23.過去があるからこそ
竹林を抜けて、元来た道を戻っていく。
すでに陽が傾き、景色を茜色に染めていた。
顔見知りとはいえ、団長とお目通りするのは容易なものじゃない。
夕食のタイミングなら会えるんじゃないかとイアンさんが先にアルステムへと戻ってくれた。
僕が氷で作った荷車にギレンを乗せて、エミリと一緒に引いて歩いていた。
「ねぇ、リッキー。今って楽しい?」
エミリの顔を見ると、何かを考えてるような感じでもない。
むしろ、何を考えているのか分からない表情をしていた。
どうしてその質問をしようと思ったのか、察する事は出来なかったけど、そう深く考える質問だったので、質問に対する答えを考えた。
今が楽しい、うん、色々と不安がない訳じゃないけど概ね楽しいんじゃないかな。
エミリやイアンさんだけじゃなく、ダイン教官も面倒見の良い人だし、ミリアさんにリアンさん、オデッサさんも団長としての立場がありながら、僕なんかを助けてくれた。
セルシウスもずっと僕の面倒を見ていてくれたけど、こんな大勢の人達と賑やかな生活を送れるなんて思わなかった。
だから僕はそう答える。
「楽しいよ。皆良い人だし、話題に事欠かないしね」
「そっか、良かった」
いつもの笑顔だった。
ガタゴトと荷車を引っ張りながら、お互いに前方を見つめている。
遠くにはアルステムがもう見えてきていた。
イアンさんは、ミリア団長にあえたんだろうか。
もし会えなかった場合の事も考えておいた方が良いかも知れない。
ギレンを自分が一人でやったというより、三人で何とか倒した事にした方が自然ではあるんだろうけど、三人でも騎士見習いじゃあ勝てる相手でもないはずだ。
地の利を活かした? 奇襲を掛けた? 通りすがりの達人が助けてくれた?
いや、そもそもギレンが正直に僕一人と戦ったと供述した時点で全てが破綻してしまうのか。
うーん、それなら本当の事を言った方が二人を巻き込まないで済むか。
「アタシさ、馬鹿だから分かんないんだ。リッキーのキョウグウ? 辛かったんだなぁ、なんてのは思うけど、そういうのってさ、やっぱり他人事でしかないんだよね。本当の苦しみなんて理解出来ないもん。自分が風邪引いて苦しいの経験しても、他の人が風邪引いた時ってやっぱり『あぁ、しんどそーだなぁ』くらいにしか思わないもん」
「あぁー、なんか分かる。自分が苦しい時って理解して気遣って欲しいとか思うけど、自分じゃないと『大変だなぁ』くらいで済ませちゃう」
「そぉ! そうなんだよねぇ。だかさ、リッキーの昔の苦しみは分かってあげられないけど、今のリッキーが楽しいなら良いなぁ、って思ったの。一緒に苦しむのって難しいけど、一緒に楽しむのは簡単だからさ」
「……ありがとう」
「えへへ、どぉいたしまして」
エミリなりに考えてくれた励まし方。
どんな慰めの言葉より、僕の心に響いてきた。
もう一人じゃないんだ。
一緒に楽しんでくれる仲間が出来た。
それを教えてくれただけで僕のこれまでの人生悪くなかったと思わせてくれた。
夕陽も半分程沈んでしまい、風が少しずつ冷たくなってきた。
もうすぐアルステムへと到着してしまう。
イアンさん、無理だったのかな。
「あ、リッキー! あれ見て!」
エミリがブンブンと腕を上下に激しく振りながら前方を指差す。
正確に言えば、腕を振っているせいでほぼ上空を指しているので、前方に影が二つ存在しているにも関わらず、空を指すばかりだ。
「ん? 空に何かあるのかな?」とか言いたかったけど、止めておいた。
徐々に近付いてくる影の正体は、言うまでもなくイアンさんとミリアさんだ。
どうやら上手く出会えたみたいだ。
イアンさんは一体なんて言って連れてきたのだろうか。
ミリアさんの反応が今更ながらに怖いんだけど。
「やあ、少年。随分なご活躍だったようだな」
開口一番にニヤリと意地悪な笑みを向けて皮肉を交えてきた。
「ミリア団長、あんまり苛めないでくださいよ」
「おやおや、人聞きの悪い事を言うじゃないか。私がわざわざリック・ダーヴィンの為にこうしてここまでやって来たのに」
あれ? ミリアさんってこんな人だったっけ?
もっとクールなお姉さんだった気がするけど、随分とサディスティックになってません?
今日は虫の居所が悪かったのかな?
イアンさんがとても気まずそうな顔をしているけど、一体どういう説明をしたんだろうか。
「あのぉ、怒ってます?」
「何故私が怒るんだ? おっと、それよりそこで気絶している男がギレンか? ほお、流石は精霊から手解きを受けた者なら余裕と言う訳だな」
…………。
イアンさんはもう僕の方を見る事が出来なかった。
そういう事か。
ミリアさんには、セルシウスの事は言ってない。
更には二人だけの秘密だったはずが、こうも月日も経たない内に知れてしまった訳だ。
ヤバい。
この状況のヤバさに気付いてしまった。
何なら、もう自分で捕まえましたと報告しに行きたいくらいにヤバい。
「ミリア団長、その、今回ばかりは致し方なかったというか、どうしようもない状況だったので――」
僕がしどろもどろと言い訳を並べていると、ミリアさんは軽く鼻で笑った。
「分かっているさ。少しからかっておいた方が良いかな、と思っただけだ」
思わなくて良いです!
本当にこっちは焦りまくったんだから!
「うん、まぁコイツの事は私に任せろ。上手く誤魔化しておくさ。それよりイアン、それにエミリ」
「「は、はいっ!」」
「余り軽はずみにリックの事を口にしない方が良い。精霊の力とは、さすがにバレれば私でもどうする事も出来ないからな」
「「はい」」
「良い返事だ。コイツは私が先に連れて帰る。お前達は時間を置いてから帰ってきてくれ」
「「「分かりました」」」
ミリアさんが荷車まで歩いてきて、軽々とギレンを片腕で持ち上げて肩へと担いだ。
「貸しが増えたな」
すれ違い際に小悪魔な囁きが聴こえてきた。
きっと気のせいだ、そうに違いない。
僕達は悠然と男一人を担ぎながら歩くミリアさんの背中をただただ立ち尽くして見送っていた。
「ミリア団長って格好いいね!」
「いやぁ、頼りになる人だよな」
「いやいや、おっかない人だよ」
僕は二人の意見には賛同出来なかった。




