際にそう呼ばれる魔法の級があったのか)
その場はそれだけ考えるにとどめすぐに忘れたのであった。
(※1 無職転生 - 異世界行ったら本気だす -)
ちなみにこの宴会の場には知矢の従魔G・D・Sのピョンピョンと
聖獣フェンリルの高位互換フェリシア(子犬version)も席を用意されご馳走を頂いている。
『・・・(今日のお肉は旨味が溢れていますね)』
『ハグハグ、なぜ私の皿は犬用で肉は骨付き肉なのであろうか』
宴も進みそろそろ終盤。デザートと茶の準備が始められた時それは起こった。いや出会った。
使用人たちがそれぞれのテーブルにワゴンに乗せた茶器を配膳していた時であった。
「姫様!!」
ジェシカ・エクワドルがワゴンから茶器を目の前へ置いた使用人をわずかに振り返り「ありがとう」と声をかけた。
しかしそこにいたのはただの使用人の女ではなかった。
紛れもない。以前、御学友として幼いころから一緒に育ち騎士団へ入隊したのちも友好が途絶えることの無かった女性。
当中核商業都市ラグーンを収めるアンコール伯爵家、唯一の娘。マリエッタ・アンコールであった。
「あら、コホン。これはこれはエクワドル様。本日は当屋敷に御出でくださりありがとうございます。
こちらは北部産の茶葉をふんだんに使いました香しいまた微かに渋みをアクセントにしております紅茶でございます。
デザートの菓子にぴったりでございますので御ゆるりとお召し上がりください」
そう言ってジェシカの目の前へ置いたカップへ優雅な手さばきで紅茶を注ぐと 「失礼いたします」 と微笑みを残しワゴンを押して去っていった。
「・・・・・」
淀みなく説明をし、そして優雅に振る舞い静かに去っていった今はマリエッタからマリーへと名を変え知矢の使用人としていちから出直し奉公を始めたその女と久しぶりに再会したものの依然とその語り口や所作笑顔迄別人のように振る舞うマリエッタを見てジェシカは言葉だ出なかった。
知矢の招待を受けた時から秘かに
(姫様のお顔を拝見する機会はあるだろうか)
そう思いながらもここに至るまでその姿を見かけることは無く、今は剣の師と仰ぐ知矢へその事を聞く事も出来ずにいたジェシカであった。
しかし気が付くとその余りにも美味しく見たこともない料理の数々と口にした酒。そして先ほど来語られた知矢の話や周囲の者との歓談にマリエッタの事を失念していたジェシカであった。
そんな時に不意打ちのように現れたマリエッタに驚きのあまり続く言葉を失ってしまったのであった。
かたやマリーはジェシカそ存在を事前に知っていたのか冷静に本来の役目である使用人としての職務を全うし余裕の笑みを見せながら去っていったその姿は以前の
「貴様!そこを動くな!!今この剣で叩き斬ってやる!!」
と知矢に対して剣を振り回していた女と同一人物にはとても見えなかった。
「・・・姫様・・・」
マリーの背を見送りながらジェシカはぼそりと呟いたのであった。
がそれはどういった感情なのか自身でも理解が付かない。
以前のように気さくに「おいジェシカ!剣を持て」と伯爵家の中庭で剣を交えていた時の事や
「オイ聞いているのか。だからな私がこの正義の剣で成敗してやったんだ」等と騎士団へ配属後の活躍を語るその姿。
その今見せた姿や態度、所作や流れるような紅茶の説明。
どちらが本来の姿なのか。
いやどちらもそうであるのだが、それが良い事なのか悪い事なのか。
いや良家、しかも伯爵家の令嬢たるマリエッタが使用人として働くその姿をわかってはいたが目の当たりにした事に困惑したのか。
ジェシカは何が何だか分からなくなっていた。
その様子を向かいの席から静かに見守っていた知矢、
