19.家族の気持ちは羨ましい
竹林とは存外に清涼感に満ちていた。
日陰が多いのもあるけど、竹の幹も葉も、森林より遥かに緑に溢れていて視覚からも涼しさが伝わってきた。
初めて竹というのを見たのだけど、樹木と違って、表面が滑らかにしてどこか格調高さを感じさせる。
エミリと二人で興奮しながら竹を撫でまくって、イアンさんに冷ややかな眼差しを向けられていた。
竹林を抜けるとすぐにイアンさんの村が目に入ってきた。
視覚に入ったからと言って近い訳ではなく、道が下り坂のその先に村があるので、ちっぽけにそれは存在している。
ちっぽけに見える村には、緑が多く存在していた。
「ねぇ、あの緑色も竹か何かなの?」
「違うよ。あれはホップ畑さ。あれからビールが造られるんだぜ?」
「うひゃ! そうなんだ?」
エミリは両手を挙げてオーバーに驚いてみせた。
イアンさんは、それを横目で見て普段とは違って、鼻を高々に上げて誇らしげになって説明してくれる。
やっぱりハーベルはお酒が有名だったんだな。
あの緑色の畑の物から、黄色のシュワシュワが造られるのとは、説明されても想像出来ないな。
「後少しだ。遠くまで付き合わせて悪かったな」
「いや、僕達が強引についてきただけなんで、謝らないでくださいよ」
「そぉだそぉだ!」
謝ってはいたけど、イアンさんの顔からは僕達に早く育った故郷の大切な物を見せてやりたいって想いが伝わってきそうなくらいに弾んだ表情をしていた。
坂を下りて村に到着すると、農作業姿の村の人達がイキイキと働いていた。
仕事をこんなに楽しそうに出来る人達がいるんだな。
父さんは仕事柄なのか、笑う事は少なかった気がする。
「ここが俺の故郷、ハーベルの村だ」
イアンさんは両手を広げて村を示す。
何も無いと謙遜をしていたけど、ホップでビールを造っている事以上に村の人達が、イアンさんにとって自慢なんだな。
「良い村ですね。アルステムの城下町に勝る活気が感じられます」
「うんうん! スッゴい楽しそう! アタシもここで働こうかな」
「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ。何の才能も取り柄もない俺が唯一自慢出来る事なんだ。俺はこの村に産まれてきて誇りに思ってる」
そんな事はない。
イアンさんは、もっと誇れるものを持ってる。
両親の為にバイトしながら騎士見習いを続けて、周りはそれなりに小さな頃から目指して鍛練してきた人が多い中で、二度も昇格試験に落ちても諦めず、僕達新人にも優しく振る舞える、その心を誇りに持って良いと思う。
僕だって恵まれた環境に産まれた訳でもないし、両親はもういない。
けど、セルシウスに出会えた。
それだけで僕は救われた。
あの人が居なければ、今の僕は有り得ない。
今年こそ、僕がイアンさんの力になってあげて、イアンさんを合格させよう。
イアンさんは報われるべき人だ。
「よぉ、イアンじゃないか。今年も駄目だったみたいだな? 来年は期待してるぜ!」
顎髭を生やしているせいか大人っぽく見える男性だ。
無論、年齢なんて知らないから年相応なのかもしれないが、四十代には見える。
イアンさんと同じで、物腰の柔らかそうで、農作業をしている事もありがっちりとした体格をしている。
「えぇ、かなり惜しかったみたいだから、来年は必ず合格しますよ!」
「おぉ! それは応援しがいがあるな。お前は村の期待だから、頑張ってくれよ」
「期待に応えられるように精進します。二度も落ちた俺でも応援してくれる人がいるなら、俺もまだまだ頑張れます!」
「最初はすぐ帰ってくるとか思ってたんだけどな。お前は凄いよ。絶対騎士になってくれよ!」
「任せてください!」
イアンさんと村の男性は固い握手を交わして、イアンさんの肩へと手を置いた。
その光景が僕には尊く、羨ましさすらあった。
僕は父さんに育て上げられ、友達と呼べる人も、あんなに親しい知人も居なかった。
当時は辛いとか寂しいとかは思わなかったけど、イアンさんと村の人のやり取りを見てると僕が一番欲しかったのは、こういう温かみなのかも、そう思ってしまった。
村人の男は僕達に気を使ったのか、軽く会釈をして話を切り上げるように、じゃあな、と手を振って去っていき、イアンさんは僕達を自分の家まで案内してくれた。
イアンさんの家は、お世辞にも立派とは言えず、村の中でも古めの木造をしていた。
「ここが俺の家だ。ボロいだろ?」
「うん!」
おいっ!
