4.騎士見習い始めました
武道会で優勝し、リアンさん、ミリアさんの推薦もありアルステムの騎士見習いとなった僕。
どうやら、あの大会自体も新たな才能発掘の場として活用されているみたいで、過去七回の内三名も僕と同じように騎士へと引っこ抜かれたらしい。
そして今、騎士見習いの教室のような場所で教壇の横に立たされて皆の視線を一身に受けている。
「今日から一緒に騎士見習いとして訓練に参加する事になったリック=ダーヴィンだ。皆仲良くしてやれよ」
厳つい顔立ちの割に物腰の柔らかなトーンで、ダイン教官が他の騎士見習いへと紹介してくれる。
朝から夕方まで鍛練に励むイメージをしていたが、基礎的な剣や魔法の訓練をしつつ、騎士としての教養や、馬の世話、騎士達の使用する訓練所の掃除等の雑用もこなす学校みたいなものらしい。
無論、学校ではないのでクラスや学年は無い。
なので、年齢もまちまちで年に一回行われる昇格試験に合格すれば、晴れて騎士と認められるそうだ。
「えと、これから宜しくお願い致します」
騎士見習いの人達の反応は様々ではあったけど、社交辞令な拍手もあり、概ね温かく迎え入れられたと思う。
幾つか席が空いていたので、何処に座ろうか視線をキョロキョロさせていると、オレンジ色の髪が良くあった太陽のように明るい表情で手を振って、隣の席を勧めてくる女性がいた。
年齢は同じ十八くらいだろうか。
「やほ! アタシはエミリ。宜しくぅ!」
何とも社交的な人なんだろう。
大きな瞳でこっちをじぃっと見ていて、人懐っこいと言うべきなのか。
初めて会ったのに、親近感が持てる。
街へ着いてから話したのは、年上の女性ばかりだったから、とても話しやすそうだ。
「うん、宜しく。色々分からない事聞いちゃうと思うけど、ごめんね」
「良いよ良いよ。どんどん聞いて。それにアタシ昨日の試合観てたから知ってるんだぁ。リック、強かったよね! あ、リックって呼んで良かった?」
「うん、大丈夫。昨日の試合ね……まぐれみたいなもんだよ」
「ふぅん、そうなの? もっと実力隠してるんじゃないかなって思ったのに、違ったか」
「ハハハ、ソンナワケナイダロ」
勘の鋭いお方だ。
それともあの戦いを観てた、リアンさんやミリアさんも同じように思っていたりするかも……本当に気を付けなければ。
とはいえ、騎士見習いとなったからには、少しずつ怪しまれない程度には『成長』という形で力を出していき、一年くらい頑張ってれば何とか誤魔化してやっていけるだろう。
ーー午前のカリキュラムを終えて、エミリに連れられて騎士達の利用している食堂へと昼食に来た。
『騎士達』なので、勿論騎士見習いだけでなく、一般の騎士もここの食堂を活用している。
騎士達の中には、街まで出向いて食事をする(リアンさんのような)人も居るようだ。
我々騎士見習いには、下働きを兼ねているが、寮とこの食堂の利用と授業を受けているので、お給金はないからここでしか食事が出来ない。
因みに僕の賞金は騎士見習いの制服一式で全部消えてしまった。
調理場にいる中年くらいの女性に、日替わりの定食をトレーごと受け取る。
栄養も管理されていてメニューは決まっているみたいで、こっちから注文をする事がない。
騎士達が外へ食べに行くのは、そのせいかもしれない。
既に中央は先輩騎士達が占拠しているので、見習いらしく隅っこの方に席を陣取った。
今日の定食は五目あんかけ定食ナリ。
「本当に朝から色々と教えてくれて、ありがとね」
「ふふぅん。遠慮なく何でも聞いてよ。って、アタシもここに入ってきたばっかだから、偉そうな事言えないんだけどねぇ。てへ」
舌を出して、片手を後ろへ回して頭を撫でる仕草がまた何とも言えない。
エミリは一つ一つのリアクションが大きいし、可愛いから見ていて飽きない。
こういう学園生活とかしたかったなぁ……なんて、遠くを見てしまう。
騎士見習いの人達とあれだけ仲が良さそうなのに入ったばかりというのには、そのコミュニケーション能力の高さに感服する。
「だから、イアンさんの方が詳しいもんねぇ」
「ん? まぁな」
青色の爽やかな短髪で、頼れる兄貴っぽいイアンさんが、エミリに話を振られて、食事の手を一旦止めてくれた。
「三年目で頼りになるお兄さんだから、リックもじゃんじゃん頼って良いわよ」
「おいおい、嫌味にきこえるぞ?」
「何がですか?」
目を丸くして意味が分からない様子のエミリを見て、イアンさんは、まぁ良いけどな、とため息をつく。
そりゃ、三年目って事は二年間昇格試験に受からなかった事になるんだから、嫌味になってしまうだろう。
でも、彼女にはそんな気持ちは更々ないのも分かってしまう。
「そうそう、新入りで気を付けておかなきゃならない事がある」
イアンさんが、気を取り直してテーブル越しに前のめりになって小声で話し出した。
僕とエミリも真似て前のめりになり、顔を近付け合う。
