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覗かせる真実

 簡素な作りのワンルーム。

 生活に不要な物は排除され、また僕自身も金銭面からそのような類いで部屋を飾る事はしていない。


 一つだけ情緒や風情を感じさせる物があるなら、窓から見える月くらいだろう。

 そんな窓から月を覗いている人間の姿をしたセルシウスは、月明かりの光に照らされて充分に神秘的で美しい存在に思えてしまう。


 「なんだ、私に見惚れているのか?」


 僕の視線を敏感に察知し、ゆっくりと視線をこっちに向けてくるセルシウス。

 その表情は茶化している言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みだった。


 「人間の姿をしていても、それだけでは隠しきれない美しさがありますからね」


 「私以外にもそんなおべっかを言っているのかな?」


 「ははは、そんなまさか……」


 針のように鋭く刺さってくる視線をやんわりと外す。

 効を奏した試しはないが、似たような発言をしているのは間違いない。


 「そんな事より何か精霊様がこの様な場所に姿を現すだけの重大な事でもあるんじゃないですか?」


 本当に僕に会いに来ただけって事は、流石のセルシウスでもないだろう。


 「お前に会いに来たと言ったはずだが?」


 「な……」


 「ふっ、冗談だ。気になる事があってな」


 よ、良かった。

 精霊がそんな理由でひょいひょいと人里にやって来て良いはずないよね?


 いつも涼しい顔をして冗談を言い、こちらのリアクションを楽しんでいるのだろう。

 人が悪い、いや精霊が悪いと言うべきか。


 「魔界の扉が開こうとしている」


 「ん~?」


 変な声が出てしまった。

 別に驚いた訳ではない。

 魔界の扉が開くと言われた所で、何がどうなるのかも分からないし、そもそもの魔界の扉って何なんだ?

 ずっとセルシウスの元で育てられたけど、そんな話は聞いた事はなかった。

 とはいえ、名前の響きからしてヤバそうな事は理解出来る。


 「簡単に言うと三万年前に封印された魔王が復活する、という事だ」


 「魔王復活……」


 「その復活の鍵を握る人物がこのアルステムに存在している」


 今は人間の茶色のその瞳は再び月を映す。

 何かを思い出しているように暫く沈黙してから、唐突に続きを語りだした。


 「三万年以上前には、この世界に魔族も普通に共存していた。魔族は人間や他種族を喰らい、その生活と秩序を乱していたんだ。見かねた女神アルステムは自らの命と引き換えに魔王を魔界へと封印された」


 「その封印が今解かれようと?」


 「あぁ。封印は数千年に一度弱まってしまう。その弱まった時に女神アルステムの血を継ぐ人間が産まれ、二十歳の時をもってその血が目覚め、再び魔界の扉の封印の儀を執り行う。それを確実に遂行する為に私達精霊はこのアルステムという国を見守っているんだ」


 魔界の扉、アルステムという女神とその名を受け継いだこの国、そしてその女神の血の覚醒……まるでおとぎ話の内容だ。


 「そ、それでその女神の血を受け継ぐ人物っていうのは、分かってるんですか?」


 「勿論だ。この国の王女が女神の血を継いで誕生する」


 「この国の王女……エリシア様ですか!?」


 確かに女神のような方だった。

 王女という肩書きを持ちながら、親しみやすく、お茶目な一面も見せてくれる彼女がそんな重大な使命を担っていたなんて。


 そして僕が女神様だと感じた予想は(あなが)ち外れていなかったという事と、エリシア様の言っていた一切外に出して貰えない理由も理解出来る。


 「王様はその事をご存知なんですよね?」


 「あぁ、代々その事は語り継ぐようになっているし、私自らが一度忠告に行ってやったからな」


 つまりはそういう事か。

 いや、しかしそうだとしておかしな点がある。


 「エリシア様ってまだ十八歳ですよね? まだ後二年はあるんじゃないですか?」


 「そこなんだ。何者かが王女を狙って魔界の扉の封印を抉じ開けようとしているやも知れん。フォウセンの時に出会った魔獣にここへ来て襲われたと聞いている」


 「あ、はい、確かにそうです」


 「あれは明らかにお前を狙っていた。その他にも以前から小精霊達が妙にざわめいていて、歪んだ魔力を感じているらしい」


 「いやいや、それでも抉じ開けるよりエリシア様を暗殺してしまった方がリスク少ないですか? それなら二十歳だろうが、一歳だろうが関係ないじゃないですか」


 どうやって抉じ開けるのかは知らないが、誘拐するにしても、何らかの儀式を施すにしても、女神様の命懸けの封印を簡単に解けるはずもないだろう。


 「無論、それでも封印はいずれは解けるだろう。だが、我々精霊の魔力でも次の王女誕生までの期間まで持たせる事は可能だ。弱まっていると言ってもそう容易く解けるものではない。封印を解くなら王女を暗殺するより王女の血を利用する方が効率的なんだよ」