エミリは元気良く頷いた。
そこは気を使う所だろう……。
「ただいま」とイアンさんは、扉を開けて中へと入っていく。
僕達もそれに続いて、躊躇いながらもついていく。
中は取り立てた装飾品も無く、使い込まれたテーブルや棚等の家具が思い思いの場所に配置されている。
「おぉ、おかえり」
「おかえりなさい。あら、そっちの方達が見習いのお友達なのかい?」
イアンさんのお父さんとお母さんが出迎えてくれた。
お父さんは、無精髭を生やしており、痩せてはいるけどシャツから覗く腕には筋肉の筋がしっかりと出来ている。
右足が悪いのか、やや引き摺った動きをしているのが気になる。
お母さんの方は、ふくよかとまではいかないけど、お父さんと比べると肉付きは良い感じがして、健康的な明るさを備えていた。
手紙か何かで僕達が来る事を知っていたみたいで、快く出迎えてくれた。
僕とエミリもおどおどしながら挨拶を済ませると、お昼ご飯を用意してくれていたので、お招ばれする事にした。
テーブルには、ホウレン草のキッシュやレタスやトマトと彩り溢れるサラダ、コーンスープ、その他の惣菜等ぎっしりと料理で埋めつくされていた。
「さぁ、騎士さんなんだから、たんとお食べよ。イアンが友達を連れてきてくれるなんて、初めてなんだからさ」
「そうなんですか?」
「別にわざわざ連れて来る事も無いだろ? 豪邸ならともかく、こんな家に招待しても誰も喜ばないって」
「そいつは確かにそうだな。これくらいしか、もてなせなくてすまんね」
僕達は手を横に振って、「全然大丈夫です。むしろこんないっぱいありがとうございます」と恐縮しつつ、料理の美味しさに思わず頬を緩めてしまう。
「美味しいぃ! イアンさんのお母さんお料理上手ですね!」
「そうかい? お口に合って何よりだよ」
これが家庭の味というヤツなのか?
なんか初めて食べるのに、懐かしさを感じてしまう。
「君達は今年に入ってきたのかい?」
「はい。僕は約一ヶ月前で、エミリは四月に」
「二度も落ちた頼りない先輩だけど、面倒見は良い奴だから、なにかあれば遠慮無く頼ってくれて良いからな」
「二度落ちたは余計だってぇの! 来年は絶対受かるから安心してくれ」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
「それが親の言うセリフか……」
僕達とふざけている時でも、年上のイアンさんだったけど、親の前だとイアンさんが子供っぽく見えてきた。
「今回で終わりにするつもりだしな」
イアンさんはぼそりと呟いた。
今回で終わり?
「親に気ぃ使って、そんな事考えなくても良いんだよ。気が済むまでやったら良いさね」
「そんなつもりじゃないって。それくらいの気持ちでやっても無理なら、俺には向いてないって諦めた方が良いんだ」
来年の昇格試験で諦める覚悟をしているのか。
きっとイアンさんのお母さんに言うように、家の事を心配しての判断なんだろう。
「俺の事なんか気にするなよ。足は悪くてもまだまだ働ける。後十年はやれるつもりだからな」
「……そうかも知れないけど、俺だってここの仕事が嫌いな訳でもないんだ。親父の足を治せないなら、せめて代わりに働くよ」
そっか。イアンさんは両親に楽をさせたい、というより父親の足を治す為のお金を稼ぎたかったのか。
イアンさんの口振りだったら、ここの仕事に誇りを持っているのも本当だろうし、この村で働く事自体を嫌ってる訳でもない。
「……お前には、苦労ばっかりかけるな」
「二人共、イアンと仲良くしてあげてくださいね」
「えぇ」
「はい!」
それ以上は言う事はなかった。互いに気持ちが通じ合っているだけに、互いの気持ちを尊重したい想いが強く感じ取れる。
父さんにとって僕はどんな存在だったのだろうか。
母さんは、僕を産んだ事をどう思ってるのかな。
僕はイアンさんのように、何かの為に生きられるのかな。
イアンさんを見てると、イアンさんが格好良くて、羨ましく見えて、ちょっとだけ寂しくなってしまった。
久しぶりの仕事再開で身体が鈍って疲労が半端ないです。
執筆中に寝落ちしまくりで、ペースが遅くなってしまい申し訳ありません。
今後も勉強がてらに読書もしていきたいので、不定期になるとは思いますが、ご了承ください。




