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8.二人だけの秘密

 一頭目のバッファローを担いでダイン教官の所まで戻ると、イアンさんが既にバッファローを仕留めて戻っていた。

 まだ二十分弱くらいで、僕らもかなり早く仕留めてきたつもりだったけど、伊達に三年目に突入している先輩は侮れないな。


 「ほぉ、リック達ももう一頭仕留めたのか? ま、お前らは二人でやってるみたいだから、もう一頭だな」


 「えっへん! 余裕ですね!」


 腰に両手を当てて、胸を張ってドヤ顔を決めるエミリに向かうところ敵無しと言った所だろう。


 「イアンさん。早いですね?」


 「まぁな。バッファローの森の中の機動力を考えると、全力で走れば追い付けると思ってな」


 「……その手がありましたね」


 そっか、ごりごりの力押しで充分に追い付けるんだな……。

 見付けるまではバレてはいけないって先入観があったせいで、その考え方にならなかった。

 さすがに二回も昇格試験に落ちてる人は経験が豊富だな。


 まぁ、間違えてる訳でもないし、気にしなくても良いか。


 「もう一頭仕留めないといけないんだろ? 頑張れよ!」


 「はい、頑張ってきます」


 イアンさんは良い人だなぁ……爽やか笑顔で応援してくれる。

 二回も昇格試験に落ちてるのに、スレてないでこんな真っ直ぐに人間の出来た人になれるんだから、素晴らしい。


 「なんか俺を見る目が悲しそうなんだが、大丈夫か?」


 「あ、イアンさんの優しさを噛み締めてました」


 「なんだそれ? 早く行かないと時間間に合わなくなるぞ」


 「そうでした……では、行ってきます!」


 「おう!」


 イアンさんに別れを告げ、ずっとダイン教官にドヤってるエミリを半ば強引に引っ張って、森の中へと戻った。


 「リッキー! 酷いよ! ダイン教官にアタシのバッファローとの死闘、第十八話目を聞いて貰ってたのに!」


 そんな濃い内容だったか?

