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16.無邪気さは人を殺せる

 くだらない事を考えながら汗を流していると気付けばそこには、十二、三歳くらいの女の子が居た。

 ピンクのおさげ髪に、大きくパッチリとしたつぶらな瞳、健康的に見える褐色の肌がその活発さを表しているようだった。


 そんな女の子に見られてしまった。

 全力で身体を動かしているのを。しかも、聞き間違えだったのか、勝負しろとか、言っていた気がする。


 「やあ、こんにちわ。お嬢さん」


 つぶらな瞳はまるで、好敵手を発見した、みたいな目で穴が開けられるんじゃないかと思う程凝視していた。


 「こんにちわっ! ねぇねぇ! お兄ちゃんっ! 勝負しよっ!」


 少女はスタッカートを利かせた小気味の良い喋り方で、勝負をご所望してくる。

 ここでの僕の動きを見て、その強さを理解して言っているのだろうか?

 それとも若さゆえに、実力の差を理解出来ていないだけなのだろうか?

 そもそも誰なのか?


 「僕と勝負したって、つまらないと思うよ?」


 「ううん! 絶対に面白いもんっ!」


 あぁ……期待を含んだ瞳からキラキラと光線が出ているみたいに眩しい。

 なんでこんな所に少女が一人迷い込んできて、いきなり勝負を挑んでくるんだ。


 「分かったよ……だけど、ちょっとだけだからね?」


 「ホントッ? やったぁー!」


 少女はその場でジャンプして喜び舞う。

 リアクションの大きさはエミリに匹敵するな。

 ジャンプの度に揺れる見た目の割に発育の良い胸に目がいってしまう。

 いかんいかん! 僕は何を考えているんだ。


 そんな(よこしま)な事より、目先の事だ。

 勝負するとは言ったけど、さすがに本気でやる訳にはいかない。

 適当に手を抜いて負けてあげれば満足して帰ってくれるはずだ。


 「じゃあ、行くね?」


 少女はスタンディングスタートの態勢になる。

 この態勢なら真っ直ぐと僕へと向かってきて、突進、パンチ、飛び蹴りなんかもあるかもしれないな。


 「お手柔らかに」


 「よーい、ドーンッ!」


 速いっ!

 少女は初速からトップスピードで、しかもそのスピードは一応の警戒をしていた僕の反射速度でも受ける覚悟をするのがやっとな速さだった。

 僕が腕でガードした所へ、渾身の蹴りが放たれた。


 僕はガードした腕に並々ならぬ重い衝撃を感じて、後ろの湖へと少女のスピードを引き継ぐように飛ばされた。

 僕の身体は湖の水面を二度程水切りをして、向こう岸にたどり着いて倒れた。


 人間の身体でも水切りを出来るという驚きと、意外と水って硬いんだなっていう感動と、何なんだあの少女はという驚愕が入り交じる。


 僕が元居た場所では少女が不服そうに怒っていた。


 「もぉー! ちゃんと勝負してよぉー!」


 「あれで殺す気なかったとか、冗談だろ?」


 殺気は全く感じられなかった。

 無邪気な子供が、無邪気さゆえに大人へ残酷な一言を浴びせ精神を(えぐ)るのと同じく、無邪気な一撃が僕の肉体をここまで飛ばした訳だ。

 咄嗟に魔力でガードしたから良いけど、そうじゃなければ殺されてたな。


 「これは本気出さないと死ぬな……」


 少女の強さは本物だ。

 手を抜いて無事でいられる程に、僕の肉体は丈夫には出来ていない。

 僕は湖から距離を取って、助走をつけて、目一杯地面を蹴って跳んだ。


 身体が今度は水ではなく、風を切り、少女の所へと戻った。


 「すごぉーい! あ、次はちゃんと本気で勝負してよねっ!」


 感動した後に、しっかりと釘を刺してくる。

 プンプンと怒るというが、彼女の為にあるんじゃないかと思える程に頬を膨らまし、口を尖らせてプンプンだった。

 これくらい僕も愛嬌があれば、陰キャラを卒業出来るんだろうな。


 「ごめんね。次は本気でいくよ」


 出来れば本気は出したくないけど……まぁ、魔法を使わなければ最悪は避けられるか。……本当に?


