18.良い人過ぎる人
翌週の休みの日、イアンさんの故郷へと向かう為に、朝の六時に起床する。
日帰りで行ける距離と言っても、片道に四時間は掛かるそうだ。
まだ開ききらない瞼を擦って、伸びをして全身に血液を行き渡らせる。
六時半に集合だから……そんな余裕こいている時間はない。
急いで支度をして、寮を出る。
寮の前には、既にイアンさんもエミリも僕が来るのを待ってくれていた。
「待たせてごめんなさい」
「いや、時間通りだから大丈夫だよ」
「リッキー、おっはよぉー!」
「あぁ、おはよう」
朝早くてもエミリのテンションは変わらないみたいだ。
朝日も顔を出す程度で、町並みの影に隠れていて、まだそれほど明るくも無いというのにこのテンションである。
余り大声を出すとご近所迷惑になるだろう。
アルステムの東門から出て、マナイ街道を直歩く。
ここの街道の道幅は広い。
馬車や荷台が通る事が出来て、土の地面にはしっかりと車輪の跡が残っている。
その車輪の跡が何と六本、つまり三台分が横並びで通れる程の広さがあり、それにまだ余裕があるくらいだ。
基本的には、この街道を真っ直ぐに行けば着くそうなんだけど、途中三本の分かれ道になっていて、竹林のある道を通ればハーベルの村に行けるらしい。
「本当に何も無いから、期待するなよ?」
「ふふぅん。そんなの気にしてないって! アタシはリッキーとイアンさんの三人でどっかに遊びに行きたかっただけなんだからさ」
自分の故郷を紹介する気恥ずかしさなのか、僕達に釘を刺してくるイアンさんに対して、エミリは持ち前の明るさでそんな事は割れ関せずだ。
「それよりも何で今の時期に故郷に顔出すんですか?」
普通なら昇格試験落ちてから、新しい騎士見習いが入ってきて始まるまでの
間に故郷へ帰るもんじゃないのかと思ってしまう。
今は七月、別に何の節目でもない、この時期に故郷へと戻る理由って何だろう?
「俺は定期的にハーベルに帰ってるんだよ。訓練終わりにバイトして貯めた給料を仕送りしたりしてさ。本当ならちゃんとした騎士になった給料で楽させてやりたいんだけどな……」
イアンさんの顔が暗く沈み、自分の不甲斐なさを責めるように下唇を噛んだ。
僕も騎士見習いになってから、騎士見習いがどういうものなのかが、少しではあるけど分かってきた。
騎士見習いから騎士を目指して入ってくる人間は基本的に三つに分かれる。
一つ目が、イアンさんのように何年か粘って騎士へと昇格するパターン。
この場合は、基本的に腕に自信はあるけど騎士になる事を想定せずに、訓練を積まずに騎士見習いへとなる人が多い。
二つ目は、上記のパターンで甘く見すぎていて、訓練についていけなかったり、実技試験で落ちて辞めていくパターン。
最後は、小さな頃から騎士になる為に訓練をしていて、一年で昇格するパターンだ。
この三つ目のタイプが一番多い。
因みにエミリは意外にもこの三つ目のタイプで、見た目に似合わないくらい魔法のセンスが良く、体術も平均以上の実力を兼ね備えている。
本当に驚きだ。
騎士見習いになろうとする人間は、それを想定して来ている。
もう何十年も前に導入されたこのシステムの過酷さは噂になっているらしいから、そう易々と騎士見習いになろうと志願してくる人間は、年々減ってきているという。
そんな中で二年間も頑張っていたイアンさん。更に驚くべき事に訓練終わりにはバイトをしている事が判明した。
確かにイアンさんは、夕食終わりにすぐに帰ってしまう事が多かったけど、そういう事だったのか。
ますます、イアンさんの人柄の良さを感じてしまう。
バイトの時間も訓練に当ててれば、イアンさんなら試験に合格して、今頃騎士になっていただろう。
「イアンさんって、良い人過ぎないですか? ズルいです」
