17.友達を作りましょう
昨日はあの後、時間を置いてから寮へと戻り、夕飯だけ食べに行って、もう誰とも会わないようにそのまま寮に籠った。
次の日になるとダイン教官から、ミーナ様の一件が明るみになった。
やはり、ミーナ様の一件で昨日は駆り出されていたそうだ。
そもそもが、ミーナ様とその御一行は道中の宿に泊まって、明朝にコッソリ抜け出してしまったらしい。
抜け出し理由は退屈だったから。
護衛の者達は大パニックになり、大急ぎでアルステムへと向かい、ミーナ様の捜索の協力を仰いだ、という訳だ。
外部に漏らし過ぎると誘拐や暗殺等の犯罪に巻き込まれるケースもあるので、僕達には言えなかったそうだ。
しっかりと僕が見付けた件は伝わっていたみたいで、周りから羨望の眼差しで見られてしまった。
どうやら、ミーナ様はちゃんと僕と戦った事は黙ってくれてるみたいで、一先ずは安心した。
後から聞いてみるとガディーラはアルステムから一番近い友好国だそうだ。
余りその辺の事に興味が無かったから詳しくないけど、アドス大陸は五大国で成り立っており、アルステムとガディーラがその二つで、アルステムが一番大きな国らしい。
ずっと傭兵として鍛えられ、セルシウスの所で修行していた僕にはそういう所の知識が不足している。
訓練で学ぶ知識も、そんな常識的範囲ではないみたいで、ちんぷんかんぷんである。
「ねぇ、リッキー。まだ怒ってるの?」
「…………」
昼間の食堂。そう、僕は今まさに二人に怒っているんだ。
昨日、何故僕だけを取り残して行ってしまったのか、納得のいく説明があるまで絶対に許さないと決めたんだ。
「悪かったって! なぁ、機嫌直せよ」
「…………」
「もお! そんなイジイジしたリッキーなんて見たくないよ! アタシ達、恋人でしょ?」
「そうだな」
「にひひぃ~、リッキーの変態ぃ~!」
「ホントお前ら仲良いよな?」
なんて初歩的なトラップに引っ掛かってしまったんだろうか……。
そんな事で簡単に許してしまう自分が情けない。
「僕はイアンさんとも仲が良いつもりですよ?」
本当ではあるが、勝手に何度も男の友情を裏切った僕が平然と言う。
「はは、リックに言われてもなぁ」
照れ隠しなのか頭を撫でてはにかむイアンさんは穏やかで温かみに溢れていた。
今のところアルステムで知り合った人の中でも、心の底から気の許せる人かもしれない。
黙っていても気を使わないし、何か困ってたらすぐに気付いて声掛けてくれるし、人一倍努力をしていて、それをひけらかさない。
「ごめんね? アタシもリッキーと遊びたかったけど、ソフィたんに先に誘われちゃって断れなかったんだ」
「俺もカインに誘われてな」
そう、二人には他にも友達と呼べる人達がいっぱい居る。
僕には、この二人しか友達が居ない。
一番悪いのは友達を作れない僕が悪いんだ。
「それはもういいよ。なんか、悲しくなってくる」
「大丈夫だよぉ! リッキーにはアタシ達が居るってばぁ~!」
その君達がどっか行ったんだよ! ってこれじゃあ、無限ループになるから止めておこう。
「で、それよりさ。ガディーラの王女様って、どんなだったんだ? やっぱり美しいんだろうなぁ~……。会ってみたかったなぁ~」
イアンさんは天井を見上げて、自分の理想の憧れの王女様に想いを馳せている。
そうじゃないんだぜ、兄貴。あれは本当にじゃじゃ馬を地で行くような奴なんですぜ?
