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9.天使舞い降りる

 騎士見習いの寮のベッドの上で窓から溢れる日差しを何となく見ながら、横になっていた。

 寮のベッドは宿程ふかふかな物ではないけど、それなりに寝心地の良かった。


 ワンルームの勉強の為なのか机と椅子もあり、後はこのベッドくらいしかない質素な部屋だ。

 お風呂、トイレは共用で寮の中に別である。


 昨日のアスレンの森での失敗を思い出しながら、十五度目の溜め息をつく。


 「あれは僕が悪くないよな? だって魔力使うしかなかったし、ミリアさんが居るなんて思わないもんな」


 木の板が敷き詰められた天井へ独り言を呟く。

 こうやってゆっくりと朝の時間を無駄に過ごしているのは、騎士見習いの訓練が休みだからだ。

 一週間に一日だけ休みがあり、その日は空いてる時間で鍛錬するも良し、勉学に励むも良し、遊びに行くも良し、デートするも良し、イチャイチャするも良し、そんな相手の居ない人はこうやって英気を養うも良しと言った所だ。


 暇が嫌いという訳でも無いし、退屈が苦手と言う訳でも無い。

 ただじっとしてるのに飽きたので、致し方無くベッドから重い身体を起こした。

 いや、重いのは身体ではなく、気分だろう。


 こんなにも早くミリアさんにバレてしまったのだから、また誰かにバレないとは限らない。

 あの演習の後……ミリアさんも一緒に帰ったのだけど、帰り道にーー



 「さっきの魔物……五年前にも見たと言っていたな?」


 列の一番後ろをミリアさんと一緒に横並びに歩きながら、視線は前を向いたまま小声で話し掛けてきた。


 「はい」


 「あんな魔物を私は見たことがない。それなのにリックの前に二度も現れるのは偶然だと思うか?」


 「…………」


 僕はその問いに得体の知れない不安が押し寄せた。


 「リックの父親が何かアルステムの誰かと因縁があり、命を狙われた可能性はないだろうか……そんな風に考えている」


 「それは僕の話を信じてるんですか?」


 「まぁ、最初から見ていたからな」


 ん? この人何て言った?


 「えっとぉ……それは何処からって事でしょうか?」


 「『エミリ。君は今すぐに逃げろ』だったかな? なかなか男らしい台詞だと感心したぞ」


 そっから聞いてて助けてくれなかったのか?

 命を狙ってるのはミリアさんじゃないのか?

 灯台もと暗し、犯人は身近に居た、みたいな?


 「なんで助けてくれなかったんですか?」


 「あの魔物と向かい合った瞬間、リックの魔力がはね上がったのを感じた。結果の通り助けなんて必要なかっただろ?」


 「うっ……」


 それはそうなのかも知れないけど、助けてくれても良いじゃないか。

 しかし、使う程の敵じゃなかったとはいえ、氷魔法まで使わなくて良かった。


 「それで話を戻すが、ラドス団長を知ってるか?」


 「ラドス? いいえ、余り父さん、父はそんな話とかしなかったから……あ、でもアルステムの騎士の誰かと犬猿の仲だったって噂なら聞いた事あります」


 「……そうか。まぁ、それだけだと命を狙う理由にしては安っぽいな」


 嫌いだからだけで殺されたんじゃあ堪らない。

 僕に至っては、そのくだらない理由に巻き込まれた事になる。


 「うーん、そういえば、父は亡くなる少し前から、急いで僕を傭兵にしようとしてましたね。それまで十八になるまでは仕事には連れていかないって言ってた父が、僕が十三の時に連れて行ってくれました」


 「何か焦っていたって事か……内を探ってみた方が良いかもしれないな」


 「まさか父を殺した魔物を差し向けた黒幕がアルステムの騎士の中に居るって事ですか?」


 口元に人差し指を立て、視線だけをこちらへと向けて怪しい笑みを向け、


 「二人だけの秘密だぞ」


 二人だけの秘密は危険な香りしかしなかった。



 ーーバレた事もだけど、僕の父を殺した仇が他に居るかもしれない事実に衝撃を受けてしまった。


 その話が本当だろうと勘違いだろうと、ここで悩んでいても解決しない。

 余計に気分が重苦しくなりそうなので、気分転換に散歩をする事にした。


 アルステムは王都というだけあって広い。

 王宮の敷地内には僕風情では入れないが、そこだけでも結構な広さがありそうだ。

 入れないから、外から見た想像だけど……。


 その王宮の外回りに騎士達が生活、訓練するエリアになっている。

 僕ら見習いの寮は、更に外……城下町エリアにあり、その三つの層に分かれている感じだ。

 


 だから、僕ら見習いは寮から騎士達のエリアまで赴き、そこで訓練し、食堂でご飯を食べている訳だ。

 休みの日も勿論、食堂の活用は出来るので、そっちへと行かないとご飯が食べられないと言う訳だ。


 ちょっとお昼には早いから、広すぎてまだ全部見て回れていないから、騎士エリアのでも見学しようかな。

 そうと決まれば、とりあえずは寝巻きから普段着へと着替えて、騎士エリアへと向かった。


 騎士エリアの建物の中は、基本的に一階が食堂や医務室、勉強の為の書物が置いてる部屋や、休憩室があり、二階からは騎士達の部屋があるみたいだ。


 因みに団長クラスや近衛の騎士は、王宮エリアに住んでいるみたいだ。


 建物の中は退屈なんで、外側の王宮エリアを仕切る塀伝いに散歩して回る。

 寮の庭でも綺麗なもんだったが、それよりもちゃんと手入れされた騎士エリアの庭は芝生も生え揃っていて歩いてるだけでも感触が気持ち良い。


 泉……と言っても間違いじゃないくらい綺麗な池、小鳥達のさえずり、雲一つない晴れやかな青空!