 一話にすらならない内容のはずをどうすればそんなに大作に出来るのか、逆に興味が湧いてくる。


 「全何話か知らないけど、二頭目が間に合わないよ」


 「むむ、それはいけない! あ、因みに二百六十話だよ」


 ロングセラーじゃないか。

 きっとバッファローの前世からストーリーが始まるんだろうな。



 ーー演習開始から四十分。森へと戻ってきて二十分程経つだろうか。

 最初の一頭を見たきり、バッファローのバの字も見掛けない。

 まぁ、バの字だけ見掛ける事なんてないし、仮に見掛けてしまったらどう反応して良いのか困ってしまうだろうけど。


 「リッキー。まずくない? 全然見付からないよ?」


 「んー、こんなに見付からないとはね」


 「バッファローだけじゃなくて、他の動物もこの辺り居ないみたいだし、もっと別の所へ移動した方が良いかもしれないね!」


 「言われてみれば……」


 可笑しいな……バッファローを見付けるのに集中し過ぎて、他の動物の事なんて見てなかった。

 バッファローを見付けたのもエミリだし、意外と目敏(めざと)い所がある。


 一度足を止めて、周囲を警戒してみる。


 動物が居なくなるって事は、何か危険を察知して逃げている可能性が高い。

 それならエミリの言う通りに別の場所へと移った方が安全だ。


 「よし、残り時間がそんなに残ってないし、皆が探してる所らへんまで、ダッシュで移動しよう」


 「うん! エミリちゃん、猛ダッシュ! リッキーついて来れるかな?」


 「僕のが足速かったと思うんだけーー」


 「グオオオォォォォ」


 謎の鳴き声が森に木霊して草木がざわめく。その迫力に僕もエミリもその場で固まってしまった。

 そして僕の視線の先……木々の隙間を縫って見える怪物の姿…………見覚えのある獅子のような魔物の姿に僕の全身の血が沸騰するように熱くなる。

 向こうもこっちに気付き、睨みつけるようにゆっくりと方向転換し正面を向く。


 「あれって……なにかな? ヤバい?」


 「エミリ。君は今すぐに逃げろ」


 「え、でもリッキーは……」


 「良いから早く! ダイン教官の所へ行けっ!」


 「う、うん。分かったよ……リッキー……大丈夫だよね?」


 「……あぁ」


 もう怪物から視線を外す事が出来なかったが、エミリの声は聞いた事のない程に悲しそうな声だった。

 ひょっとしたら泣かしてしまったかもしれない。


 怪物が木を薙ぎ倒しながら、一直線に走ってくる。

 エミリはそれに驚きながら、ダイン教官の元へ走っていった。


 バッファローより二回り程の大きさだろうか。

 忘れもしない……もう二度と会う事はないと思っていた化物にまたこうして出会えるとは、復讐の機会をくれた神様に感謝したい。


 「父さんの仇は討たせてもらうぞ!」


 獅子は勢いを止める事なく、そのまま前足を振るってくる。

 その狂暴で五年前はなす術なく吹き飛ばされた、その攻撃を剣を抜いて受け止める。

 受け止めた衝撃が辺りへと伝わり、木々が反り返りそうな勢いでざわめいた。


 ごめん、エミリ。

 君が居たんじゃ本気が出せない……いや、命に関われば、セルシウスの事がバレようがなんてどうでも良いんだ。

 そうじゃない、僕が復讐する醜い姿を見せたくない。それが本心なんだ。


 「お前だけは絶対に許さないっ!」


 魔力を全て解放し、全身へと纏わせる。

 獅子は止められた前足を戻すと今度は噛みついてくる。


 が、僕はもうそこには居なかった。

 獅子の横まで瞬時に移動し、獅子は居なくなった僕を探している。


 剣を振り上げて左側の腹を裂く。

 獅子は痛みで気付いて唸りながら、前足で払おうとしてくる。

 それを振り上げた剣を振り下ろし、左前足を斬り落とす。


 「グオオォォ!」


 「……僕の受けた痛みは、こんなもんじゃない。こんなもんじゃないんだっ!」


 前足を一本失った獅子はバランスを崩して倒れ込み、そこへ僕は剣を構え直して、魔力を剣へと纏わせて渾身の力を込めて振り下ろす。

 剣圧と共に獅子の身体を真っ二つにしながら、大地すらも斬り裂いた。

 大気が震わせながら、剣圧が遠くへと消えていく。


 終わった……。


 動かなくなった獅子の姿を見ながら、「こんなヤツに父さんが殺されてしまった」のかと、やるせない気持ちになる。

 ずっと、忘れようと……過去に縛られないように乗り越えようと頑張っていたけど、この化物を見た瞬間、僕がどれ程憎しみ、怒りを溜め込んでいたのかを認識した。

 沸騰した血が徐々に引いていくのを感じる。復讐とは虚しいものだと聞いていたが、本当に虚しい。

 これで父さんが戻ってくる訳でも、過去を乗り越えられた訳でもない。


 「良い太刀筋だったな」


 「えぇ、本気を出せばこれくらいはね」


 「それは頼もしい事だな。普段はかなり抑えているんだな」


 「まぁ、余り人に知られたくないだ……」


 ……ボ、ボクハ、イマ、ダレト、ハナシテイルンダ?

 今度は一気に血の気が引いて、変な汗が滝のように流れ出した。

 恐る恐る、固まった身体をぎこちなく動かしながら振り向いた。


 そこには不敵な笑みを浮かべたミリアさんが居た。


 「こ、こんにちは」


 「あぁ、こんにちは」


 ちゃんと挨拶を返してくれた。


 「さ、さようなら」


 「…………」


 無言だった。


 「いやぁ、手が滑ったなぁ……」


 「……何か申し開きがあれば聞こう」


 通用しなかった。

 ど、どうする?

 無理だろう! 何で? どうして? ミリアさんがこんな所に都合良く居るんたよ!

 リックよ、考えろ! この場を乗り切る最善の一手を打ってみせよ!


 「ミリアさんのおっぱい大きいでーー」


 「気は確かか?」


 「いえ、どうかしてました」


 最悪の一手を打ってしまった。

 ミリアさんの言葉とほぼ同時に剣の切っ先が僕の喉元を捉えていた。

 さすがはアルステムの団長ミリアさんだ。速くて見えなかった。


 「お前は本当にリック=ダーヴィンなのか?」


 切っ先をそのままにミリアさんが冷たく鋭い瞳で質問する。

 なんでこの状況でそんな質問をするのか、意図が分からない。


 「はい、本物のリック=ダーヴィンです」


 「それを証明する事は出来るのか?」


 「証明……いや、何もないです。父のラダンは五年前に亡くなり、母は産まれてすぐに亡くなってます」


 「……姉はどうした?」


 「…………」


 ……その質問で謎が解けた。

 そうだ、リアンさんと出会った時にそんな嘘をついてしまっていた。

 それがバレたんだ。

 それに父さんを知ってる騎士の人が居れば、家族構成も知ってたり、多分僕も死んでるとか思ってて、リックを語る偽物がアルステムに乗り込んだ……って話になったんだろう。


 「それは嘘です。姉は居ません」


 「何故、嘘をついた?」


 ミリアさんが喉元に切っ先を向けたまま微動だにせず、矢継ぎ早に質問をしてくる。

 当然だ。リック=ダーヴィンを名乗る偽物かもしれない男がアルステムに忍び込んでいるなら、国を護る者として当然の行動だ。

 ならば、セルシウスの事は頑張って隠すにしても、他は全て正直に話そう。


 「僕は間違いなくリック=ダーヴィンです。五年前に父の仕事について行って、そこに倒れてる魔物に父が殺されて、僕も殺されそうだった所を師匠に救われました」


 「師匠?」


 「えぇ、さっきの力を見たでしょ? 五年間師匠の所で修行をして身に付けた力です」


 「それなら何故隠していた」


 「その師匠は人が嫌いで、ひっそりと暮らしたいらしく、師匠の存在をバラさないように釘を刺されましてね」


 「……ここへは何しに来た?」


 「特に目的はありません。師匠にそろそろ独り立ちしろって言われて放り出されました。けど、両親も頼る当ても無くて、とりあえず近い王都へと来ました」


 「それを信用しろと?」


 「……いえ、そんな事は言いません。父の仇をこんな所で討てるなんて思ってなかったですし、僕をアルステムから追い出してくださっても構いません。最初に嘘をついたのは事実ですから、その罪は甘んじて受けます」