「かなりお転婆娘って感じでした」
「え? そうなのか?」
「はい……」
いきなり背後から喧嘩吹っ掛けてくるような王女様ですからね。
お転婆なんて言葉じゃ片付けられないお人柄でした。
「そういえば、王女様は宿を抜け出して居なくなったんだもんね? やんちゃだね」
エミリもどちらかと言えば、ミーナ様と同じ系統な気もするんだけどな。
「それもそうだな。あぁ~あ、それでも俺だって一度くらいお目にかかりたいよ」
「アタシもだよぉ。リッキーズルい!」
「ズルくはないだろ。そもそも何もする事がなかったから、僕もアスレンの森に行った訳だし」
こっちだって、出来れば遭遇なんてしたくなかったんだ。
余計な心配事が日を追う毎に増えていっている気がして仕方ない。
「てか、なんでアスレンの森なんかに行ってたんだ?」
「いや、別に大した理由はなくて、試験の時に静かで良い森だなぁ、と思っただけだよ」
「アタシとリッキーの初デートの場所だもんねぇ」
「あれはデートだったのか?」
「そうだよ?」
なんでそういう冗談を臆せずに堂々と言えるんだ?
僕も何度かチャレンジはしたけど、どれも後悔しかなかった。
やる相手が悪いってのもあるのかもだけど。
「俺も誘いを断って一緒にアスレンの森に行けば良かったぁ!」
イアンさんは意外とミーハーなのか、団長とか王女様を見る事が喜びになっている節がある。
今も悔しそうに両手で頭を抱えて悔しそうにしている。
残念な事に誰も居なかったから、アスレンの森へ行く選択肢になったので、イアンさんが入れば訓練所で稽古になっていた可能性が高い。
「それじゃあ、次の休みはアスレンの森に三人でピクニックに決定だぁー!」
エミリは万歳をして決定事項を発表する。
ただし、決定はしていません。
「わりぃ、次の休みは故郷に顔出す予定なんだよな」
「ふへ? イアンさんの故郷ってどこ?」
「ハーベルの村だ。ちゃんと日帰り出来るくらいには近い場所さ」
ハーベルの村か、多分父さんの仕事かなんかで名前は聞き覚えがある。
田舎の村だけどお酒が美味しいとか言っていた気がする。
「イアンさんの実家? アタシも行きたい! ねぇ、リッキーもそう思うよね?」
さっきまでアスレンの森でピクニックだと宣っていた娘は、身体を乗り出してきてまで、僕に同意を求めてくる。
「別に僕だって興味はあるけど、イアンさんに迷惑掛かるだろ?」
「え? そうなの? イアンさん、良いでしょ、駄目ぇ?」
エミリのお願い攻撃に、イアンさんは目を逸らして頬を指で掻いて困っている。
「まぁ、無理って訳じゃあないけど、何にもない所だからつまらないぞ?」
「ぜんっぜん大丈夫っ! ねぇ、リッキー?」
「イアンさんが良いなら、僕は行きたいですね」
イアンさんは少しの間悩みはしたけど、まっいっか、と僕達の同行を了承してくれた。
エミリのちょっと強引なこういう所が、周りの友達と深く付き合っていくコツみたいなもんなんだろうな。
分かってはいるけど、僕には相手の事を考えてしまってずかずか物を言えない。
「じゃっ、来週はイアンさんの故郷へ遊びに行くぞぉー!」
当人は何にも考えてないんだろうけど、このアクティブさは尊敬に値する。
一緒に居るだけで楽しくなる。エミリには辛い事とかないのかな?
いや、そんな人間居ないよな。
「頼むから、大人しくしてくれよ」
イアンさんはエミリのテンションに既に先が思いやられている様子だ。
「「はぁい」」
小さい頃は周りの友達なんかと遊んだ記憶は残っているけど、八歳を過ぎた頃から父さんに傭兵としての訓練をさせられて以降、友達と呼べる人が居なかったせいか、今回こうやってイアンさんの事を深く知れるのは、なんか信頼できる友達が出来たなって実感が湧いてくる。
まぁ、僕だけかもしれないけどね。




