第154話 疑心・葛藤 ~「ボンタにも春が来たんだな」 「へっ?」
こんばんは。何とか書き上げましたのでご覧ください。
では第154話どうぞ。
その部屋はこの都市では珍しい窓にはめられているガラスを通して陽の光が燦々と差し込み春を前にしながらも部屋の中は暖かい空気に満たされ気持ちも良く快適と言ってよい環境であった。
しかし室内の空気は非常に重苦しくそこに居る者の誰もが積極的に口を開き討論を交わす様子には見えない。
ソファーへ腰かける者達を前に周囲に控える家令や使用人達も身を固くしながらじっとその場にとどまり命を待つのだった。
その部屋には今4人の男が集まりそのうち三人はかつてないほどの苦悩の表情を浮かべ各自考えを巡らせているのか表情を変えながらも口から発する事も出来ずにいた。
その中で1人若い男は与えられた席に悠然と腰かけ使用人に供された紅茶をゆっくりたしなみながらその表情は至って落ち着いた様子だ。
その若い男は勿論、Aランク冒険者であり、昨今話題の魔道具商店の主催者、そして魔鉱石発見の報奨で1代貴族に最近叙された、そう知矢である。
そしてその部屋で苦悩し続ける者達。
1人はこの館の主。ギルバルト帝国皇帝より中核商業都市ラグーン及びその周辺都市や衛星都市の管理運営を任されている管理貴族、アンコール伯爵である。
もう一人はそのアンコールの右腕とも言われるアンコール麾下騎士団を統括する第1騎士師団長モンドール。
最後に、この中で最も苦悩の表情を浮かべる人物。
ラグーンや周囲の街道に目を光らせる刑事警察機構の責任者、都市警備騎士団のオースティン騎士伯その人であった。
「済まないが紅茶のおかわりをお願いできるかな」
そんな空気の中ゆったりとソファーへ腰かけ茶を喫していた知矢が口を開いた。
静寂を破るその声に一瞬ビクッとした使用人、メイドが即座に知矢へと近づき一度茶器を下げると新たに入れなおした紅茶を「どうぞ」とだけ言いながらそっと目の前へ置く。
「ああ、ありがとう」
知矢はリラックスした口調で軽く頭を下げ礼を述べるとそのメイドも軽く膝を折り腰を上下させると静かにもと居た壁際の位置へと静かに戻った。
更に沈黙と苦悩の時間は過ぎていった。
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知矢の店、魔道具商店を訪れ知矢へと面会をも希望した男。
本人曰くオースティン騎士家のフェブラッティ・コールマンと名乗り事実本人であるのは事後の確認に寄り証明されていた。
しかし店を訪れ知矢と挨拶を交わした瞬間袖口に仕込んでいた仕掛けから知矢の顔前へ向け液体が発せられるとその正体を現した。
『馬鹿め油断したな。そのブラッティーマッシュルームの猛毒は直接触れれば致死間違いない猛毒なんだハッハーざまあねえな。もうこれも用なしだアバヨ』
結果知矢の新魔法 ”結界魔法、障壁” により遮られた毒は知矢や他の使用人に一切の害をなす事も叶わずそして成功を確信したフェブラッティ・コールマンは即座にその場を脱して逃走。
しかし知矢の警備担当の使用人たちの手により即座に捕縛、拘禁されたのであった。
その報が”影”によりアンコール伯爵の元へもたらされたとき
『何だと!!!!いったいどういう事だ!!!!第1騎士団長を呼べ、騎士伯にも緊急招集だ!!!』
と今までにないほどの驚きとともに『まずい、まずいぞ』と知矢を再び国家間の争いの余波へ巻き込んでしまった事に恐れおののいていた。
「アンコール伯爵様、オースティンお呼びによりまかり越しました」
緊急招集の報を受けアンコール伯爵の館、執務を行うラグーン城へと急遽駆け付けたオースティン騎士伯は部屋へ通された瞬間ただならぬ様子に危機感を覚えたのだった。