 なるほど、エリシア様を暗殺しても封印が解けるのは数千年も先の話、しかも次の王女様も殺さなければ成功しない。

 気の遠くなるような話である。


 「まだ確証とかはないんですよね?」


 「ないな。だが、お前が生きてここに居る以上、向こうは焦っているはずだ」


 「なんで僕が生きていたら焦る必要があるんですか?」


 そこだ。

 そもそも僕が生きていようが、死んでいようが、この一件には何も関わりがないはず。


 「お前の父親が何かを知っていたんだろう。そして、その息子であるお前がわざわざここへ騎士見習いとして入ってきたとなれば、向こうとしては事を急ぐには充分な理由だ」


 「父さんが……」


 以前にミリアさんも似たような発言をしていたような気がする。

 フォウセンで魔獣に襲われたのは……僕を初めて仕事に連れていってくれたのにもきっとそこら辺の事情があったのかも知れない。


 「だったら、父さんの仇が今回の黒幕……」


 「だろうな」


 仇討ちなんてのに興味はなかったし、あの魔獣を倒した時点で想いは成し遂げていた。

 はずだが、こうして話を聞いて信憑性が増してくると、父さんが何者かの思惑で殺されたのだと思うと、胸の奥から熱いモノがメラメラとくすぶっていくのを感じる。


 「ならすぐにでも黒幕を探しましょう!」


 「気持ちはわかるが、容易い事でもない。先程は王女暗殺は否定したが、それでも早まって殺されてしまうと私達精霊の力を封印に充てなければならない。そうすると多少なりとも自然界のバランスは崩れる。この事は誰にも口外は禁止だ」


 「誰にも? だったらどうやって探すんですか?」


 「もうすぐここは建国記念のパレードがあるんじゃないか?」


 「確か、来週にあるって言ってましたね」


 「五大国は勿論その他の諸国の者も集う一大イベント。王女ばかり見ている訳にはいくまい」


 「それでも護衛はつくでしょ?」


 「もしその護衛が黒幕なら?」


 「な……いや、流石にそんな一人だけという訳でもないはずです」


 そんな世界の存亡を掛けている王女様の命をたった一人の護衛に任せるはずがない。

 せめて三人……いや五人くらいはつけるはずだ。


 「まぁ、可能性の話だよ。そうでなくとも、パレードの広場や王達の集まる王宮内で騒ぎが起きれば護りも揺らぐ」


 「その隙を突くと……?」


 「それもまた可能性の話だ。しかし、この国へ来てから割と確信へと変わっている。微量の魔族特有の魔力を感じた」


 「魔族の? ですが、魔族は封印されたんじゃないんですか?」


 「全部ではない。残った魔族は我ら精霊で殲滅はしたのだが、生き残りがいない訳でもないだろう」


 「そんな涼しい顔で……」


 「驚く事でもない。魔獣を操れるのは魔族だけなのだからな」


 黒幕は魔族……魔族が魔獣を操って父さんを殺した。

 今、魔族はこの国に潜り込んでいるというのか。


 「そして魔族だけじゃない」


 「え?」


 「人間も関わっているだろう。でなければ、お前がここに来た事を知っての行動までが早すぎる。リックが父の息子で何かを知っていてアルステムに来た、と判断したのは魔族ではないだろう」


 「人が魔族と組んでメリットはあるんですか?」


 「さあな。人間と魔族の考える事に興味はない」


 思った以上に冷ややかな答えだった。

 何故僕はセルシウスのお眼鏡にかなったのかと未だに謎である。


 「他の者には話すなよ」


 「分かってます」


 返事はしたものの、またしても周りに話せない隠し事が出来てしまった。

 来週までの我慢だけど、来週に事が起こらなかったら……。


 「この話はここまでだ」


 声のトーンが変わった。

 月明かりに照らされたその顔は妖艶なものに変化していた。


 「あの……それじゃあ、そろそろこの辺でお開きという事で……」


 僕の身体にセルシウスが寄り掛かってきて、細く綺麗な指で僕の胸をなぞる。

 セルシウスの体温を僕は初めて感じた。

 初めてというのは、精霊の時のセルシウスは冷たかったからだ。


 「さぁ、夜はこれからだぞ」


 「あの、まだ心の準備というものが……」


 「相変わらずシャイな男だな。そんな所も愛しているぞ」


 僕の僅かな抵抗なんてお構い無しにセルシウスは僕をベッドへと押し倒した。

 セルシウスを僕の部屋へと連れてきてしまった時点でこの事を覚悟しておかなければならなかった。

 そんな後悔を持ちながら、長い夜を明かした。

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