全く、僕は勝手に友情を裏切ったり、女性にモテる事しか考えていない間に一人抜け駆けして、好感度を得ようなんて酷い人だ。
「なんでだよ! こっちは必死なんだよ」
怒られた。当然だけど。
「ごもっともです。いやぁ、騎士見習いをやりながら、バイトして、仕送りして、ってリスペクトですよ」
「結果が伴えばもっと格好もつくんだけどな。それに本当なら来週が給料日だから、来週が良かったんだけど。建国記念日だからな」
「建国記念日って、何かあるんですか?」
「祭りだな。盛大に騒ぐイベントだ。各国の偉いさんも祝いに来訪するんだぜ? 毎年、俺達見習いは町の整備と見廻りだな。不審者が居ないか見廻りつつのゴミだったり、迷子だったりの面倒を見る」
騎士見習いも要所要所で、お国の為に働いているんだな。
タダ飯食らいじゃなくて良かった。
「えぇ~、そうなんだ……去年は屋台とか食べ歩きまくってたのになぁ……」
エミリは今年騎士見習いになったから、去年は完全に楽しむ側で参加していたのか。
あからさまにショックを受けて、肩を落としている。
僕の人生に関係無いと思っていた他の国々が来週にも、やってくるのか。
ミーナ様の時みたいなミスをしないように、頑張って他の国の知識を頭の中に叩き込まないといけないとな。
イアンさんは当然去年も一昨年も建国記念日を騎士見習い側でやっていたのだから、楽しむ側になりたいとかは思わないのだろうか?
それでもやっぱり両親の為にお金を残そうと考えるのだろうか?
てか、これで年齢が一歳か二歳くらいしか変わらないのだから、イアンさんの大人っぷりは、最早老化と言っても過言でないくらいに老け込んでいる。
「エミリ、安心しろ。この日に限っては夕食ーーって言っても行事が全部終わってからだけど、見習いを含めた騎士達皆で王宮内の一室でパーティーを開いてくれるんだ」
国の祝いの日でも、騎士達を労ってくれるのか。なんて素晴らしい国だろうか。
騎士達って事は団長クラスも参加するなら、色々と会うのが恐いメンツが揃っている。
ミリアさんは言わずもがな、リアンさんには嘘の一件で申し訳ない事をしてしまったし、ラドス団長という人も会うのは気が引ける。
オデッサさんは……別の意味で恐い。
「ヒャッホーーー! なにそれ? めっちゃ楽しみ!」
エミリはテンションで、はしゃいでおります。
僕も密かにテンションは上がっているが、エミリを見てると何故だか自粛してしまう自分がいる。
「上の人ばっかだから、みっともなく羽目を外すなよ……」
イアンさんはエミリを細めた瞳で流し見ながら、そのパーティーでのエミリが暴れる姿を想像しているんだろう。
「だいじょうぶいっ!」
片手ピースでイアンさんの想いをぶった切り、エミリの笑顔が炸裂する。
ん~、元気が良いね。
「本当に大丈夫なのか……」
イアンさんの不安も分かるくらいに、エミリがパーティーの時、縦横無尽に会場を荒らし回っているのが想像出来る。
いや、団長達を前にすればまた変な呪文を唱え始めるがもしれない。
三時間程、似たような景色を見ながら歩き続けると三本の分かれ道に出会した。
竹林の方だと言っても、一本の道を踏み込んだ瞬間に竹林になっているなんて事はない。
こうやって分かれ道を見てるだけでは、どの道が竹林に続くか、なんて見抜きようがない。
「右側の道に行く。竹林に入ってしまえば、後はそんなに時間はかからない」
「イアンさんの故郷ってどんなかなぁ~。早くみたいなぁ~」
「だから、そんな期待すんなって……」
正直、エミリも何か面白い物があるかなんて期待をしてる訳じゃなく、単純にイアンさんの生まれ育った場所が気になっているんだと思う。
例え何もなくたって、きっとイアンさんのような人が育った場所だ。
良い人がいっぱい居るだろう。