「俺達と同じく、この騎士見習いから騎士へと昇格した先輩達は大丈夫だけど、名門出のエリート学校から騎士へとなった先輩には気を付けろ」
「何でですか?」
「俺達と身分が違うからな。同じ騎士の身分になっても待遇が違ってるらしいぞ? だから、言葉遣いとかはしっかりしとけよ」
「……分かりました」
「まぁ、エリート騎士様も全員がそんな嫌な先輩じゃないけど、むしろ一部だけど、普段から気を付けるに越した事はないだろ?」
「そうですね」
確かに騎士見習いが二十人弱なのは少な過ぎると思ったら、恐らくそういう名門や貴族から騎士が輩出されるんだろう。
こっち側は、落ちこぼれの一般人が栄えある騎士になる事が出来る救済処置的なものって訳だ。
「あ、居た居たぁ!」
聞き覚えのある溌剌の声に胸を踊らせながら視線を向けると、リアンさんとミリアさんが二人仲良くトレーを持って、こっちへと向かって来ていた。
「あわ、あわわ……あの、昨今はお日柄も良く、晴天がへきへきしてます!」
エミリは慌てふためきながらビシッと直立して、騎士見習いが教わるのであろう呪文を唱えている。
……こういうのも有りだな。
リアンさんは爆笑している。
何だかエミリにリアンさんを取られた気になった。
いや、僕のものじゃないんだけどね。
「そんな堅くならなくて良いわよ。さすがはリック君、面白い友達が出来たのね」
「えと、えぇまぁ。仲良くしてもらってます。エミリとイアンさんです」
「リアン団長とミリア団長、イアンと申します! お話出来て光栄です!」
さっきまでの落ち着きのあるイアンさんとは別人になり、全身から緊張が伝わってくる。
「だから、そんな畏まらなくて良いのにね」
「リアン、無理言うな。自分達の立場があるだろ」
ミリアさんが呆れたように肩を竦めて、僕の隣に席を取った。
リアンさんはその向かい側だ。
僕は別の意味で緊張する。
金色に輝く美しい長髪、絹のような柔らかそうな肌に修羅場を掻い潜ってきたと思わせる力強い眼光が隣にあるのだ。
「リアンさんもここで食事されるんですね?」
「団長と呼ぶ事を勧める」
「あ……すみません」
隣でミリアさんが小声ながら鋭く刺してくる。
さっきイアンさんが言っていた言葉遣いだろう。
二人は気にしなくても、周りの騎士が気にしている。
周囲を見渡すと、驚くような視線、羨ましそうな視線、珍しいものを見る視線の中に、確かに嫉妬や蔑みに似た視線も感じる。
いや、そう忠告するなら、一緒に食事しない方が良いんじゃないですか?
「うふふ、リック君が初日で一人ぼっちになってないかなぁ、って心配になっちゃってね」
うぅ……本当に女神様のように優しい人だ。
だけど、その優しさが周りからの視線を強くさせているんですけど、分かってらっしゃるのかしら?
「あの! あの! リアンさん団長とミリアさん団長はリック君とお知り合いなんですか?」
さんの後に団長を付けるって新しいな。
エミリは瞳を輝かせながら二人を交互に忙しなく見ている。
「ふふ、リック君はアタシがスカウトしたのよ?」
胸を張って自慢気に言ってくれる。
特に誇れる内容じゃないけど、その辺りは大丈夫だろうか。
エミリまで、おぉ! なんて驚いてくれるけど、ちゃんと分かって驚いているのか?
「良いなぁ、リック。団長にこんだけ気に入られてたら、昇格試験も余裕なんじゃないか?」
「それはどうかな。昇格試験に忖度はない。実力次第だ」
「ですよねぇ……」
その昇格試験に二度落ちたイアンさんが、実力次第って言葉を聞いて肩を落とした。
「リック君、一年で昇格期待してるわよ」
リアンさんがあの殺人ウィンクで心臓を射ち抜いてくる。
悶え死にそうだ……必死で緩もうとする顔を抑えていると隣のミリアさんの冷たい視線を感じて、苦笑いになってしまった。
「ご期待に応えられるように精進します」
満足そうに頷くリアンさん。
周りからの視線がどんどんキツいものへと変化しているような気がする……うん、気のせいではない。
一年かぁ……無事、騎士になれるのかなぁ。
「その前に、来週の実技試験をクリアしなければな」
「そう言えばあったわね。そんなの」
「実技試験?」
僕は頼れるイアンさんへと説明を窺うように視線を送った。
「年に何回か行われるテストみたいなもんだよ。それに合格しなけりゃ、騎士見習いもそこで終わりって訳」
「そんな殺生な……」
賞金を全て使わせておいて、来週さよなら……なんて事ならないよな?
「まぁ、でもそんな難しい課題はいきなり出ないから安心しろ。後半になってくるとちょっとキツいのがあるけどな」
「ま、そういう事だ」
うぅん……心配はないと思うけど、いきなりさよならは格好悪くて二度とアルステムの城下町を歩けなくなりそうだ。
来週かぁ、どんな試験か知らないけど頑張るぞ。
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