 重心を落とし歩幅は肩幅に、半身を開いて右手を前に開手にする。

 最初の一手を見た限り、フィジカルの凄さが強調されるが、動きは単調にして直線的。

 攻撃動作も事前動作が大きく読みやすい。

 いくら速くても、いくら威力があっても、予知出来る攻撃なら捌くのは容易い。

 相手の態勢、呼吸、リズムを崩してから、こちらが攻撃すれば良い。


 少女が再びスタンディングスタートを切る。

 右の拳を耳の辺りまで引いている。

 そんなテレフォンパンチを受ける気は毛頭ない。

 一瞬で距離を埋めてきての右ストレート。

 その手首を右手で掴み、左手で肘を押さえて少女の攻撃を捌く。


 そのまま腕を極めようとした所を強引に身体を捻りながら、腕を払って脱出する。

 一度距離を置く事もせずに、少女はパンチにキックにと型もへったくれもない連打を浴びせてくる。

 その攻撃全てを捌きながら、掌低で肩に反撃を決める。


 少々は後ろへ転がって、後ろの木にぶつかって止まる。


 「大丈夫?」


 「えへへ、大丈夫だよっ! お兄ちゃん強いよねっ! 格好良いっ!」


 は、初めて言われた!

 年下とは言え格好良いなんて、聞いた事なかっぞ!


 少女は、いてて、と木にぶつかった頭を撫でながら起き上がり、また同じ事の繰り返しで向かってきた。


 今度は左の上段蹴り。かと思いきや、フェイントを入れて回転しながらしゃがんで、脚払いをされた。

 僕は片手を地面に着きながらも、身体を翻してすぐに態勢を整える。


 少女は間髪いれずに突っ込んで、右ストレートを繰り出してくる。

 と思わせて、姿勢を低くして僕の視界から消えた。


 あの短時間で戦い方を学習したのか?


 だが、気配は消しきれてない。

 後ろへと回り込んで、上段蹴りを打ち込んでくるのを腕でガードする。

 今度はフェイントも交えながらの緩急のある攻防戦が繰り広げられた。


 僕は不覚にも楽しくなってきてしまった。

 セルシウス以外で初めて本気でやり合っているからなのか、少女が余りに楽しそうに戦っているのを見ているからなのか、判断に苦しむ所だが、これは面白い。

 自分自身では分からない事だけど、今多分僕の口角は上がっているのだろう。


 この少女との勝負が楽しい。向こうも同じなのだろうか。

 ずっと笑顔だから分からない。

 そうじゃない、彼女はずっと楽しんでいるじゃないか。


 「楽しいな」


 「うんっ! 楽しい!」


 激しさを増していく攻防の中、少女も僕も自分の力を受け止めてくれる存在を心から堪能していた。


 少女の蹴り一発を受ける度にじんじんと痛みが伝わり、僕が拳を繰り出すと逞しいとは言い難いその肉体で、力強く受け止めて、まだ力を出して良いんだと安心させてくれる。


 次第に息も上がり始め、大量に流れる汗を振り撒き、それが太陽光により煌めかせて、僕らの勝負を彩ってくれる。


 僕の気持ちがマックスまで高まった時、全力の蹴りを一発少女へと入れてしまった。

 少女は一直線に木までぶっ飛び、大きな音と衝撃と共に木へとぶつかった。


 「大丈夫?!」


 失敗した。

 やり過ぎてしまって、心配になって少女へと駆け寄る。


 「えへへ、大丈夫だよ。とぉ~っても楽しかったね! またやろうね?」


 その曇りのない明るい笑顔に心臓を抱き締められたのかと思う程にドキッしてしまった。

 首を振って雑念を払い、少女に手を貸して起こしてあげる。

 あれだけの戦いをしていた相手とは思えない小さく柔らかい手だ。


 「あぁ、またやりたいな」


 社交辞令ではなく、本心でそう思った。

 またやりたい……そんな気持ちにさせる。


 ……別に変な意味じゃないからな!


 「あ、そうだ! あたし迷子になったんだけど、アルステムって所分かる?」


 少女らしく、小首を傾げて聞いてくる。

 なんだアルステムに行く途中に迷子になったのか?

 マズくないか?

 この子今からアルステムに行くなら、この子を口止めしないと僕の強さがバレてしまう。


 「あのぉ、場所は分かるけど、一つ良いかな?」


 「ん? なになに?」


 無邪気な笑顔のまま興味津々でこっちを見てくれる。


 「さっき戦ったの。誰にも内緒にして欲しいんだ」


 「なんでぇ?」


 「僕の両親に戦っちゃ駄目って言われてるから、バレたら怒られるんだ」


 「わあ! あたしも! あたしも怒られちゃうんだ! 分かった、内緒にするねっ!」


 なんで怒られるって分かってて勝負吹っ掛けてきたんだ。

 ヤンキーじゃないよな?