そこには執務席へ座す主のアンコール、そしてその目の前にある重厚な厚みと綺麗な木質の質感を大いに表し磨き上げられた大木の一枚板で作られたであろう自慢の執務机を隔てた脇に立つ第1騎士団長のモンドールの姿があった。
二人はオースティンが入室して来た時もその後も何かに耐える様に苦しい表情を崩さず重い表情で騎士伯を迎えた。
しばらく無言を貫いていた二人であったがアンコールがその口を開いた。
「ハーッ、ご苦労オースティン、そっちにかけてくれ。モンドールもだ」
アンコールは二人へ接客用のソファーへと移る事を指示し自らも執務椅子を立ち上がり重い足取りでソファーへと腰かけた。
「・・・実はなオースティン」
アンコール伯爵は影を通じ知矢からもたらされた報を伝えた。
「まさかその様な」当然のごとくその情報を即座に受け入れる事の出来ないオースティン騎士伯は俯きながらそんなセリフを口にした。
「その反応は当然の事だと理解する。しかしトーヤ殿がそのような嘘をつくはずもないし理由も無い。そしてわしの配下も同様だ。先ずもって真実だとの前提で動こうではないか。その上で卿自ら真実を確認したまえ。
だがその前にそれが事実だとしたら我々は今後何を信じて部下を導けばいいのか。ともすると帝国全体の事となるやもしれん。
目の前にいる者が、親しい友が、部下や上司が実は帝国の潜入者であったなどと解った時、受ける衝撃はとてつもない物になるであろう。さらに言えばこの様な情報が国中へ拡散、流布されたりしたらどうじゃ。皆が疑心暗鬼になりパニックを起こしこれまで固い結束のもとこの帝国を守って来た人民の心が四散するやもしれん。それも狙いであったとしたら・・・彼の国は何と恐ろしい事を考えるのだ。」
「しかし伯爵様、我々には鑑定魔法があります。鑑定の隠ぺいなどは行えても故意の書き換えなどは決して出来ないはずです。全国民を対象に鑑定でステータスを確認すれば」
モンドールは当然と思える策を提案してきた。しかしアンコールの表情は冴えない。
「モンドールの言や正しい。確かに鑑定でステータスを確認する事さえできれば身分の潔白は証明できよう。しかし別の疑念や混乱も生じるやもしれん」
アンコールは更なる騒動を予見しステータスのの確認さえすれば事は収まる訳では無いと警鐘を鳴らす。
「閣下、それは如何なる混乱でしょうか」
モンドールはアンコールの懸念に考えが及ばず率直に聞いてくる。
「ステータスの干渉はタブーではないがこの国家における個人の能力を開示する事による新たな火種。そう今まで開示したくなかった何かを公にさらられたときにおこる人間不信や疑心によって起こるであろう不和の予兆を感じるのじゃ。」
アンコールの意見はもっともである。
確かに犯罪を起こしたことが在ったり産まれを隠しながら平穏を求める者、己の特殊な能力を何らかの事情で隠しておきたいものなど様々な理由が考えられる。
それを強制的に全国民に鑑定を実施しステータス情報の確認を行ってもしそれが本人の意思に反し流失するなどした場合。それに鑑定を行う者もやはり人間である。その情報を第三者へ漏らす危険なども想定するとこの行為はさらに難しい事だった。
そして知矢にしても鑑定を受けもしその鑑定レベルが知矢の非開示情報さえも読み取る程のレベルの者だとしたら。
<転移者> <最高神の加護を持つ者> <若返りし者> <魔力SS級> <獣の加護><弓神の加護><創造魔法> <魔力SS級>
そのどれをとっても公にできる物では無かった。
もし公表すれば神の使徒と崇められるかその能力を利用しようとする者や国家が現れてもおかしくない。
それから逃げようとすれば追うもの、追われる者の争いは必至だ。