(思いのほか早く礼儀作法も思えたし所作行動もすっかり落ち着いた。少し思ったより早いがこれは次の段階へ進めそうだ)
そう考えながら目の前に置かれた紅茶へと手を伸ばす知矢であった。
ジェシカの困惑をよそに宴は最後のデザートを経て終了であった。
「トーヤ様。この度はお招きありがとうございました。このザイードこんなに素晴らしい集いは今までございません。今後とも機会がございましたら是非とも」
奴隷取引商会長ザイード・ギムベルグはエントランスに見送りに出てきた知矢の手を固く握りしめ感動の表情で何度も何度も礼を述べながら魔馬車で帰路についた。
その後続くのは
「師匠、いえトーヤ様。今夜は本当にお声がけありがとうございました」
マジェンソン・ボドーそしてジェシカ・エクワドルは手土産にもらったワインとお菓子の包みを大事そうに持ちながら剣の師でもある知矢へ丁寧に頭を下げる。
マジェンソンは終始にこやかで未だ宴の興奮冷めやらぬ様子ではあった。
かたやジェシカは笑みこそ浮かべながら挨拶をするが今一つの様子だ。
「ジェシカ・エクワドル」
そんな彼女に知矢が声をかけた。
はっとして知矢を見つめるジェシカに
「お前の不安や心配はもっともだ。だが今日の様子を見たであろう。必ずあいつは変わる、いや変わりつつある。そしてまたお前たちの元へ、伯爵家の門をくぐる日もそう遠くはない。
今は黙ってあいつの覚悟を信じて見守るんだ」
そう言いながら知矢はジェシカの肩に手を置きぽんぽんと軽く励ます様に話した。
「・・・」ジェシカは黙って知矢を見つめると深々と頭を下げそして身を起こすと背筋をきりりと伸ばし身を振り返らせつかつかと門の方へ歩いて行った。
「オイジェッシー待てよ。ではこれにて失礼いたします」
マジェンソンはその様子に慌てて知矢へ挨拶をすると小走りにジェシカを追いかけるのであった。
「おい、トーヤ」
知矢が二人の後姿を見送ると声がかかった。
「おおガンツ。どうした」
そこには冒険者チームガンツと仲間たちが立っていた。
「いやよう、いまお前んとこの家令、リラレットって人に言われたんだが」
困惑するような歯切れの悪いガンツ、そしてその後ろに控えるマリノスとマジコも同様であった。
「なんか俺たちの部屋を用意してあるって」
「ああ、そうそう言い忘れていた。泊って行けよ、すでに準備は出来ている。朝寝坊しなければギルドでの依頼争奪戦にも遅れはしないだろう。早めに朝食を準備させておくからしっかり食べてから依頼へ行ってくれ。 それとも今夜の宿をもう抑えてあったのか」
知矢はうっかりと三人へ泊っていくように伝える事を失念していた。しかしこの屋敷の家令を兼任するリラレットに抜かりはなかった。
「いや宿は今は定宿を定めてはいないから構わないんだが、いいのか本当に」
先ほどまで酒に酔って勢いの良かったガンツだが驚きのあまりかすっかりと酔いがさめてしまった様子をみせている。
「何を遠慮してんだ。来た時に荷を置いた部屋があったろう、あそこがそのまま今夜休んでもらう部屋だ。風呂もいつでも沸いているから好きな時に何度でも入ってくれ」
風呂に入り放題と聞いたマジコは困惑していた表情を一人吹き飛ばし満面の笑みを見せる。
その後知矢に背中を押された三人はウキウキ気分のマジコを先頭に部屋へと進んでいった。
「ニャアラス、お前まだ飲んでて良いのか。まあ俺は構わないけど。カーネタリア様、こいつに無理に付き合うことは無いですよ。お疲れになったらどうぞ部屋へお戻りになって下さい」
来客を見送りガンツたちを部屋へと行かせた後、宴の会場へと戻った知矢。
そこは既に使用人たちにより全てが跡形もなく片付けられ、明日の朝食用のテーブルセッティング迄完了していた。