 「ありがとう、僕はリックだ。アルステムまで案内するよ」


 「うん、あたしガディーラの王女のミーナだよっ!」


 「へぇー、ミーナは王女様なんだ?」


 なんだろう、最近王女様とお近づきになる機会が多いな。

 こんな短期間で二人もの王女様に出会えるなんて、奇跡を二度も体験出来るなんてな。

 なにか僕にそういう凄い人を引き付ける何かがあったりするのかもな。


 ……。

 …………。

 ………………。


 「ガディーラの王女様ぁっ!?」


 嘘だろ! 冗談だろ! 何かの間違いだろ!

 僕はそんな王女様を殴っていたのか……。

 ヤバい……本当にバレたら殺される。

 僕の人生はここで尽きてしまう。

 ごめんなさい、セルシウス……僕はもう貴女の元へは戻れません。


 「そうだよっ!」


 この悪魔め……そんな無邪気な顔をしても、許されないんだぞ! 僕が!


 「絶対に今日戦った事言わないでくださいね?」


 「うん、任せてっ!」


 歯を出してにぃーって、なんて可愛い笑顔だろう……不安しかない。

 ミーナ様、約束ですよ?

 僕は静かに溜め息をつく。


 「……それじゃあ、行きましょうか?」


 「はぁーいっ!」


 あれだけ動いたのにまだまだ元気な王女様だ。

 アルステムの王女様とは全然違うな。


 僕はミーナ様をアルステムまで案内する。

 小動物のようにちょこちょこと楽しそうについて来るのを見ていると、心が和んで表情が緩んでしまう。

 

 「ミーナ様ぁ~!」


 アルステムへと帰る道すがら、遠くからミーナ様を呼ぶ声が聴こえる。

 そりゃ、王女様が行方不明ってなったら、必死で探すよね。


 血の気の引いた顔の騎士が息を切らして咳き込みながら、僕らの前まで来る。

 相当走り回っていたんだろう。

 立っているのが、やっとと言う感じで顔を上げる気力もなく、膝に手を当てて呼吸する度に身体を大きく上下に動かしている。

 騎士の鎧は見た事がないので、ガディーラの国の騎士なんだろう。


 「ミーナ様……いま、まで…………一体……どち……うぅ………………どちらへ?」


 「迷子になってて、リックが見付けてくれたのっ!」


 嗚咽を堪える騎士に対して、労いや心配もなく変わらず明るい態度を取る。

 ちょっと騎士の人が可哀想に見えてきた。


 「あ、あなたが……ミーナ様を?」


 「は、はい……大丈夫ですか?」


 「ご心配なく……」


 騎士の人は口を手で押さえながら言った。

 心配するだろう。


 「ありがとう……ございます」


 「いえ、無事送り届けられて良かったです」


 少し落ち着いてきて、ようやく顔をあげる。

 いつも振り回されてるんだろうな……そんな優しそうな顔をしていた。

 良かった、この人に見付かって。

 話の通じない人が勘違いして、誘拐とか言われたらどうしようかと……。


 「それじゃあ、僕はこの辺で……」


 「えぇ、リック行っちゃうの?」


 ミーナ様は、名残惜しそうに瞳を潤ませてくれる。

 騎士として仕えるなら苦労するだろうけど、見てる分には途轍(とてつ)もなく可愛いんだよな。


 「えぇ、僕は用事がありますので」


 「そんな、何もお礼をしていないのに……」


 「い、良いんです! 本当にたまたま見掛けただけなんで、気を使わないでください!」


 これ以上目立ちたくない。

 ボロが出る前に退散あるのみ!


 「リック、また遊んでくれる?」


 上目遣いで潤ませた瞳で、再会するのを訴え掛けてくる。

 それは反則なんですって!

 王女様は上目遣いがお好きなんですね。


 「えぇ、また遊びましょうね」


 なるべく騎士の人に伝わらないように小声で約束した。

 ミーナ様はパァッと明るくなって、嬉しそうに、はにかんだ。


 「じゃっ!まったねぇ!」


 「本当にありがとうございました。いずれまたお礼させていただきますので……失礼致します」


 ミーナ様は全身を使って手を振って、騎士の人は丁寧に深々とお辞儀した。

 二人の背中を見守りながら、納得した。

 訓練の休止の件、原因はきっとミーナ様だったんだな、と。


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