知矢の求める <ゆっくり老後> など決して成し得る事など出来なくなる。
「ではどういたしましょう。このまま放置するわけにもいきませんし」
モンドールの言葉に再び苦悶の表情を浮かべるアンコールであった。
「そもそも鑑定を持つ者がどれだけいるかという問題もあるしのう。鑑定魔法の能力を有する事さえ開示しておらんものも多かろう。一般市民でもそうじゃし貴族の中でもひた隠しにしそれで密かに鑑定を行っていた者もおるやもしれん・・・・事は重大だ」
いくら考えてもこの場ですぐに名案や解決策を見出す事など出来ないとアンコールは他の2人へこの事を秘する様言明しその対策を検討事項とした。
「取り急ぎ私共の配下の者の件だけでも早急に進めたいと思います。出来ますならモンドール団長にご同行頂きトーヤ殿のもとで捕らえられている奴を移送し再鑑定を行ったうえで尋問したいと思います。
ですがこれは小官だけで行うと新たな疑心を生むやもしれません。出来ますなら閣下の手の者を複数立ち会いのもと尋問したいと思いますが」
オースティン騎士伯はこれ以上の疑念を受ける事を避けるためアンコールの配下の監視のもと究明を急ぐ旨、首を垂れる。
「勿論だ。全面的に協力する。だがしかし・・・」
「何か御不審でも」
言いよどむアンコールへオースティンが不安そうに問う。
「うむー。もうわしも既に疑心暗鬼の渦中に巻き込まれておるやもしれん。捕らえられている者を移送する者。尋問をする者。さらに言えば鑑定をする者さえも信じて良い物なのかとな・・・」
そのアンコールの言葉を聞いた2人は想像以上に今回の件が人々へもたらす影響の大きさを改めて強い衝撃として受け止めた。
何も信じられない世の中。国家として成り立つのであろう。身近なとこでは夫婦、親兄弟、隣人、恋人までが互いを信じられない世の中など起こってはいけないのだと。
「では暫定的な処置と致しまして」
モンドールが当面の対応を提案した。
「閣下の配下にいる鑑定持ち、そして当方の配下の鑑定持ち、更に騎士伯殿の配下からも鑑定持ちを集め互いを鑑定した後問題が無ければこの者達を核としその後鑑定持ちを鑑定しながらその確定人数を増やしていきましょう。取りあえずはトーヤ殿の所に捉えられている者を三人に鑑定させるところから始めてみては」
その場でアンコールはモンドールの意見を採用し即座に鑑定持ちの者を招集した。勿論密かにである。
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その頃知矢のいる魔道具商店では。
「ご主人様。ボンタさんが戻ってまいりました」
新人使用人によりボンタの帰還が告げられると知矢の部屋へと通された。
「兄貴、戻りやした」
元気に顔を見せるボンタは最近知矢から重要な任を与えられる事に喜びを見出しているようだ。
その原因は種々あるが以前から知矢を兄貴と慕って仕事を言いつけられるとその報酬として金銭を授受してきてはいたがそれにもまして最近は以前よりも知矢の命を待ち望んでいるのだった。
直接的な原因かどうかは定かではないが先日生きるか死ぬか、生死の境をさまよった事とその後お礼の為に訪れた教会にて司祭様や助祭見習いより話しを聞いていく内に今まで半端に生きて来た自分を見出してくれた知矢への感謝の念を一層強くしさらに大地母神デミレサス様の教えをマーベラス司祭様から説かれ何か生きる道を見出したかその渦中にあるらしい。
そんなボンタを知矢は「最近少し頼もしくなったか?何か変わったな」と思いながらも酒場の女性に夢中だと以前ニャアラスより聞いていた事を思い出し
「あいつにも春が来たのかもな」と勘違いをしながら戻ったボンタを温かく迎えるのであった。




