2.手が滑ったは万能です
リアンさんのお陰で無事受付で選手登録が出来て、お金が無い状況を理解してくれた上で食事にまで誘って頂いた。
美味しそうな食事を囲みながら、久しぶりのまともな料理を堪能する。
「えっと、リック君だっけ? 君面白いね。どっから来たの?」
僕に好奇な視線を送ってくるリアンさん。
そんなに可笑しいのかな?
五年間の人としてのブランクは大きいのかもしれない。
「ショウデルの街から来ました」
嘘ではない。
五年前まではそこに住んでいたんだから。
「ショウデルの街かぁ、なんでアルステムまで出て来たの?」
「家出です」
嘘です。
精霊セルシウスに育てられたなんて言えない。
セルシウスからも口酸っぱく、精霊の存在を簡単に人にバラすな、と言い付けられてある。
リアンさんはきょとんと目を丸くしている。
なかなか表情が豊かな人で、好感度が右肩上がりの天井知らずだ。
「家出って、いい歳して何か嫌な事でもあったの?」
確かに家出というには、僕はいい歳をしていた。
何故この言い訳が簡単に通ると思っていたのか、数秒前の僕をメガトンパンチだ。
「あ、姉が僕の事を可愛がり過ぎるので、ちょっと耐えられなくなって……」
それは大変だねぇ、と爆笑された。
女神様を騙すような事をするのは心苦しいが、本当の事は言えない以上、それに関しては許してもらいたい。
「リアンさんは、どうして僕の参加費を出してくれたんですか?」
「立ち方、歩き方を見れば、ある程度の強さは分かるもんよ。ま、実際戦ってるの見てみないとどれくらい強いか、なんて分からないから見てみたくなってね」
少し首を傾けて片目を瞑るその仕草に心臓を射抜かれてしまった。
しかし、気を付けなければならない。
こんな容易く看破されるなんて、精霊に育てられた事もその内バレてしまうかもしれない。
「ご期待に添える事が出来れば良いんですけど、頑張ってみます!」
「うん、楽しみにしてるわよ。因みに予選は夕方からだから、遅れないようにね」
「登録してすぐ予選なんですね?」
「登録自体は三日前からやってるわよ。武道会当日に予選をしてたんじゃあ、本選の時に疲れて見応え無いじゃない」
「それはそうですね」
今日の列を見る限りでは、百人以上は集りそうだ。
なんか精霊に育てられて、勝てる事前提な所はあるけど、大して強くなかったらどうしよう……。
賞金貰えなかったら、リアンさんの所に置いてもらえないだろうか。
そんな期待の視線を注いでみたりする。
「ふふ、今日の宿の心配でもしてるのかしら? 宿くらいは用意してあげるわよ」
「……ありがとうございます。とても助かります」
当たらずとも遠からず、出来ればリアンさんの部屋に泊めて頂ければ恐悦至極なのだけれど、ここは一つグッと堪えて宿に大人しく泊まろう。
明日、リアンさんに格好良い所を見せれば、お側に置いて戴けるかも知れない。
ん? 待てよ。いや、不味いな。
そういえば、父さんはアルステムの騎士とめっぽう関係が悪かったように記憶している。
そんなやり取りをちゃんと見た事はないけど、騎士の誰かと犬猿の仲だとか噂だけ聞いた事がある。
んー、もう五年前の事だから大丈夫だろうか。
食事を終えると一通り街の中を案内してもらい、今夜泊まる宿の調達まで済ませてもらう。
「なんて女神様なんだろうか」
「ん? 何か言った?」
「いえ、独り言なので、お気になさらず」
心の声を駄々漏れにしてしまった。
気を付けないと変な事を口走りそうだ。
リアンさんがこの後仕事があるそうなので、非常に残念ではあるがお別れをして、予選までの時間を適当に潰してから、会場へと向かった。
ーー会場には、既に選手達が犇めきあっていた。
二百人は居るんじゃないか?