ニャアラスはカーネタリア老人と宴の会場に隣接している小部屋に席を移し、未だ二人で酒を飲んでいるのだった。
ちなみに小部屋とは言うがそこはゆうに40畳はあり、ソファーとローテーブルが配置されゆったりと過ごせる空間だ。
この部屋は水の魔法と風の魔法を利用した簡易クーラー、冷風扇ともよべる魔道具も取り付けてあり暑い夏でも涼しく過ごせるのだった。
「ニャアトーヤお疲れ~」既にだいぶ酔いが回っているニャアラスがだらしなくソファーへ半ば寝そべりながらコップをさし上げる。
「ヒョッヒョッヒョ、お言葉に甘えてわしはそろそろ休ませてもらうとするかのう」
そういうとカーネタリア老人は知矢たちにおやすみと一声かけるとひょっこらひょっこらあてがわれている部屋へと去っていった。
ニャアラスとニーナはたまにであったがカーネタリアはすでに知矢の屋敷の住人であった。
知矢は老人へ 「どうぞご自身の屋敷同然にお使いください」 と部屋はおろか着替えや身の回りのものも用意した。
老人の考えは解らなかったが、いつものしわくちゃの顔でほほ笑むと今ではすっかり自宅のように住んでいる。
知矢は折に触れカーネタリアからその豊富な経験と知識を学びたいと考えてはいたが老人を何か役に立たせようなどとはみじんも思っていなかった。
なぜならカーネタリアの実践しているこれまでの生活は知矢目指している【のんびり老後】と同じものであると感じているからだ。
だからもしカーネタリア老人が知矢達の元を去ると言い出しても、それを引き留めるつもりもなく、どこへ行くのかを問いただす気もない。
知矢もいつか本当にそんな【のんびり老後】を送れる日が来るのかなあ、と最近の自分の行動や騒ぎを思い返しながらひょっこり歩く老人の後姿を見送るのだった。
「トーヤ君」
入れ替わりにニーナが風呂から戻った。
今夜はニャアラスと同様にこの屋敷に泊まるニーナであったが実は知矢の知らぬうちにリラレットとサーヤの手配でニーナの部屋には種々の場面で何があっても困らないだけの衣服、着替え下着からドレスに至るまでニーナ専用とあてがわれたその部屋にあるウォークインクローゼットが備わっていた。
衣服だけでなく靴や化粧品、アクセサリーに至るまで用意が整ったその部屋へとリラレットに案内されたニーナは
「・・・・・・・」
言葉を失ってしまった。
しかしリラレットは何でもない事の様に
「こちらの部屋に用意してありますものはすべてニーナ様専用として用意させていただきました。ご自由にお使いください」
と丁寧に腰を折り頭を下げまるで知矢の妻を新たに迎えたかの如くの様であった。 と後年ニーナは語ったと言われている。
「今、私の入れ違いでマジコさんがお風呂に入っていったわ。彼女相当お風呂が気に入ったみたいね。無理もないわ。今彼らが使っている安宿では桶に入った水を魔法で温めてぬぐうのが精一杯ですもの」
そんな事を語った。
「ニーナさん。私は可能ならガンツたちのチームを私の専従チームにできないかと考えているんです。もしそれが叶うなら、まあこの屋敷とはいきませんがどこか近くに冒険者チームが何人も住める食堂と風呂付の建物を購おうかとも考えているんですよ」
知矢は以前から薄っすらと考えていたことを始めて口に出して語った。
「それはトーヤ君のクランを作るってことかしら」
ニーナは使用人が持ってきてくれた冷たい水を口にしながら問うた。
「クラン。そうですねいろいろな冒険者を集めて集団を形成する。それはクランと言ってもいいでしょう。ですが私が目指しているのは積極的な魔物狩りや迷宮攻略、そして遺跡の探検などを目的とした集団ではなくFランクからそうですねせめてDランクまでの冒険者で構成する寄宿学校的な物でしょうか」