 沈んだ気分がプカプカと急上昇してくる!


 「いやぁ、外に出て良かったぁ!」


 そう言って両腕を挙げて、空を見上げながら伸びをする。

 最高に気持ち良い!

 そりゃこんなに気持ち良かったら、空から天使だって降ってく……え?


 塀から飛び越えて、僕の真上に天使が降ってきた。


 「きゃっ」

 「ぐえっ」


 変な声と共に倒れてしまったが、そんなの構わない。

 それよりもこの柔らかな肌の感触を服越しにでも感じて死ねるなら本望だ。

 うん、どうせ死ぬなら、豊潤な二つの果実をこの手にーー


 「大丈夫ですか? 怪我とかありません? 立てますか?」


 小鳥達も裸足で逃げ出しそうな程可愛らしい声が聞こえてきて正気を取り戻す。

 危ない危ない……本当に別の意味で死を迎える事になる所だった。


 「大丈夫です。どこも痛めていませんので、お気遣いなく」


 キャップを深く被っているが、その美貌を隠しきれておらず、覗かせる顔は可愛らしさと美しさを兼ね備えている。

 髪はキャップに放り込んでいるのかな? 銀色の髪がキャップの隙間から見えた。


 見た目の上品さから裏腹に、格好は少年のような動き易い格好をしている。

 それでも美人は何を着ても美人だ。


 いや、そんな事を言ってる場合じゃない。

 問題なのは、ここの塀……つまりは王宮エリアから出てきた事だ。

 スパイ? それなら、僕に構わず逃げて行くだろう。

 王宮に仕える侍女というものだろうか。

 ちょっとした気分転換に抜け出してみたした、的な?


 「あの……黙ってて貰えませんか?」


 どうやら正解なのか、僕が怪しんでる視線を感じて居たたまれなく、見過ごして欲しいと要求してくる。

 人差し指同士をもじもじとしている辺りが好感が持てるので、全てが許される。


 「僕は全然構いませんよ。えぇ、天使をこの身体で受け止める事が出来た事を、幸せを噛み締めていた所なので」


 僕にしては、キザな台詞が言えたはずだ。

 今までは、いざって時に緊張してしまって情けない自分を悔いていたが、もうそんな過去の自分とはさよならだ。


 「やっぱり打ち所が悪かったのでしょうか? 本当に大丈夫ですか?」


 心配されてしまった。

 どうして僕の人生上手くいかない事だらけなんだろう……。


 「いえ、大丈夫です……。何も見てなかった事にしますので、どうかお逃げくたさいませ」


 そして、どうかさっきの台詞は何も聞かなかった事にしてください。

 あれ? 涙が……勝手に溢れてくる……なんでだろう……。


 「やはり何処か痛むのですね? 頭の打ち所が悪かったのかしら?」


 あぁ、流れる涙を見て心配してくれるその優しさが余計に悲しい。

 いや、今のは少しディスられたんじゃないだろうか。


 「お気になさらず! 僕は元々こんな人間なんです。この涙も日常茶飯事。僕が泣かない日はありません」


 「そ、そうなんですか?」


 手を口まで持ってきて驚くポーズを取る。

 この人もなかなかリアクションが可愛い。


 「えぇ、涙を流すとストレスの解消にもなるそうで、涙腺を緩める訓練をしてるんですよ」


 「そんな訓練をするのですね?」


 「……冗談ですけどね」


 何だか全部信じてくれそうで、罪悪感が沸いてきたから白状した。


 「ふふ、騙されちゃった」


 その上品に笑う姿が何とも尊いもののように思えて見とれてしまった。


 「すみません」


 「良いです。お気になさらないでください。面白い方ですね」


 「そう言ってもらえると光栄ですね。それより、せっかく脱走したのに、良いんですか? 僕なんかに構ってて」


 彼女はハッと両手を肩くらいまで挙げてみせる。

 思い出したようにアワアワとその場をくるくると回った後、城下町の方へと走り出した。

 美しいだけじゃなくて、めちゃくちゃ可愛いのは反則でしょ。


 走り出した背中を見ていたら、急に何かを思い出したかのように止まる。

 僕は首を傾げて、次の行動を見守る。

 彼女はふわりと振り向いて、


 「ねぇ、今から町に行くんだけど付き合ってくれませんか?」

 「はい」


 僕は間髪入れる事のない即答を放った。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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