想像以上だ……本当にこんな人達の中から優勝を勝ち取れるのか不安になってきた。
予選は八ブロックに分けた集団戦で、勝者一名が本選に残れるという事らしい。
掲示板に張り出されたブロック分けの表を見ると僕は五ブロックなので、周りの人達がどれくらいの力なのか見てから戦えるだろう。
「では選手の皆様は、各ブロックに割り振られた会場へと向かってください。そちらでブロック毎に予選を戦って頂きます」
どうやら一斉にやるみたいだ。
係のお姉さんが全体へとアナウンスして、ブロック毎に番号の振られた会場へと案内された。
一ブロック二十人強か……周囲を見渡すとかなり鍛え上げていそうな手練れが多い。
二十人以上が入っても余りある広い空間に大きな舞台が設置されている。
「この舞台上で選手の皆様には戦って頂きます。舞台上から落ちた選手は失格となります。武道会なので、武器や魔法の類いは一切禁止とさせて頂きますので、使用された時点で反則負けとなりますのでご了承ください」
あぁ、だから筋肉質な人が多いと思ったら、武道会は完全に徒手空拳なのか。
それなら、全然勝ち目がありそうだ。
舞台上へと上がると選手達の緊張と殺気立った空気がビリビリと肌を刺激してくる。
お互いに一定の間合いを取りつつ、仕草や動きで相手の力量を探っている。
そんな事をした事がない僕にはまったくと言っていい程感じない。
感じるのは魔力のくらいだろうか。
セルシウスの計り知れない魔力を傍で浴びていたせいか、周りの人間の魔力が可愛く感じる。
僕はセルシウスから魔力の抑え方を教わっているので、最小限まで魔力を消している。
「おいお前。怪我しねぇうちに舞台から降りたほうが良いぜ?」
僕より一回り以上大きい男がニタニタと馬鹿にした笑みで近付いてきた。
男の言う通り、体格だけならこの中で一番小さいのかもしれない。
他の選手が大き過ぎるんだよな。
そりゃ、街の男が無理だって言ってた理由は納得だ。
どうやったら、そんな筋肉が作れるんだ?
僕だって、セルシウスに殺されそうな程キツい修行はしてきたぞ。
「忠告ありがとうございます。でもせっかく参加したので、頑張ってみます」
「じゃあ、優しく落としてやるから安心しな」
男は鼻で笑って、試合開始の合図を待った。
僕を一番最初のターゲットにしなくても良いと思うんだけど……出来れば可愛い女の子にターゲットにされたい。
そう思って見渡してみると一人も女の子等居ない。
……むさ苦しいな。
「それでは、武道会予選三ブロックの試合……開始です!」
バァーンと銅鑼の音が鳴って試合が始まった。
大男は早速俺を狙って、掌低……というより張り手をかましてくる。
遅すぎる……優しくと言っていたけど、余りにも遅いので懐へと入って、こっちも掌低を打ち込む。
大男は何人かの選手を巻き込んで、勢いよく舞台下までぶっ飛んだ。
「……こんなに強くなってたのか」
周りの選手も信じられない光景を見たように硬直して、僕の方へと視線を集める。
セルシウスとしか組手をしてなかったから、実感がなかったけど……ヤバいな。
手加減しなければ、殺しかねないぞ。
「い、いやぁ~、手が滑ったなぁ~……なんて?」
僕の精一杯の言い訳が会場にこだまする。
「だ、だよな? あんなのまぐれだよな?」
「あぁ、そういう事か……」
「手が滑ったなら仕方ないな……」
ふぅ、何とか誤魔化せたみたいだ。
ここからは、優しくそっと戦う事にしよう。
そこからの僕は力加減との勝負となった。
どれくらいでどれ程の威力が出るのか徐々に把握しつつ、一人一人確実に落としていった。
「予選終了致しまぁーす! 本選出場者はリック選手でぇーす!」
審判の男が僕の右腕を上げて、本選出場を告げた。
この分だと本選でも相当手加減しなければならないらしい。
いや、予選が公の場で行われなくて良かった。
もし、見られていたら色々と騒ぎになっていたかもしれないからな。
二話目もご覧くださいまして、ありがとうございます!
次の話も今日中にあげますので、またご覧ください。
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