知矢はニャアラスから聞いている教育の足りない獣人が世に出た時に出くわすトラブルや問題を解決するために皆で金銭を出し合い故郷から都市部へ呼び寄せ、まとめて学ぶ機会を与える行いを実践し始めているのを目の当たりにしたとき、この世界における学校教育の現状を調べた。
しかしそう言ったものは無く精々が親や近所の者が足し算引き算や読み書きの基本を自分の知識の範囲で教えるだけであると知った。
もっとも貴族や大商会など金銭や生活に余裕のあるもの。そしてそう言った教育を必要としている者たちには各大規模都市や中核都市に学び舎が存在する。
これは一般市民教育をないがしろにしているという訳ではなく一般市民はそこまでの高等教育を必要としない生活が普通であるだけだ。
その証拠にきちんと熱意をもって希望する者にはそう言った学び舎へ通い学ぶことはできる。事実ごく少数の一般市民の未成年がこのラグーンにある学び舎へ通っていることも耳にしている。
しかし知矢が転移前、日本で受けていた小学校、中学校などの基本教育を全国民に施すことは今の状態では不可能だった。
それは市民生活でそれ程の高等教育を必要としない事とそう言った知識を将来行かせる職場も少ない事だ。
文明の発展により多くの者が知識を得なければその社会情勢の波に乗る事が叶わず職を得る事さえできない今の地球、日本の社会情勢。
知矢はそれを否定はしない。
しかし知矢が転移前憂いていた事がある。
小中高と進学し今や大学進学さえも当然のようになっている日本であったがそこで何を学び何を得そしてそれを社会に出てどう生かすか。
そう言った事を何も成さず漠然と進学し漠然と授業を受け何も決まらずに卒業だけする。
結果行きつく先は不安定な派遣仕事のみ。
知矢はこの派遣業を嫌っていた。
大企業や派遣会社に良い様に使われ搾取されるだけの存在であることを何故若者は理解しないのか。
若いうちはそれも経験だというのもいる。
しかし気が付いたときには歳を重ね得られたのは色々な会社で使い捨てにされた事実だけ。資格も経験もなく同僚や先輩に揉まれる事もなく後輩へ指導する経験も浅い。
そんな社会を否定し知矢の会社はすべてが正社員であり積極的に中途採用とそれに伴う教育に力を注いできた。
だがしかし知矢も一介の中小企業の社長と言うだけであった為、出来る事はそれほど多くない。そして雇える社員の数も限られていた。
それを歯がゆく思いながらも必死に10人規模の会社を1人、3人、5人、と増やしやっと500人以上の規模まで成長させたところで引退している。
この異世界へ転移してきたとき、そして今も心の中にあるのは 【のんびり老後を送りたい】という思いであった。
だが思いもよらない商売と魔鉱石の発見、そして一代貴族相当の権を得た今、日本でなし得なかった事を少しでも出来るのではないかと考え始めていた。
ただし一般市民の子供たちを小中学校のように教育するのは自分の仕事ではない。それは帝国政府の役割であると思っている。
「ニーナさん。私は冒険者の教育機関を作ろうと思っています」
「えっ?冒険者の教育ですか」
宴が終わり静まる夜、知矢は熱い思いを語り始めるのであった。
先々週より色々と精神的にきつい出来事が起こりまして・・・・・消耗しておりました。
そのせいで更新をする気力もなく、どうやってトラブルを解消すべきか。
より良い道筋を模索する毎日で、なぜ当事者ではない私が夜も寝られないほど悩むのかが理解できません。
まあ仕事はなんとか順調であったのですがプライベートでやらかした奴がおりまして・・・・・。
馬鹿兄貴が(-_-;)