 「…………」


 ミリアさんは瞳を閉じ軽く息をついて、喉元へ向けていた剣を納めた。


 「その力……バレたくないんだろう?」


 「? えぇ、まぁ……」


 怪しい笑みをこちらへと向けて、一歩近付いてくる。


 「……何でしょうか?」


 「まだお前の事は判断しかねるんだ」


 「そ、そうですか……」


 「何処かへ消えられるより、目の届く所の方が安心出来る」


 「なるほど」


 「黙ってて欲しいか?」


 「……はい」


 より一層ミリアさんの表情が悪魔のような恐ろしい微笑みになる。


 「黙っててやるから、条件がある」


 「条件ですか?」


 「騎士へと昇格したら私の団へ所属する事」


 「はい?」


 何の狙いがあるんだ?

 僕をミリアさんの団に所属させて、どうするつもりだ?


 「なんだ、嫌なのか?」


 「いえ! とんでもありません!」


 「ふふ、心配するな。最近では腑抜けた騎士が多くてな。お前なら良い稽古相手になるだろう? 騎士になればいつでも稽古をつけられるが、それまではたまに付き合ってもらうとしよう。勿論嫌なら嫌で構わない」


 そういう事ですか……さっきの剣捌きからいっても相当ですよ?

 僕なんかじゃあ、相手になりませんよ?

 やめませんか? 考え直しませんか?


 「嫌なのか?」


 「いえ! 光栄です!」


 凄い圧を感じて、否定する事が出来なかった。

 汗が止まらない。

 僕の身体の水分が無くなるかもしれない。


 「ふふふ……二人だけの秘密だな」


 恐ろしい微笑みのままミリアさんが言う……。

 違う!

 僕の想像していた『二人だけの秘密』というのは、もっと甘酸っぱくてロマンチックなものだ!


 こんな素手で心臓を握られてるような生きた心地のしない『二人だけの秘密』があってたまるか!

 これは『知られてはならない秘密を握られた』だけだ!


 どうしてこうなってしまったんだ……女性と付き合うのってこういう事じゃないだろ?

 実は隠してるだけで、男は皆こうやって付き合ってるのか?

 僕の青春はいつ訪れるんだぁ!


 「おぉーい! 大丈夫かぁー?」


 遠くからダイン教官の声が聞こえてきた。

 まずい……こんな怪物を僕が倒したと気付かれる訳にはいかない……。


 「これは……どうなってんだ?」


 ダイン教官が獅子の死体と大地に刻まれた斬撃の跡を見て驚く。

 よく見るとエミリもついて来ていたみたいで、こっちを心配そうに遠くから見ている。

 エミリならすぐに心配して近付いてきそうなもんだけど、さっきキツく言ってしまったせいかもしれないな。


 「ダイン教官。()がたまたま通り掛かってな。()がその化物の仕留めたんだ」


 凄い……『私』を強調して、僕の方を見てくる……。

 ミリアさんって、こういう人だったっけ?

 もっとこう……クールで気高く、近寄り難い……そんな感じだと思ってたんだけど、なかなかユーモアのある人なんじゃないか?


 「そ、そうでしたか。ありがとうございます」


 「あの教官……そう言えば、バッファローですが二頭仕留める事が出来なかったんですけど……」


 演習のノルマを達成出来なかった。

 もう時間切れのはずだ。

 二人でやった場合、半分は達成してるけど……どうなるんだろう。


 「それならアクシデントがあったから仕方ないだろう。なぁ、ダイン殿? 今回は大目に見てあげると良い」


 「え? あぁ……そうですね。一頭は仕留められてますし、今回は特別と言う事で」


 「良かったな、リック。(私から逃げられると思わない方が良いぞ?)」


 ミリアさんは、僕の肩に手を置いて表向きに喜んでくれて、その裏では顔を近付けて耳元で悪魔のように囁いてくる。


 そ、そんなつもりで聞いた訳じゃないです!

 決してミリアさんから逃れよう等と愚かな考えは起こしません!


 「リッキー、良かったね! ……その、大丈夫だった?」


 「う、うん。ありがとう。どこも怪我とかも無いよ。それよりキツく言ってしまってごめんね?」


 「ううん! 全然大丈夫!」


 何故だかエミリは凄く元気になっていた。

 もはや嬉しそうにも見える。

 一体どんな心境の変化なのだろうか。


 「ほぉ……リッキーと呼ばれてるのか?」


 「え? いや、エミリはあだ名を付けるのが好きみたいですよ?」


 「ほぉ……」


 横目にじとっとしたミリアさんの視線が送られてくる。

 お願いします。神様、僕をそっとしてあげてください。

評価、ブックマーク……どんどん増えてきて嬉しいです!


引き続き、ブックマーク、下の☆マークでの評価、どしどしお待ちしております!

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